12星座ヤンデレ 1 おひつじ座~かに座

@redbluegreen

第1話

タイトル:「愛のラブラブ日記」

星座:おひつじ座

タイプ:攻撃型ヤンデレ




【page:四月一日】

 やったやった! 超超超超嬉しい!

 なんと今日、ずっと好きだったあの人から告白されたの!

 マジヤバイ。本当にヤバイ。超ヤバイ。

 キャー、キャー、キャー、キャー!

 ずっと前からあの人が好きだっただけど、でも中々告白するタイミングがつかめなくて、これまでうじうじしていた私。

 好きだったけどその想いを伝えられなくて、今までは見てるだけだった。

 でも、でも、でも!

 今日そんなあの人から告白されちゃった。

 イェーイ! やった―――――っ!

 飛び上がるくらいに嬉しい!

 これまで告白はできなかったけど、でも影からラブラブ光線を送り続けて来たから、そのおかげかな?

 あるいはあの人も、ずっと私の事が好きだったとか?

 キャー、キャー、キャー、キャー!

 今日から私とあの人とは、恋人同士。

 お付き合いしていく恋仲同士。

 これから幸せな毎日が続く続く続けー!


【page:四月二日】

 今日はあの人と帰り道を一緒に帰った。

 色々楽しいお話をしながら帰った。

 あの人の好きなもの(食べ物)とか、得意教科とか、使ってるシャンプーだとか。

 色々色々色々お話しながら帰った。

 あの人はちょ―――っと口下手なところがあったけど、けどそこは私がぐいぐい話しかけてあげた。

 今度その言ってたシャンプー買ってこないとなー。


【page:四月三日】

 お昼休み、お弁当をあの人と食べた。

 私の手作り弁当。朝四時に起きて作ったぜんぶぜーんぶ私の手作りのお弁当。

 好きな食べ物は前日にリサーチ済みです。

 それを一個一個「あーん」してあげながら食べさせた。

 あの人は「美味しい」を連呼してくれた。

 やったやった! 褒められたー! てへっ。

 特に自信作の玉子焼きは、甘いねって言ってもらった。

 私オリジナルの砂糖たっぷりあまーい玉子焼きです。

 私はあんまり料理得意じゃなかったけど、あの人のためにがんばったがんばった。

 なので、ご褒美に私にも「あーん」してもらった。

 恥ずかしいのか最初はやってくれなかったけど、やってやってと連呼したらやってくれた。

 もう、恥ずかしがり屋さんなんだから。


【page:四月四日】

 デート、デート、デートっ。

 初めてのお休み。

 もちろんデートです。当然なのです。決まっているのです。

 もう嬉しくて嬉しくて、朝あの人の家の前で待ってました。

 あっ、やばっ。それだと恋人定番の待ち合わせのやり取りができなかったじゃん。「待った?」「ううん今来たとこ」ってやつ。

 それは今度の休みにしよーっと。

 で、デートではデパートにショッピングに行きました。

 服屋さんであの人に見てもらいながらいろいろな服を「これどう? これどう?」と聞きまくった。

 どれも似合ってるよ。って言ってくれたー。

 マジ嬉いっ。

 それって、「どの服を着ても君は可愛いよね」って事だよね。だよねだよね。

 だから褒めてくれた服はぜーんぶ買いましたー。

 あー早く、あの人に着たとこ見せてあげたいな。

 でもそれは、後50回くらいデートしないと無理かな?


【page:四月五日】

 ああ、幸せ幸せ幸せ。

 あの人と恋人になれて本当に幸せー。

 毎日毎日、色とりどりのお花畑の中を走ってる気分。

 色々お花があって、立ち止まると別々のお花を愛でられる。

 それがあの人の別の一面でー、それもまた私は好きになっちゃう。

 ああ、早く明日にならないかな。

 明日になって、あの人に会いたいな。


【page:四月六日】

 今日もあの人といっぱいいっぱいお話した。

 登下校、休み時間、放課後。

 できる限りあの人とお話した。

 たくさんあの人のことを聞いたし。

 たくさんたくさん私の事を教えてあげた。

 とってもとっても楽しくて、嬉しかったー。




 ……………でも、数学の後の休み時間。

 私と話す前に、他の子と話してたのは、どーして?


【page:四月七日】

 放課後あの人と一緒に下校。

 私はあの人に目一杯話しかけたけど、あの人はどことなく上の空でー、返事も「ああ」とか「うん」とかそんなのばっかだった。

 だから私ばかりが話す形になっちゃった。

 もーっといろんなこと聞きたかったのにぃー(怒)。

 残念残念無念。


【page:四月八日】

 今日のお昼も私の手作り弁当を食べてもらった。

 あれから毎日毎日、私の手作りを食べてもらってる。

 一応「おいしい」とは言ってたけど、あんまり心がこもってなかった感じ。

 私がせっかく朝三時に起きて作ったお弁当なのに。

 あれから玉子焼きの砂糖も増やして、もっともーっと甘いのにしたのに。

 感情込めておいしいって言ってよー、ぷんぷん。

 一応ぜんぶ食べてもらえたけど、私が「あーん」してあげなかったら残してたのかな?

 いやいや、それはないない。

 だってぇ、私の作ったお弁当だもん。

 全部食べるのが、当たり前だもんねー。

 ねー。


【page:四月九日】

 デート、デート、デート。

 今日も二人でデート、デートっ。

 今日は水族館に行きましたー。

 いろんなお魚も見れたし、イルカショーも楽しかった。




 けど、あの人が用事があるとかで、途中で帰った。

 電話で誰か他の子に呼び出されたみたいだった。

「そんなの無視して二人であそうぼうよ~」

 って腕を掴みつつ猫なで声で私は言ったけど、あの人は帰るの一点張りだった。

 せっかくの二人のデートだったのに。

 せっかくの二人のデートだったのに。

 せっかくの二人のデートだったのに。

 ねえ、なんで?

 なんでそんなこと、するの?


