第18話 行き場のないイノセンス


 元々、西国が存在する地域には小国が乱立していた。


 その辺りは平野が広がっており、東西北の貿易路が集約する交差点として、様々な都市が点在していた。また、南部は大きな半島地形をなしており、その海岸部には東西の大国の植民都市が栄えていた。


 これらの植民都市の中には商業都市として力をつけていく内に本国との繋がりを絶ち、自分達の国家を樹立する者たちが現れた。


 ただ、大国間貿易の中継地、または貿易港として栄えた都市にとって、国家の成立に際しある問題が生じた。


 人的資源の急減である。独立に伴い本国へと帰還する人間が少なくなかったのだ。


 人口とは即ち国力である。現代世界で言えば、中国然り、インド然り、莫大な人口を抱える国がその力を増大させ、一方で少子高齢化が進行している日本の経済は停滞・下降気味だ。


 強大な経済力を持つ都市と言えども、人が不足していてはその経済力すら失ってしまう。しかたなく、彼らは周辺の小国同士で連合を作り、個々の人口不足を補うことにした。

 

 しかし、元々交易路に栄えた都市群である。国家毎に民族が異なれば、そこに諍いが生じるのも世の常である。

 

 小国の王達は個々に、自分達の民族こそが連合を牽引するに相応しいと主張し、政争・戦争を繰り返し、ただでさえ不足している人的資源を無駄に消耗させていた。

 

 だが、ある時を境に地図はある国の色で塗りつぶされることになる。内陸部に興った都市国家アモルにて、後の初代皇帝・ウピテルが国王となったのである。


 ウピテルは魔法雑貨商の息子として生まれた。幼少の頃から魔法に近い生活を送っていたからか、青年になり、父の後を継ぐ頃には、魔法開発者としても才能を開花させた。


 彼はまた、他人の力を測る術に長けていた。日頃、能のない客人や、教養のない召使いの中に膨大な魔力を秘めている者を見つけては、なんとかその無駄な魔力を役に立てられないかと考えていた。


 そして、多くの歳月をかけて生み出されたのが「刻印された者の魔力を自分のモノとして使う」という術式である。

 

 彼はこの技術を自らの民族の発展の為に国へ売った。そして、この魔法によってアモル国の軍事力は倍増することになる。


 この魔法を施された兵士は、直接戦争に参加しない老人・女子供・奴隷の魔力を使い、戦場で存分に魔法を使えたからである。


 一つの国を征服すれば、後は連戦連勝である。全てが全てユピテルの技術による成果ではなかったが、彼は王から魔法長官、軍特務司令官の地位を付与された。


 やがてアモルが十数の国家・民族を手中に収める頃、ユピテルは国内の政争に勝利し、アモル国の君主となった。彼は同時にアモル帝国皇帝を名乗り、皇帝として領土の拡大と帝国内整備に尽力した。現在、アモル帝国の中で、西国と呼ばれる地域は、彼の時代のアモルの領土である。


 続く2代皇帝ネルァトルは本格的に西方侵略を進めた。「大戦争」と呼ばれた戦いは彼の時代に為された。ノヴ、及び大平原・南方ジャングル、アイシャをそれぞれ打ち負かし、現在まで続く帝国最大版図を築き上げた。


 3代皇帝ディオは、先代までの侵略政策から一転し、帝国内の治世に努めた。膨れ上がった領土は皇帝一人だけの威光では維持出来ないと考え、限定的・間接的にではあるが、属国として北国・東国を、彼らの王に統治させた。また、元々国家が存在しなかった南国には新たに人間の王を据えさせ、帝国の分治を行った。


 やがて、皇太子イシュが新たに皇帝の座に就いた。彼は父である先代皇帝の治世を「停滞の時代」と称し、帝国の再編とさらなる帝国の拡大を掲げた。


 ――――彼の戴冠から幾年が経ち、マルコ、ルカ、ハンナは人知れず北国を発った。


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 貨車が大きな音を立てて振動する。


 広大な草原の上を、数十の鉄の車輪が進んでいく。


 先頭の車両は黒い煙をごうごうと吐き出しながら、肥え土から大量の収穫物を都へと運ぶ。しかしこの機関車、図体は大きいが、お世辞にも高速とは言えなかった。

 

 「あ、馬。見てアレ。やっぱり早いわねぇ」


 東国の騎士ミシェルが退屈そうに景色を眺めている。その視線の先には、広大な草原を颯爽と走る2頭の馬が居た。かなり小さいが、彼らの背に人が乗っていることも確認できる。「郵便かしら?それとも騎士?……まさか団長!?」


