第27話激闘!黒から白へ
『我を退治するとな、小さき人間よ。我は古竜と呼ばれる、神にも匹敵する力を持ったドラゴンぞ。メルウやメルバなどと一緒にするでないぞっ!』
「うっ!」
頭上で羽ばたくENDは私の挑発に少しだけ怒りを露にする。
威嚇にも似た鋭い咆哮を上げる。
恐らくENDはほんの少し、威圧をかけただけ。
それでも大気が響くようにビリビリと波打つのが分かる。
『た、確かにメドやアドとは違うっ! これは違う種族だよっ!』
全身が漆黒の禍々しさもそうだが、目の前に対峙するだけでわかる。
強者と猛者とか、そんな単純な言葉では表せない程の格の違い。
それも一言で言えば禍々しい。
更に表現を誇張するのであれば、この世の破滅や災いそのもの。
他に、不吉、不穏、不安、縁起の悪い、はたまた忌まわしい。
それらの黒や負の感情を具現化した存在。
同じ生物であるならば超えられない、絶対的存在。
それがエンシェントドラゴンと呼ばれる存在なんだろうと
私は本能的にそう感じた。
『で、でもENDをこのままにしてたら二人がいなくなっちゃうっ! きっと嫌な思いをするっ! だからENDを倒すことは必要なんだよっ!』
もう女神の願いだけではない。
ENDを屠る事は私の願いに変わった。
それがメドやアドの幸せに繋がるから。
だから私はENDを倒す。
「どうやら、我に滅ぼされたいらしいな、なら一撃で即死させ――」
「『まじっくどーむ』『まじっくどーむ』」
ENDの前口上を聞く前に魔法を唱える。
『何処かに魔法を張ったというのか? 小さき人間よ』
視線を彷徨わせながらENDが問い掛ける。
「うん、お屋敷が壊れないように」
『屋敷だと? ここからか?』
「そうだよ。私とメアドが住む大事な愛の住処だもん」
『はっ、偽りを言うな、人間よ。矮小な人間如きが魔法で屋敷を覆うなど出来ぬだろう。距離もそうだが、巨大な屋敷を覆う程の魔力などないだろうが』
「別にいいよ。わたしが張ったってわかれば」
『仮にそうだとしても、あんなものは粉々になっても、人間どもに作らせれば良かろう。人間の価値など我らの労働力意外に価値などないのだからな』
吐き捨てる様に、感情の読み取れない目で屋敷を視界に映す。
「……あと、お屋敷以外にも魔法を使ったけど、わからないの?」
『屋敷以外だと? そんなもの我の目には――――』
「見えないならいいよ。それだけお前の目が濁ってたってわかったから」
『貴様っ! 再三ながらこの我を愚弄するとは、もはや許さぬぞっ!』
ENDは「ガバ」と鋭い牙の生えた口を開く。
口端からは黒い炎が見え隠れしている。
そこから派生する攻撃は、恐らくブレスによる攻撃。
「それは止めた方がいいよ、危ないから」
『今更自分の身を心配してももう遅いっ!「黒炎息吹っ!」』
ENDが黒い炎を吐き出す。
その黒い炎がどのようなものか、初見の私にはわからない。
ただドラゴンの頂点に位置するENDの攻撃だ。
それだけで、今までのドラゴンとは異質な響きがある。
だからその威力も強力なものと予想も出来る。
ただそれでも、ハッキリとわかっていることがある。
あの黒い炎が私に届く事はない。
それだけは確信が持てた。
現にENDの吐いた黒い炎は
『ぐあぁっ! 何故我を囲むように黒炎が跳ね返されるのだっ!』
ENDは自身の体に纏わりつく、黒い炎を前にして絶叫していた。
「だからわたしは、危ないって伝えたかんねっ!」
『うぬぅ! おのれ人間がっ!!』
実は『まじっくどーむ』の魔法の2個の内の1つはお屋敷
もう一つはENDを球状で囲んでいた。
その中でENDはブレスを放った影響で、球体の中を黒い炎が駆け巡り、自身を攻撃し続けている。ただ今のところ、本人にダメージがあるかどうかは定かではない。
でもそれはどちらでもいい事。
そもそもENDを囲った理由は別にある。
それはもちろん逃げられないように。
じゃなく、私から
『逃がさないように』
これから私は遠慮なしに攻撃をする。
メドとアドに害のある存在を抹消するために。
二人の未来を守るために。
「とうっ!」
ザッ!
まじっくどーむの中で、身動きの取れないENDに向かって跳躍する。
そしてその勢いのまま、ENDごと、球体を蹴り上げる。
ドガンッ!
『んがはッ! な、何をッ!?』
全力での飛び蹴りを喰らったEND球体は、真上にあり得ない速度で急上昇する。全長50メートルを超えるバランスボールのように。
「まだだよっ! 『まじっくうぉーる』」
重力に逆らい、急上昇を続ける球体の真上に、今度は魔法の壁を張る。
ガンッ!