【page:四月十日】

 あの人と恋人になって嬉しい。あの人と恋人になって嬉しい。あの人と恋人になって嬉しい。あの人と恋人になって嬉しい。あの人と恋人になって嬉しい。

 嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい。

 本当に嬉しい。マジで嬉しい。やばいくらい嬉しい嬉しい。




 嬉しいのに。嬉しいはずなのに。はずなのに。

 私はこんなにこんなにこんなにこんなにこんなに好きなのに。

 ねえ、ほんとに私の事、好きなの?


【page:四月十一日】

 好きって言ってくれなかった! 好きって言ってくれなかった! 好きって言ってくれなかった! 好きって言ってくれなかった! 好きって言ってくれなかった!

 恋人が自分を好きなのか確認しようとして、「好きって言って」ってあの人に言ったのに、あの人は好きって言ってくれなかった!

 周りに人がいるから、とかなんとか理由をつけて言ってくれなかった!

 なんで? なんでなんでなんで?

 周りに人がいようといいじゃん! 私達は恋人同士なんだから言ってもいいじゃん!

 言いふらそうよ。宣言しちゃおうよ。カミングアウトしちゃおうよ。

 なのに何で言えないの?

 好きのたった二文字だよ。たった二文字。す、と、き。それだけそれだけそれだけ。

 それがなんで言えないなんで言えないなんで言えない!


【page:四月十二日】

「それは無理」ってなに?

 どうして無理なの。なんでなんでなんでなんでなんで?

「私以外の人と話さないで」っていうのがどうして無理なの?

 私とは恋人同士なんだよ?

 だから恋人だけ話してればいいじゃん。

 恋人だけ話せればそれで満足でしょ?

 なのになのになのになのになのに、あの人は他の人と話してたから、そうお願いしたのに、どうしてそれが無理なのさ?

 どうしてどうしてどうして?


【page:四月十三日】

 今日はあの人と一緒に帰った。

 けどずーっと、あの人はスマホと向き合ったままだった。

 私がいくら話しかけても全然反応してくれなかった。

 そんなに私よりスマホが大事か!

 私と電話とメールする以外無意味なスマホが大事なのか!

 だから私はあの人のスマホを取ってポイって川へ投げ捨てた。

 あの人は何するんだって怒ったけど、知ーらないっと。


【page:四月十四日】

 昼休み。お弁当。

 今日は午前二時から丹精込めてこめてこめてこめてこめて愛情もたっぷりとたっぷりとたっぷりとたっぷりと注ぎ込んだお弁当。

 玉子焼きも含め、全部ぜーんぶおかずに砂糖をたっぷり使ってつくった特性甘党お弁当。

 なのになのになのに。

「いらない」って言われた。

「どうして?」て聞いたら、おかずが全部甘いからって言われた。

 甘い玉子焼きが好きって言ってくれたから作ったんじゃん!

 前はおいしいって言ってくれたのに、どうしてどうしていらないんだ!

 どうしていらないんだどうして食べないんだどうして突き返すんだ!


【page:四月十五日】

 デート、デート、デート。

 ウキウキワクワク。ドキドキバクバク。

 メイクもバッチリ決めて、洋服も悩みに悩んでこれというのを選んで私は待ち合わせ場所で待っていた。

 待っていた。

 待っていた。

 待っていた。

 そしたらスマホがピロン♪となってメールで「今日は行けなくなった」て書いてあった。

 私はそんなスマホをすぐさまグシャって真っ二つにした。

 だってだってぇ、そんなメールを表示するスマホなんてぇ、いらないもん。


【page:四月十六日】

 嘘吐かれた嘘吐かれた嘘吐かれた!

 嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。

 昨日デートに行けなかったから、今日こそはって思ってデートに誘った。

 そしたら「家族と用事がある」って言って断れた。

 私はちゃんと恋人らしく恋人のことは信じてるから、ぜーんぜん、これっぽっちも疑ってなかったけど、たまたま、ほんと―――――――――――に、たまたまあの人の家の近くまで行ったら、あの人は学校の他の人と会ってた。

 それもずいぶんと仲良さそうに、手まで組んで。

 ウキウキワクワク、ドキドキバクバク、って感じで。

 嘘じゃん! 嘘じゃん!

 嘘吐き嘘吐き!

 私に嘘吐いて、他の子と会ってるなんて。

 裏切り裏切り裏切り!

 裏切りだよね? ねえ、そうだよね?

 恋人に対する裏切りだよね? だよねだよね!

 あの人が悪いんだよね?

 悪い子悪い子悪い子悪い子悪い子悪い子悪い子悪い子悪い子悪い子。




 ………ああ、そっか。あの人は悪い子なんだ。

 悪い子だからいけないんだ。

 うんうんうんうんうん。

 悪い子だから、いけないんだ。

 悪い子を、いい子にしないと。

 いい子になれば、そんなひどいこと、しないよねぇ。

 だから恋人の私が、いい子にしないとねぇ。

 悪い子には、おしおきしないとねぇ。


【page:四月十七日】

 あの人におしおきした。

 ちゃんと言う事を聞くまでおしおきした。

 もうあの子には会わないと、最後には首を縦に振ってくれた。

 いい子いい子。


【page:四月十八日】

 あの人と一緒に下校した。

 中々あの人が口を開いてくれなかったので、おしおきした。

 そしたらこれでもかというくらい饒舌に話をしてくれた。

 楽しい楽しい下校になった。

 いい子いい子。


【page:四月十九日】

 お昼休みに一緒にお弁当を食べた。

 今日の午前一時から作った特性お弁当。

 中々箸が進まないようだったので、無理やり口に入れようとしたら、食べられないと拒否された。

 おしおきした。

 そしたらぜーんぶ残さず食べてくれた。

 いい子いい子。


【page:四月二十日】

 デート、デート、デート。

 私はあの人とデートするために待ち合わせ場所に行った。

 けれどあの人は来なかった。

 しょうがないので連絡すると、今日は約束してない、とかなんとか言った。

 約束している。

 私たちが恋人になった時点で、全ての休日はデートの日だと決まっているのだ。

 そんなの、言わなくてもわかってるはずだ。

 なので私はあの人の家まで言って、ちゃんとその理由を述べ、嘘を吐いたあの人をおしおきした。

 それから二人でデートに行きました。

 遊園地に行きました。

 いい子いい子。


【page:四月二十一日】

 おしおき。おしおき。おしおき。

 あの人が体たらくだったので何回もおしおきした。

 そしたらちゃんといい子になった。


【page:四月二十二日】

 おしおき。

 おしおき。

 おしおき。

 私がいない隙に、あの人に話しかける人間がいた。

 私という恋人以外の人間と話していたので、あの人をおしおき。

 そして、私たちを邪魔したその人間にも、おしおき。

 悪い子ばかりで本当に困る。


【page:四月二十三日】

 おーしおき。おーしおき。おーしおき。

 せんせーとかいう人間が、私の行動がなんとかかんとかで悪い子だって言われた。

 悪い子を校正させていい子にしている私が悪い子?