 しかし、彼の隣に座るマルコが冷めた顔で「それはない」と断言する。「あの後、彼はすぐに南国を発つと言っていた」


「あ、そう」面白くもない答えを返されて、ミシェルはふてくされたように頬を膨らませた。彼は一度もマルコの方を振り向かず、細めた目で景色を見続ける。


 スズ達は機関車を使って移動中だ。しかし、帝都とウルクを結ぶ鉄道に客車は存在しないため、貨物車に紛れての密航である。これはグラスゴゥから、最近は帝国と南国を結ぶ街道の警備が厳しくなっているので、別ルートを通ったほうが良いとの進言があったからだ。

 

 南国から入ってくる機関車も国境の駅で検査を受けるが、この鉄道は基本的に物資輸送用の為、大したチェックも入らないらしい。また、そのチェックも多くの場合、作業員の小人が行うという。ただし、奴隷が輸送されている場合だけは、奴隷を積んだ貨物車を帝国軍の騎士が厳重に検査するとグラスゴゥは言った。


 そのような理由もあって、現在スズ達が乗っているのは大量の木材を積んだ貨車。外からは見えないが、グラスゴゥの部下の小人達が巧みに、積荷の内部に空洞を作ってくれたのだ。

ミシェルとハンナはその木材の隙間から外の様子を伺っている。


「しっかし、流石にキツイな。後どれくらいだ?」


 マタイが腰を叩きながらマルコに質問する。朝早くにこの機関車に潜んでから既に長い時間が経つ。太陽も天高く燦々と輝いている。


「夕には国境に着くんじゃないかな?」マルコが水を補給しながら答えると、マタイは不平の声を上げる。この空間を作ってくれた小人からは、南国の国境まで行くと昼が終わると聞いている。そこで一旦検査が入る。今回は奴隷貨物がないので、いつも通りであればすぐ終わる。


 そしてそこからまた走り、月が最も輝く頃、帝都から少し離れたテオキアという駅に停まるという。これは、真夜中の帝都に機関車の轟音が響くのを嫌った皇帝イシュの命である。


 ブツクサと文句を言うマタイを無視してマルコは続ける。「僕らはテオキアで降りる。そこで一旦、兄さんの伝令が来るまで身を潜める」


 彼が街の名を口にすると、本を読んでいるルカの肩が軽く動いた。


「テオキア……懐かしいね。ルカ」ハンナが頬杖をついて微笑む。しかし、ルカは何も言わず、ただ本を読み耽っている。


 スズは彼女がずっと同じ本を読んでいることが気になった。「ねえルカ。それって何の本?ずっと読んでるけど」


「魔導書。父のね」ルカは文章から目を離さずに答える。


 彼女の父親も魔法使いだったのだ。スズは思い出した。そうだ、初めて会ったときも言っていたじゃないか。「『爆裂魔法』は父が編み出した」と。


「まぁ、そうよね。魔法使いだもの」とミシェルは納得したように頷く。どうやらこの国でも、蛙の子は蛙といったように、子は親を継ぐといった考え方が主流なようだ。「でも、娘を使って主君に反逆を仕掛けるなんて、すっごいこと考えるわね」


 ルカの瞳孔が開く。それまで穏やかだった場の空気が固まる。


「違う。全て私の意志」


 彼女は自らの父を侮辱した騎士を睨みつけ、喉から言葉を振り絞る。泣きつかれた子供のような掠れた声。


「父を殺した皇帝を殺すの」


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 かつて、皇帝に仕えていた一人の魔法使いがいた。彼の名はサウロ・マテリア。元々は帝国軍の下級士官であり、南国で王都の開発任務に就いていた。直感力や知恵に優れ、一度魔法書を読んだだけで大抵の魔法を使えるようになるなど、キレ者として隊内で評判の男であった。しかし、その評判が王の耳に入ったことで彼の人生は一変した。


 その頃、帝都の宮殿は荒れていた。3代目の皇帝が絶対的な権力を手放し、北国と東国に王を戻したからである。


 皇帝ディオ曰く、かつての王を象徴として据えることで、その地に適する治世を導く事ができ、アモル帝国に対する民衆の不満を解消・またはその矛先を属国自身に向けさせる。等々と宣っていたが、多くの臣下には「属国の国王が反逆を起こすのではないか」という心配があった。


