あの日見た花火は残酷なまでに美しい真円だった
rawi
第1話 教室と天才と嵐の予感
「ねえアクト君。今日、暇?」
昼休みの最中、紅葉の映る窓を見ながら机に突っ伏し、気持ちよく昼寝タイムに入ろうとしていた俺に声をかけて来たのは、誰だろうか。
俺は一瞬、いつもの駄弁り連中だと思ったが、その可能性はすぐに否定される。声音がいつもの野蛮なあいつらのそれではない、もっと優しく、繊細な佳音だったのだ。
俺は仕方なくスリープモードに入りかけていた脳を無理やり覚醒させ、気怠げに首を持ちあげた。
……誰だよ、俺の眠りを妨げる奴は。
「……ん?」
俺は重々しく目を開けた。
瞬きで、ぼやけた視界のピントを合わせた。
そして相手の顔を見た瞬間、
「……んん!?」
驚きで目をひん剥いた。
睡眠欲なんて一瞬で吹き飛んだ。眠りを妨げられた時の僅かな苛立ちなんて微塵も消え去った。
なぜなら、俺の机の前に学校一の天才ちゃん美少女が立っていたからだ。
ここで、この天才ちゃん美少女を紹介させていただきたい。
彼女は羽魅
はみ
ケイリ。俺のクラスメートだ。
彼女は無類の数学好きである。
彼女は数学に関して様々な伝説をこの学校に残している。
・数学検定1級を小学校4年生で合格した
・国際数学オリンピックでは5年連続満点
・50桁同士までの四則計算ぐらいなら1秒以内に暗算で答えを出せる
・というか暗算のし過ぎで紙を使っての筆算がかえって普通の人よりも遅い
・目で見るだけで長さ・面積・体積などが分かる
・少し触れば重さもわかる
・実は100番目までのメルセンヌ素数の値を知っているetc……
その個数はマンモス校で有名な中高一貫のこの学校の全生徒の数×300とも言われている。羽魅ケイリ伝説コレクターも居るぐらいだ。
さらに、数学のテストの問題用紙を見ると、問題に関する計算などは一切書かれていないと言う。
その代わり『数学上の未解決問題』を解決するための計算……と思われている物が所狭しと並べられているそうな。
生徒の間では「数学上の未解決問題の内、幾つかは彼女の手によって解決されているのではないか」という噂が流れているし、さらに教師の中には「彼女は数学の力によって宇宙の全てを理解したのではないか」なんていう突拍子もない事を言いはじめている者もいるらしい。
それでいて、他の教科も超超超高水準で、「ひょっとしたら東大生京大生全員の学力を合わせたとしても彼女には追いつけないのではないか」とも言われている。
まあ、ひと言でいうと『バケモノ』だ。
しかも、彼女は頭もいいが、容姿も実に端麗だった。童顔で、身長145㎝未満という低身長。
しかし、顔は美しく整っており、その低身長にもかかわらず足はすらっと伸びており、腰は高い。
髪はピンクに染まっているが、染めているわけではないようだ。
更に目の色は見ていると自然と引き込まれてしまうような深く濃い海のようで、でもそれでいて明るい透き通った青空のような、そんな不思議なブルーに彩られている。これも多分カラコンじゃない。
ある情報によると、目の濃さが本人の感情や体調によって変わるんだとか……
誰が親だったらそんなパーツができるんだか。私は不思議でたまらない。
そして頭のてっぺんにはアホ毛が一房。そのアホ毛が彼女の動作の度にポワンポワン動き、それがいかにも愛らしい。
この学校はは先述の通り、大人数の学校だが、その中でも間違いなくトップレベルの美少女だ。
まあ、俺がなぜこんなにもくどくどと、それはもうくどくどと、ウザがられるぐらいに彼女の特異さを紹介したのかというと、答えはいたって単純。
こんな俺にとっては雲の上の存在である彼女が、本来彼女にとっては路傍の石でしかないはずの俺に話しかけて来たことに対する驚愕・困惑・狼狽を少しでもお伝えしたかったからだ。今俺は酸欠になる程の混乱を催している。混乱フェスティバルだ。
……ケイリは、……いやまあなんか分かっていたが、そんな俺の嵐の心境に見向きも、気づきさえもせずに続ける。
「今日は秋祭だよ。一緒に行かない?」
ふむふむナルホド。この天才ちゃん美少女は俺と祭りが行きたいのか、そうかそうか。
ん?
……って、なんでだ!?
一応断っておくが、勿論俺とケイリは特段仲が良かったわけではない。むしろ今まで一緒の班になったこともなく、関わりなんて全くなかったし、話すことさえも今日が初めてだ。
今俺の感情を支配したのは、こんな美少女に誘われたという喜びでも、こんな天才と行ったらどんな目にあうのかという危惧でもない。やはり、混乱だ。
一旦落ち着け。俺とケイリは先の証明の通り、関わりなど一切なかった。実質初対面だ。そんな中で、その初対面の俺に対し、「ねえねえ、今日暇なら祭一緒に行こうよ」などと言えるか?しかも異性だぞ?