 よくわからないことを言うので、そのせんせーとやらにおしおきした。

 そしたらいい子になって何も言わなくなった。


【page:四月二十四日】

 おしおき~♪ おしおき~♪ おしおき~♪

 あの人と電話でお話してたら、どうしてか途中で通話が切れた。

 たかだか六時間お話していただけなのに。

 私は何も悪くないはずなので、とりあえずスマホを壊し、それからあの人におしおきしにいった。

 私が悪くないということは、あの人のせいであるはずなのだ。

 あの人が悪い子。

 だからおしおき。


【page:四月二十五日】

 おしおき? おしおき。おしおきー!

 最近おしおきの数がやたらと多い気がする。

 なぜだろう?


【page:四月二十六日】

 おしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおき。


【page:四月二十七日】

 おしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおき。


【page:四月二十八日】

 おしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおき。


【page:四月二十九日】

 おしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおきおしおき。


【page:四月三十日】

 大変大変!

 今日いつもどおりにおしおきしたら、あの人が病院へと運ばれてしまった。

 大変かな。大変かも。大変なのかな?

 でもでも、でもあの人が悪いんだから。

「もう別れたい」なーんて冗談を言うものだから、少々手元が狂っても仕方ないよね?

 私達はもう赤い糸で結ばれた恋人なんだから、私はちゃ―――――んと冗談だっていうのはわかってたけど、でもでもでもでも冗談でも言って良いことと悪いことがあるよね?

 だからそんな冗談を言った悪い子におしおきするのも当然なんだよ。

「付き合いたいって言ったのは本当は嘘なんだ」とか、「女の子同士で本気にするとは思わなかった」とか。

 そんなもっともらしい言い訳をあの人は言ってたけど、そんなのはおしおきの数をふやすだけだよ?

 言い訳は悪いことだもん。

 ………ああ、でも、病院送りはそんなに大変な事でもないのかな?

 だってぇ、病院にいれば学校の他のお邪魔ムシに、私達の関係を邪魔をされることもないもんね。

 私が毎日毎日、お見舞いに行ってあげるから、寂しくなんかないよ。

 甘い甘い玉子焼きを、差し入れてあげるね。「あーん」って食べさせてあげるから。

 それで、ずっとずっとお話してようね。




 でーもー。

 もし、もしだけどぉ。

 看護士さんやお医者さんと仲良くしたら、どうなるか、わかってるよねぇ?

 もし仲良くしたら、おしおきだよぉ。






タイトル:「お兄ちゃんとの夢の同居生活!」

星座:おうし座

タイプ:独占型ヤンデレ




「………あ、起きた? おはよう、お兄ちゃん。

 よく寝てたよね。十時間くらい? もう、本当、お兄ちゃんはお寝坊さんなんだから。

 え? なにこれって? お兄ちゃんの手についてるそれのこと?

 もう、お兄ちゃんもそれくらい知ってるでしょ。手錠だよ、手錠。テレビとかで見たことあるでしょ。警察官の格好の人が使ってるあれだよあれだよ。

 ………それはわかってる? どうしてこんなものを自分に付けているか?

 うーん、それはねえ………

 今日からおにいちゃんがここに住むからだよ。

 私は別に、そんなものがなくてもお兄ちゃんがここを出ないっていうのは信じてるんだけど、一応の保険だよ。ほ・け・ん。

 保険は必要だと思うんだ。ほら、私はまだ乗れないけど、自動車って、買う時に必ずなんとかの保険に入るとかっていうじゃない。それと同じだって。

 ん? そんなことはどうでもいいからこれを外せ?

 どうして? どうして外さなきゃいけないの? ただの保険だって言ってるじゃない。

 だめだよ。だーめ、外さないって。

 ―――外さないって言ってるじゃない。何度も何度も言わせないで。

 ………うんうん。お兄ちゃんならわかってくれるって私、信じてたよ。いやいや、お兄ちゃんのことはいつでも絶対に信じてるんだけどね。

 それにしても疲れたよ。意識のないお兄ちゃんをここまで連れてくるの。大変だったんだからね。おっきいダンボールにお兄ちゃんを入れて、それを台車に乗せて、お兄ちゃんの住んでる家からここまで運んだんだから。

 どうやって僕の家に入ったか?

 やだな、もう。そんなの合鍵を使ったに決まってるでしょ。まさか窓から入るわけにもいかないし。私、そんな非常識な人間じゃないって。

 ん? 合鍵? うん、合鍵だよ合鍵。

 防犯意識が低いんだぞ、お兄ちゃん。いくらバイト中だからって、空きっぱなしのロッカーの中に無造作に家の鍵を入れっぱなしにしとくんだから。私だからよかったものの、他の誰かが盗んだりしたら大変だよ?

 やっぱり私がいないとだめだよねー、お兄ちゃんは。

 ………これまではお兄ちゃんの意思を尊重して一人暮らしを許してたけど、でももうだめ。こんなにだらしないお兄ちゃん、私が面倒見てないとだめだよ。ダメダメの駄目人間になっちゃう。

 あ、着替えとか私物とかはちゃんと持ってきたから心配しないで。急いでたからちょっとお兄ちゃんの部屋荒らしちゃったけど、それは許してね。

 でも安心して。本棚の裏に隠してたHな本はちゃーんと、見てみぬ振りしてあげたから。

 そんな心配はしてない? じゃあ何が気になるのかなー?

