#1.明日を待つ希望
「実業家の娘ね」
女上司の声が、インスタントコーヒーの香りとともに注意を喚起した。
つきあってられませんよ、4歳の子に。
「がんばってよ」
無茶を言う。
「うん、がんばってますよ」
「実は、もっとがんばってほしい」
ますます無茶だ。
ぃえ~~。
「そうすると、あたしを好きだというのは、間違いで、てっきりあたしの聞き違いなの」
そんなこと言ったったって、あれは。
「化け物でしょうがぁ!」
女上司は、間違いなく、ふんふんと軽くうなずきつつ、コーヒーカップをもって香りを確かめる。
「1歳児の化け物」
1歳児の化け物ってぇ?
「って、話が持ち上がってんのよ」
示された記事には確かにそう書いてあるし、そう読める。
確かに、インテリ層でなくても知ってる雑誌の切り抜き記事だ。
主に、スクラップ帳を整えているのは、相棒の裏方仕事だった。
「あーそうですか」
右脳と左脳の間をつなぐ脳梁がすぐれていて、知能指数がけた外れに高い1歳児が、実在したとその記事は告げていた。
名前は――載っていない。
おそらく、未就学児童という観点から考慮された処置と思われる。
「仮の名前をピーターソンとしようか。彼が実際にたたき出した数値はただごとでない。正確に言えば、路頭に迷う子羊全部を柵のついた檻にきれいに収監するくらい、むずかしい問題をすらすらと解く、天才児童」
こんなの、自分だって最近知ったくせに、周知のこととして示さないと上司の威厳が許さないとでもいうのか。
「あのね、いいから聞いて。まじめに。これからひとまず、学園の確か、幼等部4歳以下の部に乗りこんでね、そのピーターソンの死体を探さなきゃいかんのよ」
「幼等部って学校ですか?」
「必要のない、母親の援助のために学校が、おそらくつくったのよ」
信じられない、と彼女は首をふる。
「馬鹿言っちゃいけませんよ」
「それが、まじめなのよ」
本当ですかぁ?
「嘘だと思うなら、早く行ってごらんなさい」
ちっ。
どうせよくあるネタだろう。
実業家の娘がどうとかは前置きにしては意味深だが、そのピーターソンの話から実存があやふやになってきた。
死体でもなんでも、警察が見つけ出す方が先だろうに。
「よくあるネタでも、おそらく、いつも聞いてる話じゃないわ」
ネクロノミコン――!?
「会社にとっても、おもしろそうな……おいしいネタよ」
ブーイングの嵐ね。最初っからあやしいもんだわ。
「今日は、自分勝手な判断は……」
「貴重な判断と言ってほしいですね」
女上司の手の中でかき回されていた、クリームが安っぽいコーヒーに投入される。
脳髄がかきまぜられそうな、劣悪な香り。
彼女のもとに届けられた、実家からの上質なミルクが台無しだ。
「いつもの手でいけないというのなら、どうぞ、おそまつな相棒と語り継がれるラピッドソンをつけてください。あいつの腕ならまだしも信頼できる」
「もちろん。でないと、不自然よ」
あなたらしくない英断だ。
「言っておきますけどね、うちの班であたしが動けないのは、だれの責任だと思ってる」
「もちろん、身勝手な判断はさしひかえますよ」
「それでいいのよ」
よろしく。
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