 この時、南国はディオの臣下であるノビレス・セナ公爵が治めていた。彼は他の臣下達に対し「自分は皇帝の首など狙っていない」と広くアピールする為に、宮廷に足繁く通っていた。サウロ・マテリアも皇帝への献上品であった。彼の優秀な頭脳はさぞや帝国を大平原プレーリーのように末永い世へと導くだろうと、彼を皇帝お抱えの魔導官へと推薦した。皇帝もサウロの星のように輝く瞳を気に入り、彼を魔導官として迎え入れた。


 魔導官とは「魔法を導く者」を意味し、主たる任務は新しい魔法の開発である。魔法を扱うことは訓練次第で知恵や知識の無い者でも出来るが、0から1を生み出す事は一握りの才のある者しかできない。その為、魔導官に選ばれる者というのは大抵、貴族の子息、高等な教育を修めた者であった。サウロはそのような教育など受けていない農民の息子であった。しかし、持ち前の機転と知恵を武器にがむしゃらに勉学と任務に打ち込んだ。


 やがて彼は貴族として爵位を与えられ、妻子を設けるに至った。娘の名はルカ。幼いながら書を好み、家の中でばかり遊ぶ子であった。友人は殆どおらず、召使いである獣人の子ぐらいとしか話さない陰気な娘だ。そんな娘を心配しつつ、彼はある魔法の開発に身を捧げていた。


――『爆裂魔法』


 使用者の身体を吹き飛ばす。傍から見れば役立たずの魔法である。しかし、この魔法が優れている点はその奇襲性、そしてどのような者が使っても一定の戦力になる威力の高さである。開発の初期には、奴隷階級の者に呪文を覚えさせ、戦場で発動させる。または、敵の捕虜の肉体に魔法陣を描き、敵陣に帰した後、爆発させるなどといった使い方が想定されていた。


 しかし、この魔法が実践で使われることはなかった。


 帝国への反逆の罪で、サウロ・マテリアは死罪を言い渡されたのだ。


 この時、皇帝はディオからイシュへと変わっており、臣下の間では、先代の勢力を削ぎ、自身の力を示す為だと噂された。元々農民の出である彼をよく思っていなかった貴族も少なくなかった為、サウロの無罪の主張はかき消された。誰も彼の巻き添えを食いたくなかったのだ。同僚だった魔導官の仲間の中にも、サウロの肩を持つ者はいなかった。





 死刑は城前の広場で行われた。よく晴れた日の午後である。


 大衆がショーの物見に集う。


 死刑はサウロ自身の発明を用いて行われる。


 『爆裂魔法』による自爆。


 勿論、大衆はそんなことなど知らない。


 処刑官は彼の罪状を読み上げるとそそくさと死刑台を降りてゆく。


 サウロ一人しか立っていない舞台に野次馬は首をかしげる。


 処刑官は何処へ消えた?騎士は何処にいる?


 斬首か?石打か?鞭打ちか?磔か?絞首か?


 広場が静寂に包まれる。


 そして、サウロは絶望と怒りに満ちた表情で、自分の首を右手で掴む。


 「『私は無罪だイノセンス』」


 その呟きとともに、彼の身体は吹き飛んだ。




 その光景を、上から見下ろす者が一人。


 皇帝が彼の無様な最期をせせら笑う。


 「サウロ。『役立たず』の魔法が、少しは役に立ったようだ」


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 サウロの処刑から数日後、季節外れの土砂降りの日であった。


 軟禁状態にあった彼の妻が自殺した。


 彼女が死んでいた部屋は物が散乱しており、血で染まっていた。元々、夫が捕まってからの彼女は気が狂った有様だった為、現場に駆けつけた騎士達もそれを怪しまなかった。


 それよりも、もっと不可解なことが目の前にあった。


 部屋には肉が焼ける臭いがかすかに漂っている。また、彼女が寄りかかっていた壁に小さな穴が空いており、その周りには焦げた肉が飛び散っていた。


 そしてなにより、娘が消えている。


 騎士達は急いで屋敷の周辺を捜索するが、豪雨の中では思う様に進まない。



 しかしやがて、町外れで少女の死体が見つかる。


 その骸は首から上が焼け爛れ、もはや誰だか分からない状態だったという。



 騎士や市民、関係する貴族はこれを「サウロの呪い」だと恐れ、以後、この事件について触れることを止めた。

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