 お兄ちゃんの彼女さんとか、お兄ちゃんのお母さんのことかなー?

 大丈夫大丈夫。あんな人たちがいなくっても、私がちゃーんとここにいるから。何も心配いらないよ。全部私に任せておけば大丈夫。お兄ちゃんはここにいてくれさえいればいいんだよ。

 え? そんなお前は誰だって?

 もちろん、お兄ちゃんの妹だよ。い・も・う・と。妹でーす。

 ………僕に妹なんていない? だから妹だって言ってるじゃない。今日から、じゃなくて、これまでもこれからもずっとず――――――――――っと、お兄ちゃんの妹なんだよ。わかった? わかったよね、お兄ちゃん。

 ―――わかったら返事くらいしなさいよ」




「………お兄ちゃん、ご飯の時間だよー。

 よいしょ、っと。

 今日のメニューはね、じゃーん。ミートソーススパゲッティとコーンポタージュです。お兄ちゃんの大好きなメニュー。

 はいお箸とスプーン。フォークだと尖っててちょっと危ないから。食べにくいけど我慢してね。

 ささ、食べて食べて。

 あ、それともあーんってして欲しい? して欲しい? もう、お兄ちゃんの甘えん坊さん………自分で食べる? あっそう………

 どうかな、お兄ちゃん。腕によりをかけて作ったんだけど、おいしい? おいしいかな?

 おいしいよね! よかったー。この間の親子丼、微妙だって言われたから不安だったんだー。

 本当、私ショックでショックでもう、三日間お兄ちゃんに料理作る気なくしちゃったから。

 ごめんねー、その間何も食べてなかったよねー。だから今日はお腹いっぱい食べてね。おかわりもたーくさんあるから。

 栄養のバランスもちゃんと考えてあるから、たくさん食べても平気だよ。お兄ちゃん一人暮らしの時はてんでそこのところダメだったんだから。

 毎日毎日カップラーメンばっか。よくあれだけ食べてて飽きなかったよね。

 え? もちろんお兄ちゃんのことは何でもお見通しだよ。

 だから毎日毎日、お兄ちゃんにお料理届けてあげてたんだけど、そういえばその料理、お兄ちゃん全然食べてなかったよね。まったく手をつけずに捨てちゃってて。せっかく一生懸命作ったのに………ま、今こうして私の料理食べてくれてるからいいけど。

 それに比べてお兄ちゃんの彼女さんとかお母さんはダメだよね。

 彼女さんはワガママでお兄ちゃんを振り回してばっかで、料理も掃除も何一つしないし。お母さんはお母さんで、しつこいくらいにお兄ちゃんに連絡ばっかして子供離れできないし、たまに作ってくる料理も味付けが濃い上に栄養が偏るものばかりだし。

 ダメ、ダメ、ほーんとダメ。私みたいなちゃーんとできる妹がいてよかったね。

 料理もできてお掃除もできる、これぞできる妹の見本市ー。

 お掃除も?

 もちろん。お兄ちゃんが留守の間にちゃんとしておいたんだよ。ゴミも分別して捨てておきました。

 ………あ、そうだお兄ちゃん。これ見て見て。一緒に見ようって思って、私のコレクションの写真、いっぱい現像したんだ。

 ほらほら、よく撮れてるでしょー?

 こっちがこの前バイト先で汗を流してたお兄ちゃん。

 で、こっちがこの間ちょっと暑かった日に寝苦しそうにしてるお兄ちゃんの寝顔。

 それでこれが、夜映画見てる時に、ラブシーンがあって赤くなってるお兄ちゃん。

 どのお兄ちゃんも可愛いよねー。

 ………どうやって撮ったんだって?

 そんなのお兄ちゃんの家にカメラを仕掛けておいたからだし、お出かけした時もずっとず―――――――――と、お兄ちゃんこと見てたからだよ?

 私がお兄ちゃんの事で把握してないことはありません!

 盗聴器もあちこちに仕掛けておいたから、たとえ離れていてもお兄ちゃんの事は何でも知ってるよ。

 この部屋にもあるのか?

 もちろん当然じゃない。お兄ちゃんに何かあったら大変だし。だから何があっても大丈夫だよ。お兄ちゃんの一大事にはいの一番に駆けつけるから。

 これからもお兄ちゃんのこと、ずーっとず―――――――――――――――っと見続けてるから。

 毎日毎日、いつでもどこでも。なにがあっても。どんな場所でも。

 だからね、お兄ちゃん………

 ―――ここから逃げようなんて、思わないでよ」




「お兄ちゃーん。体拭いてあげるー。

 ………ふきふき、ふきふき。

 えへへ、お兄ちゃんにつくす妹です。

 まあでも、仕方ないかあ。お兄ちゃんの手足今ないから、タオル使うのも無理だもんね。

 ああっもう。気をつけててもタオルに血が付いちゃうよ。

 でもお兄ちゃんが悪いんだからね。あれだけ言っておいたのに、ここから逃げようとするから。

 ―――何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もっ!

 ………ああ、ごめんごめんお兄ちゃん。ちょっと強かったかな。今はちゃーんとわかっててくれてるみたいだし、もう許してるから。物分りのいい私。

 でもかえって良かったんだよ、これで。

 だって、これでお兄ちゃんは一人じゃ何にもできなくなっちゃったでしょ? それをこれからは私がずっとずっと面倒見てあげる。ほら、完璧な構図だよー。

 ふきふき、ふきふき。

 ああ、こうしてると思い出すなあ。

 ねえ、覚えてる? 私がちっちゃかった頃、川に溺れそうになった時のこと。

 私が水の中でもがいてる時に、お兄ちゃんがアニメのヒーローみたいに助けに来てくれたんだよね。

 あの時からお兄ちゃんが私のお兄ちゃんに………ああ、いや、その前からお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだけどね。何言ってるんだろ、私。

 それでその後、お兄ちゃんの家でこうやって一緒にお風呂に入って、体拭きあいっこしたよね。

 私にそんなことまでしてくれるのはお兄ちゃんだけだった。

 そんなことをしてくれるのは私だけ。

 私にだけ………

 他の人達には、お兄ちゃんはそんなことまでしないよね。

 私以外にはしないよね。しないよね。しないよね。

 たとえお兄ちゃんの彼女さんでも、たとえお母さんだとしても。

 私にだけだよね、お兄ちゃん?