これはアレか?友人とのゲームに負けた罰で、テキトーな男子を祭に誘うドッキリをしろ、みたいなやつか?そして「はい」と答えた瞬間に何処からともなくその友人が出てきてメッタメタに笑われるやつじゃないのか?
その可能性に気づいた瞬間、その可能性を潰す為咄嗟に周りを見渡し……………
見えてしまった。
ケイリの朱に染まった頬が。
普通なら体調の異変を心配すべきなのだろうが、俺にはそうではないような気がした。
なんか何処と無くそわそわしてるし、目の色が比較的明るいし……ってあの情報合ってたのか!?
兎に角、何故かは分からないし、元々分かるほど女性経験も豊富じゃないのだが、きっと体調の変化によるものではないような気がする。
何だろう?どちらかというと緊張だろうか?この局面で何を緊張する必要が……
なぜ俺と行きたいのかは全くもって分からないが、まあこの様子を見て、きっとドッキリではないと結論づける。巫山戯ていたらこんなに緊張を感じることはないだろう(緊張していると勝手に決めてかかったことに関しては無視して頂きたい)。
それに、学内トップクラスの美少女である彼女に「一緒に行こう」と誘われたのだ。答えはひとつしかなかった。
俺は少しも考えるそぶりを見せずに答えた。
「断る」
「うんうん…………え?」
「え?じゃねえよ」
「……え?」
「いや、だから、え?じゃねえよ」
「……え?」
まさかの3回繰り返しかよ!
……まあ、本来なら俺も断らないし、今も実は断る気はないのだが……(いつもの駄弁り仲間は誰も誘ってくれなかったし、俺が誘おうとしてもなんか避けられてた気がする。寂しい)。
まあ……その……なんだ、可愛らしい天才ちゃん美少女をいじってみたかったんだ。
というわけで、これから先はそんなことを全く知らない天才ちゃん美少女の慌てふためく反応をお楽しみください。
スタート!
「ちょ、ちょっと待って。私、もしかして今、断られた?」
「ああ、まあ、そうだな」
「せっ、せめて理由を教えてよ!」
ケイリはもの凄く必死だった。少なくとも俺にはそう見えた。
「……もっ、もしかして、他の誰かと行く予定が……あるの?」
って、ケイリ顔!顔怖い!なんでそんな憎悪と憤怒、嫉妬に塗れた顔してるの!負のオーラがすごいんだけど!
しかもその変な溜め!「あるの?」までの変な溜めが完全にヤンデレってやつの口調だったんだけど!?
「いっいや、そんなわけじゃないけど……」
このままだと懐から包丁を取り出されて殺されそうなので、俺は手に汗を握りつぶしながら若干辿々しくそう答えた。
すると、ケイリは安堵したようで、ひとまずはその般若のような形相を解いてくれた。
……もし仮に俺が誰かと行く予定を組んでいたら、多分俺はソイツ共々今日中に三途を渡っていたのかもしれないな……。おお、こわいこわい。
これはあいつらが誘ってくれなくて感謝だな。
「別に、誰かと行く予定があったわけでも、用事があった訳でもないんだ」
というわけで種明かしタイム。
「けどさ、まあ、ただちょっと疑問があって。なんで仲のいい友だちとかとじゃなくて、何も関わりのなかった俺なのかなって……」
と行こうと思ったが、単純に疑問があったからそれを解消させてからにする。
「なんだ、そんなことか。って、それなら別にすぐ断ること無いじゃない!」
ケイリは安堵し、そして「むぅー」と怒った。
頬を膨らましながらなのに、不思議とぶりっ子みたいな感じにならないのは彼女の飾らない素の反応だからか。
という訳で折角つっこまれたことだし、種明かし種明かしっと……(疑問を解消していない?知るか!)
「すまん!それに関してはちょっとおちょくってみようとしただけなんだ」
今話してみて思った。種明しって言うほどでもねえや。
「えー、ひーどーいーー!まあいいや。じゃあ教えてあげよう。なんでかっていうと、」
あら、意外とあっさりしてた。
「なんでかっていうと?」
「……ん~、やっぱり秘密!」
「はあ~?期待させといてなんなんだよ」
「それを言うならアクト君だっておちょくらないでよ!すっごく不安だったんだから!」
ぐっ、それを突かれたら何も言い返せない。
「まあいいや。だから、一緒に行かない?1日だけでいいからさ」
「1日だけも何も今日が最終日だろ……。ま、いいよ。じゃ、何時にするんだ?」
「やったぁ!じゃあ、午後4時27分36.29秒に集合しよう」
「そこまで細かく決めるのかよ!……まあ、いいや。それで、集合場所は?」
「じゃあ…西7丁目の174番地68号27、西公園の北西側から3個目のベンチにしよう。」
「相変わらず細かいな。それになんで1番目じゃなくて3番目のベンチなんだよ」
もしかして世の『リケジョ』と呼ばれる人は待ち合わせの時刻や場所をこんなに事細かに決めるのだろうか?なんか面倒な人種だなぁ……
「じゃ、遅れないでね」
「……はいはい」
なんかこの先が心配ではあるが、まあ天才ちゃん美少女が満面の笑みになってくれたのだ。まあ取り敢えず良しとする。
俺たちの祭はまだ始まってすらいない。
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