『ぐふッ』
その壁に激しく衝突して、跳ね返るEND球体。
中のENDはその衝撃の余波を全身に受ける。
「『まじっくうぉーる』」×5
それを見届けた後で、この一帯を私とENDごと囲む。
「それっ!」
ドガンッ!
ガンッ!
『がはッ!』
「もっとっ!」
ドガンッ!
ガンッ!
『がはッ!』
まるでピンボールか、はたまたスーパーボールの様にEND球体は衝突を繰り返す。時には蹴り上げ、時には殴り、時には杖でフルスイングし、稀にお尻で跳ね返す。
そんな攻撃を繰り返している内に、何の悲鳴も絶叫も聞こえなくなる。
透明だった球体が、知らず知らず黒に染まっている。
それがENDの体液なのか、炎なのかは確認できない。
だた静かになった事だけは確かだった。
「ね、ねえっ! メルウちゃんっ! 起きてっ!」
私はこの隙に女神のメルウちゃんに連絡を取る。
ENDの正体もそうだけど、何処までしていいかわからないからだ。
このドラゴンに勝てばいいのか?
ただ息の根を止めるのか?
はたまた物理的に消滅させるのか?
それとも――――
『むにゃむにゃ。もう何なのフーナお姉さん。わたちまだ眠いの』
目をこすりながら起き上がった、メルウちゃんの姿が脳裏に浮かぶ。
きっと、小さな欠伸をしながら伸びているんだろう、と妄想する。
「メ、メルウちゃん、あの教えて欲しいんだけど」
『わたちに何を、あれ? その丸い中にいるのもしかしてエンドなの?』
「そうだよ? わ、わたしが聞きたいんだけどっ! ENDかどうかっ!」
何で私に聞くの?
そもそも女神の姉妹の誰かの願いだよね?
メルウちゃんが知らないわけないよね?
『ちょっと待ってなの? 今すぐ確認するのっ!』
「う、うん」
そう言って、ガサゴサと何かを漁っている物音が聞こえる。
何やら探し物だろうか?
『あ、あったなのっ! 何で鍋敷きに使ってるの?』
「な、何だか良く分からないけど、見つかって良かったよっ!」
私はほっと胸を撫でおろす。
多分それがなかったら話が進まないだろうと思ってたから。
『ん~と、ここの数字に指入れて?』
「………………」
『それと、その後回転して?』
「………………」
『それを数字分繰り返すの?』
「………………」
『あっ、いけそうなのっ!』
「………………」
何やら操作をしてるらしい。
それはいいんだけど早くして欲しい。
テンションが下がるってのもあるんだけど、ENDの様子も気になる。
出来るならさっさと終わらせて、メドとアドを安心させたいし。
『フーナお姉さん、ちょっと返答に時間がかかるの。だからその間に聞きたいの。エンドはどんなドラゴンだったの?』
「えっ? どんなって、え~と、確か黒かったよ? それはもう全身真っ黒。お腹も真っ黒で、メドとアドを呼び戻しに来たみたいだよ」
そうメルウちゃんに説明する。
そもそもお屋敷にあった大きな絵画のモデルが、ENDって言ってたのを、メルウちゃんだったと思い出しながら。
『そうなの。エンドの特徴はわたちも姉さまにそう聞いたの。あ、ちょっと待っててなの、なんとか繋がったの』
「う、うん」
繋がった。って何?
どこかに連絡してたって事?
指入れるって何?
『あ、フーナお姉さんわかったの。あれはエンドで間違いないの。ただ怒ると色変わるみたいなの? 今からが本番なの』
「そうなんだ、間違ってなくて良かったっ! それで何処までENDを…… え? 色変わるって、今から本番って、何?」
私は黒いまじっくどーむに視線を移しながら聞いてみる。
特に何の変化もない。
そもそも中から黒く染まって見えない。
パキッ
「え?」
バキキッ
「ま、まさか?」
バキ――――ンッ!!
「わ、わたしのまじっくどーむが破られちゃったぁっ!!」
そしてものすごい速度で何かが飛び出し「ピタ」と空中で急停止する。
その姿は禍々しいさっきまでの漆黒のドラゴンではなく
『う』
「う?」
『うわあぁぁぁぁ~~~~んっ!』
背丈が私とさほど変わらない幼女だった。
しかも何故が大泣きをしていた。
「へっ? えええええっ!!!!」
ただその姿は漆黒の翼の変わりに、白い柔らかそうな羽が生えている。
そして着ている洋服は真っ白な貫頭衣。
さっきまでの禍々しさはなく、どちらかと言うと
『神々しい』
その形容が一番当てはまる。
「こ、これって、まるで『女神のメルウちゃん』だよねっ!」
私は大泣きを続ける、その幼女を見てそう思った。
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