 あ、そうそう、お兄ちゃん。その二人のことなんだけど………

 もうこの世にいないから。

 ―――あいつらが悪いんだから。

 ―――彼女の方は、お兄ちゃんの部屋に荷物取りに行った時、お兄ちゃんはどこだどこだってぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ喚くから。

 ―――お母さんなんて、携帯のGPSかなんかでこの場所まで突き止めてきて。訪ねて来たからしょうがなく。子供離れができてない本当かわいそうな人。

 ―――でも安心して。きちんと後始末はしておいたから。

 ………ま、これで邪魔者もいなくなったことだし。

 これからはずっとず――――――――――っと、一緒にいようねー、お兄ちゃん。

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

 ………ねえ、お兄ちゃん大丈夫? 最近全然体動かさないけど。ご飯も一口も食べてないみたいだし。

 ねえねえねえ。

 ねえねえ。

 ねえってば」






タイトル:「とある一人の人間の末路」

星座:ふたご座

タイプ:孤立誘導型ヤンデレ




 彼にとって、それは突然の出来事だった。

 ある日の、いつもどうりの登校。

 いつもどうりに起床し、いつもどうりに朝食を食べ、いつもどうりに通学路を歩き、いつもどうりに校門をくぐった。

 その瞬間、彼の世界に異変が生じた。

 学校中の誰もが、彼を認識しなくなったのだ。

 誰もが彼と目をあわさない。

 彼が挨拶しても、誰も反応しない。

 朝、担任の教師が出欠で彼の名前を呼ばない。

 歴史の時間、寝ていてもいつも厳格な教師が注意しない。

 昼休み、昨日まで一緒に食事を取っていた友人が自分を残して食堂へと向かう。

 体育の時間、誰ともペアを組めずになにもできず、しかしそれを教師に見咎めらない。

 部活動、自分以外の人間で活動し、練習が回っている。

 誰も彼もが彼を無視する。

 誰も彼もが彼をいないように扱う。

 否、存在しているかどうかも怪しい振る舞い。

 生徒も教師も、皆が皆、全員彼を認識しない。

 後に彼を不登校へと追い込むであろう、そんな世界に突如として放り込まれた彼。

 いたってノーマルの生活を送ってきた彼にとって、その世界は、まさに孤立無援の牢獄。

 いや、牢獄だったならその中だけのごくごく狭い範囲だが、学校という空間は、あまりにも広かった。

 広さゆえに、孤独感もひとしおだった。

 広大な砂漠で右も左もわからず取り残されたがごとく、一人ぼっちとなった彼。

「ねえ君、大丈夫?」

 だからこそ、その言葉は、彼にとってオアシスだった。

 水を得た魚が生き返るように、その言葉は彼の心に染み渡る。

「なぜか皆、貴方の事が見えてないようだけど………」

 彼女の言葉は彼の心の奥底にまで沈み、打ち付けられる。

「でも安心して、私は貴方の味方だから」

 ―――だが、彼は知っているだろうか。

 その異変の原因が、彼女によるものだという事実に。




 彼にとって、それは突然の出来事だった。

 いつも彼の隣にいた、恋人。

 隣の家に住む、かけがえのない、恋人。

 通う学校が違っても、毎朝毎朝、明るく挨拶を交わしていた、彼の恋人。

 幼馴染でもあるその恋人が、突如としていなくなった。

 隣の家自体は存在しているものの、しかし、その中身が消えたのだ。

 空っぽ、もぬけの空。

 つい昨日まで、確かに恋人はそこに存在していた。

 不登校となった彼を心配する恋人と、確かに彼は会話をした。

 いつもどおりのなんて事のない世間話。

 テレビの話題や、その日の天気、テストの話題など、いつもどおりに花を咲かせた恋人との会話。

 これまでずっと、絶えずしてきた他愛無い、何気ない対話。

 しかしそれが、彼の中から突如として失われてしまった。

 その家の前で彼が見上げても、何十年と親しみ、何度となく足を運んだその中には、もはや誰も存在しない。

 存在しないかのように、ではなく、存在がない。

 昨日までは確かにそこにあった、恋人の温もり。

 生暖かな、いつもそばにあった、それ。

 失われて初めて気付く、それの大切さ。かけがえのない、唯一無二のもの。

 取り戻そうと手を伸ばしても、もう永遠に、それが彼の手の中に戻ることはない。

 空虚ばかりを、掴む掌。

 これを機にして、彼は不登校から引きこもりへと昇華する。

 当然なのかもしれない。

 彼にとっての外へと出る理由が、これで一つ、大事で大事な大きい一つが、失われてしまったのだから。

「恋人がいなくなってしまったのね。可哀想に。夜逃げか何かかしら。クスクス」

 ぽっかりと空いてしまった空白はしかし、いつまでも、空白のままではいられない。

 空虚に開いてしまった穴は、何かがはまる窪みになりえる。

「ああ、なんて可哀想。可哀想な子。こんな可哀想な子を放っておいていなくなるなんて、貴方の恋人は本当、ひどい人」

 その窪みにいつピースがはめ込まれるのか。

 長い時間がかかるかもしれない。それとも、意外とすぐかもしれない。それは誰にもわからない。

 けれども、その窪みは何かがはめ込まれ、そして、埋め込まれることは決定付けられている。

「でも、私は違う。私はこんな可哀想な貴方を放っておいたりはしない。貴方の恋人のように、いなくなったりはしない。私はずっと、貴方の側にいてあげるわ」

 ―――だが、彼は知らなかった。

 恋人がいなくなった要因が、彼女の仕業によるものだという真実に。




 彼にとって、それは突然の出来事だった。

 家族との交流の断絶。

 朝部屋で起き、部屋で食事を摂って、部屋の中で日中を過ごし、夜部屋のベットに入る。

 そんな引きこもりの彼にとって、部屋の外部との交流は、家族とのものだけだった。

 家族間ゆえに、しかも引きこもってしまったがゆえに、それはそう、多いものではない。多くはなかったものの、しかしそれは彼にとって大部分を占める、他者間との交流だった。

 短いながら、食事を運んでくる母親の気遣い。

 普段は滅多に口を開かない、父親の静かなる言葉。

 言葉こそひどいものでありつつ、自分を思いやる妹の激励。

 彼からすれば鬱陶しいものだったかもしれない。聞きたくないとする台詞も、そこには含まれていたであろう。

 反射的に拒絶するような言葉も、彼は返したこともあった。

 だがそれも、愛情の裏返しはなんとやらで、彼にとっては必要なものだった。

 必要不可欠な、交流だった。

 そんな家族との交流が、突如断絶した。

 食事を持ってくる母親の声も、仕事に行く前の父親の声も、夜日が沈んだ頃の妹の声も、全部全部、なくなった。

 部屋の中にいる彼は、部屋の外のことはわからない。

 静寂。厳かな美術館の中と同じような、何一つ物音がしない、静けさ。

 そんな静寂が、彼を、彼の部屋の周囲を、包み込む。

 まるで世界がこの部屋だけになってしまったかのような錯覚。

 否、部屋の外を知ろうとしない彼にとって、それは錯覚ではない、れっきとした真実にも、なりえた。

 この部屋の中だけが、彼の世界、彼の居場所。

 学校で味わった孤独感と、恋人を失った空虚さ、そして外の世界からの断絶。

 彼は絶望する。

 絶望した。

 絶望しえた。

 絶望せざるをえない。

 絶望するのが当然。

 絶望しかない。

 絶望。絶望。絶望。

 絶望。絶望。絶望。絶望。絶望。

「ああ、なんて狭い世界にいる貴方。こんなに狭くて暗ーい部屋に、一人でいる貴方。一人うじうじしてゴミみたいにみっともない貴方」

 最低辺のどん底の奥底。

 井の中の蛙となった彼は、もはやそこから這い上がれない。這い上がることができない。這い上がろうとする気力さえ、ない。

「誰からも見捨てられてしまったのね。誰しも貴方を見捨てたのね。誰も彼もが貴方を見捨ててしまったのね。それも仕方のないことよ。だって、こんなにも貴方はみすぼらしいんですもの。汚い汚物。誰もが目を背けたくなるような貴方なんですもの。それは誰しも、貴方を見捨てて当然だわ」

 釘で打ち付けられてしまったように、紐で縛り付けられてしまったように、彼はもう、その世界から、出ることはできない。

 狭くて暗い牢屋。

 みすぼらしく、汚い汚物の彼の世界は、そこだけになった。

「もうそんな、世界中から嫌われた貴方にかまってくれる人は、私以外にだーれもいないのよ。貴方はもう、私の言うとおりにさえしてればいいの。だって、それくらいしか、貴方の存在する価値は、この世にないのだから」

 ―――だが、彼は知らない。

 彼の家族の遺体が転がっている光景が、部屋の外に広がっていることを。

 そして、その光景を作り上げた張本人こそが、今目の前に居る彼女であるという、真相を。






タイトル:「甘えん坊さん」

星座:かに座

タイプ:他者愛型ヤンデレ




「はーい。お風呂から出たら、体ふきふきしましょうねー。そのままだと風邪引いちゃうからねー。ふきふき、ふきふき、ふきふき………それで、お着替えしてー…あ、その前にオムツつけなくっちゃ。じゃ、足開きましょうねー………よし。じゃあ今度こそお着替え。両手を上げてー…右足上げてー、今度は左足上げてー………はーい。もういよ。よく頑張ったねー、えらいぞー」

 なでなで。

 彼女に頭を撫でられる彼女より一回り背の小さな彼。

 彼はどこか誇らしげにそれを受け入れ、彼女に対し満面の笑みを浮かべる。その笑みに彼女の表情もまた、笑顔になる。

 彼がまだ幼い、二本足で歩くのもやっとという頃の、ごく平凡なありふれた日常の一ページ。




「はいはい。じゃあお風呂から出たら、着替える前に体ふきましょうねー。風邪引かない用に。じっとしててね。ふきふき、ふきふき………それで、お着替え…あ、その前にオムツだね、いけないいけない忘れてた。それじゃ足開いてー………オッケー。じゃあ今度こそお着替え。はい両手を上げてねー…じゃ、今度は足ね。右足、左足………よーし、もういいぞー。じっとしててえらいえらい」

 なでなで。

 彼女の頭を撫でられる彼女より頭一つ分小さな彼。

 彼はどこか気まずそうな表情で、彼女から視線を外してそれを受け入れる。彼女はその表情が目に入らないのか認識しないのか、逆に満面の笑みにて、彼の頭を撫で続けた。

 彼と彼女のごくごくありふれた日常。

 ただしそれを平凡と呼ぶには、彼の姿が少々いびつに映ってしまうことだろう。

 なぜなら彼の年齢は十代後半、青春真っ盛りとも呼ぶべき、高校生であったからだ。


 彼は彼女に甘やかされて成長した。

 というのが、彼と彼女を表す最も適切な言葉だろう。

 彼女は彼を甘やかし、そして彼も彼女に甘えていた。

 彼にとっては生まれてから彼女の存在がいつもそこにあり、彼女に育てられたといっても過言ではない生活を送っていた。

 そんな彼女が彼を甘やかし続ける。

 朝、彼女に起こされ、彼女に着替えを手伝ってもらい、彼女の作った朝食を彼女に食べさせてもらう。

 昼食後はお昼寝だと言われるがまま布団に入って数時間眠り、時たま二人で出かける時は必ず手をつなぎ、寄り添うようにして道路を歩く。

 夜、共にお風呂に入って彼女に身体を洗ってもらい、布団に入って真横にいる彼女の子守唄を聞きながら眠りいる。

 生まれてこの方十数年、彼はそのようにして彼女との生活を送っていた。

「君のお世話は全部、私がしてあげるね」

 毎日がそんな日常。十数年と続いた、彼の人生。

 彼がその生活にまったく疑問を抱かず、それが平凡で平常な一般的なものだと認識しまうことは無理からぬことであった。

 もちろん漫画やテレビなどで他人の家庭というものに触れる機会もあったかもしれない。

 しかしそれはあくまで漫画は漫画、テレビはテレビであって、画面の向こう側。別の世界の話で、そういう家庭もあるんだな、くらいの彼の認識でしかなかった。


「今日は耳かきしよっか。耳かき取ってくるから、先にリビングに行って待っててね」


 彼がその生活に疑問を抱いたのは、彼が中学生にまで成長した後のことだった。

「行ってらっしゃーい。暗くなる前に帰ってきてねー」

 その日も彼は、朝食を彼女に食べさせてもらい、オムツを下につけつつ、教室にてクラスメイトとの雑談に講じていた。

 そして雑談の中で、彼女との生活を当たり前のように口にした。

 その言葉をつむいだ途端、クラスメイトは笑うでもなく侮蔑の表情を作るでもなく、無表情で彼から距離を取った。

 話したクラスメイトというのが、クラスの中心的人物であったことも相成り、その話は一日両日中にクラス内、そして学校全体へと広まった。

 ―――そして、それからの学校生活の間、彼が学校の人間と話をすることは一度もなく、彼はその学校を卒業することとなった。

 彼は最初何が起きたのか理解できなかった。彼にとって当たり前の事を話しただけなのに、どうしてそんな事態に陥ったのか。

 しかしいくら月日が経っても変わらないクラスメイトの反応に、彼はようやく疑問を抱くようになった。

 彼と彼女の生活。

 それのどこかが、おかしいのではないのかと。


「じゃあ私の膝の上に頭を乗せて………動いちゃだめよー。動くとすっごくいたいいたいってなっちゃうからね」


 おかしいおかしいおかしい。

 一度そう思うと、彼の中で疑問はどんどんと増幅していった。

 漫画やテレビの中の世界とはかけ離れた二人の生活。

 普通。平凡。常識。

 普通とは何か。平凡とは何か。常識とは何か。

 彼の中で疑問が渦巻く。

 しかしその反面、彼と彼女の生活は変わらない。

 相変わらず食事は彼女に食べさせられ、お風呂では彼女の体を洗ってもらい、下にはオムツを付け、寝る時は彼女の子守唄を聞かせてもらう。

 果たして、彼がおかしいのか、それとも彼女がおかしいのか。

 彼は何度か、その疑問を彼女にぶつけたことがあった。

 けれどもしかし、彼女はその疑問には取り合わず、

「大丈夫大丈夫。なーんの心配もしなくていいよ。全部お姉ちゃんに任せておけばいいんだよ」

 とか、

「よくそんな難しい言葉使えるようになったねえ。えらいえらい」

 とか、

「そんな変なこと考えなくてもいいの。ずっとお姉ちゃんがそばにいてあげるから」

 と、さりとて、彼の言葉を認識しているかはなはだ怪しい返答しか、返ってはこなかった。

 彼女が何かしらの答えを彼に告げれば、彼も納得したかもしれない。たとえそれが彼を否定する答えだったとしても。が、返ってきたのはあやふやな言葉ばかり。

 これまで何から何まで彼女に甘えてきた彼にとって、自分で何かを決めるというのは、難しいことだった。

 これまで全て、彼女が決めたことに、従ってきただけだったのだから。

 そのため長い長い期間、つい最近にいたるまで、その答えを出すのに時間がかかってしまった。

 やはりこの生活は、異常であるのだと。


「じゃあ、もう片方の耳やるから、反対向いて。今度はお姉ちゃんのお腹の方だよ」


 では、異常であるものを正常にするにはどうすればいいのか。

 そう彼は考えた。

 考えに考え抜いた。

 彼は今日、それを実行する。


「あ、ちょっと。あぶなっ………って、こんな時間からおでかけるするの? ねぇ、どこ行くのー? もうすぐ夕ご飯だから、それまでに帰ってくるのよー」




 一日目。

 しばらく家を出る。

 それが彼の出した結論だった。

 彼女との距離をしばらく置けば、彼女にも何かしらの変化が生まれるのではないかと。

 家を飛び出した彼はまず、高校のクラスメイトである友人に連絡を取った。中学での出来事があったため、彼は高校では同じ失敗を繰り返してはおらず、親友とまではいかないものの連絡先を交換する程度の友人は何人かいたのだった。

 数人に断られたものの、なんとかその内一人からオーケーを貰い、彼はその友人宅に泊まれるように事を運んだ。

 無事友人宅へとたどり着き、友人の部屋で腰を落ち着けたところで、彼はこれが始めての外泊であることにはたと気付いた。

 いや、今自宅にいる彼女との外泊は何度か経験があった。が、しかし、彼女がいない上での外泊は、今日が初めてであったのだった。中学での修学旅行はクラス内の関係から欠席していた。

 初めての外での外泊は彼にとって、慣れないことの連続だった。

 食事は自分で食べなければならない。

 風呂は自分で入らなければならない。

 着替えは自分で行わなければならない。

 トイレはきちんとトイレでしなければならない。

 就寝は自分一人で眠らなければならない。

 何もかもが初めての経験であり、友人やその家族がなんなくこなす横で、彼のそれはその何倍もの時間がかかるのだった。

 やっとの事で一連の出来事が終了し布団で横になっても、彼は中々寝付くことができなかった。

『おやすみ』

 どこからか、彼の耳に幻聴が届いた。


 二日目。

 彼女に何も言わない突然の無断外泊。

 さて、自宅の彼女がどう思っているのだろうかと、彼は携帯電話の電源をオンにした。

 その携帯電話は、彼女に彼が買ってもらったものである。

 携帯電話を持ちたいと言った時、彼女は諸手を上げて賛成、とまではいかなかったものの、しかしテレビから流れる犯罪のニュースの影響からか、否定されるまでには至らなかった。

 が、実際に携帯電話のショップに入って購入したのは、幼児専用の子供ケータイであった。

『この子には普通の携帯はまだ早すぎるんです』

 その時の彼の年齢は子供ケータイの適用年齢から外れていたものの、彼女の強い意志に彼も店員も押し切られて結局そういうことと相成った。

 突然彼女からの電話が来たらどうしようとおどおどしながら彼は携帯の起動画面を眺めていたが、幸い、彼女から電話は鳴らず、メッセージがいくつか届いているのみだった。

『何かあったのかな? よければ向かいに行くよ』

『ご飯作って待ってるから』

 いきなり家を飛び出したのだから、もっとたくさんの心配のメッセージが届くかと彼は予想していたのだが、それよりもはるかに少なかったので、彼は拍子抜けした。

 ひょっとするとこんなことをしても無駄なのではないかという懸念が浮かんだが、いやいやこれがもう何日か続けば彼女も変わるはずだと、彼は今日も帰宅しないことに決めた。


 三日目。

 幸い、泊めてくれた友人宅の家族は放任主義的なところがあるのか、連続の外泊となっても特に何も言われることはなかった。

 が、しかし彼にとっては不慣れな家以外での、自分ひとりでやらなければならない外泊。

 口の合わない食事や異なるライフサイクルなど慣れない環境に精神的体力的にも疲れてきたのを自覚してきたが、ここでやめれば何の意味もない、これは自分自身のためであり彼女のためでもある、となんとか自分を奮い立たせて、彼は気力を保つ。

 携帯のメッセージの方は、相変わらずであった。

『まだ帰ってこれないのかな?』

『お家でご飯が待ってるよ』


 四日目。

 彼女が心配しているんじゃないんだろうか。

 早く帰った方がいいんじゃないだろうか。

 彼の中でそんな思考ばかりが思い浮かぶ。

 彼はそれが、家へと帰る言い訳作りだと理解しながらも、しかしどうしようもなく、そんな思考が巡りに巡る。

 これまでかつてこれほどの長い時間、彼女と顔を合わせなかったことは一度もなかった。 

 慣れない環境からの逃避。心地のいい自宅。何より彼女の横にいる安心感。

 初めて胸の中に浮かぶ孤独感が、彼の中で渦巻いた。

『どこで遊んでるのー?』

『腕によりをかけてご飯作ってるよ』


 五日目。

 彼女の作ったご飯が食べたい。

 彼女の見せる笑顔が見たい。

 彼女の声を聞きながら眠りたい。

 彼女の姿形をした幻想が彼の周りを取り囲む。

 さすがの友人も彼の不調に気遣い、帰宅を勧める言葉が出てくるが、彼にその言葉は届かなかった。

 なぜなら彼にとって、今聞きたいのは、彼女の発する声だけ。

 彼に甘い彼女が囁く彼に甘い台詞を耳元で聞きたい。

 ベタベタしていて、甘ったるくて、生暖かい、その声。

 それ以外の声は、彼には届かない。

『あんまり遅くなっちゃだめだよ』

『ご飯は君の大好物♪』


 六日目。

 会いたい。

 会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい。

 会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい。

 とにかく彼女に会いたい。何でも彼女に会いたい。

 どうして自分が今、彼女のそばにいないのか、それが段々、彼にはわからなくなってきていた。

 どうして今こんな所にいるのか。

 何のためにここにいるのか。

 なぜ、彼女に会えないのか。

 なぜなぜなぜなぜ、どうしてどうしてどうしてどうして。

 わからないわからないわからないわからないわからない。

『おはよう』『ご飯だよ』『お風呂入ろうねー』『もう、しょうがないわねー』『手つないで上げる。離しちゃだめだよ』『えらいぞー』『よしよし』『おーい。こっちだよー』『ちょっと待っててね』『はいはい。わかったわっかた』『いい子いい子』『かわいい子』

 これまで彼女にかけられた言葉が、その時の表情と共に映像で彼の頭をぐるぐると回る。巻き戻されては繰り返し再生され再生され再生され、同じ映像を何度となく見返す。

 彼は頭を抱えてきつく目を閉じていたが、それでもなお、まぶたの裏にはスクリーンとしてその映像が流れ続けた。

『私はお家にいるからね』

『ご飯が冷めない内に帰って来てよー』


 七日目。

「あっ、おかえりー。遅かったね。カレー作りながら一週間待ってたよ」

 自宅の扉を開き、真っ先に聞こえてきたのは、彼の渇望していた彼女の第一声。

 その声を聞いた瞬間、彼は何もかもを諦めた。

 彼女が、彼を甘やかす生活を変えることを、ではない。

 彼が、彼女の甘やかされる生活を変えることを、である。

 彼女に甘えられなくなることを、彼女の優しさを受けられないことを、彼女といられないことを、彼は絶対に耐えることができない。そう、確信した。

 彼と彼女との甘い生活。日常。

 どれだけそれが周囲からみれば異常であっても、彼と彼女からすれば、それが普通であり、日常。

 もう、それでいい。

 いや、それがいい。

 彼は両目から滂沱の量の涙を流しつつ、靴も脱がずまっしぐらに彼女へと向かうのだった。




「はいはーい。お風呂から出たから体ふこうね。そのままだと風邪引いちゃうから。ふきふきふきふきふきふき………じゃあお着替え、じゃなくて先にオムツねー。足開いてー………で、次に着替えだよ。両手をバンザイさせてください…今度は足だよー。右足ー。左足ー………はい、よくできましたー。いいこだねー。おりこうさんだよー」

 なでなで。

 かのじょは、かのじょよりもおおきいかれのあたまを、てをのばしてなでました。

 かれもかのじょも、かおはとってもえがおでした。

 かれとかのじょの、いつもどおりのひととき。

 かれとかのじょのそんなせいかつは、いつまでもいつまでも、つづきました。

 ふたりはずっといっしょです。

 かれがかのじょに、だいすきだ、といいました。

「私も大好きだよーっ」

 かのじょはかれにぎゅっとだきつきます。

 かのじょがだいすきなかれと、かれがだいすきなかのじょ。

 ふたりはこれからも、ずっとずっと、しあわせでなかよしです。



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12星座ヤンデレ 1 おひつじ座~かに座 @redbluegreen

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