第11話 青空
移動中、マルコが何気なく彼に尋ねる。「グラスゴゥさん、何だってあんな所にいらしたので?」
「何故かって?そりゃアンタ、こっちは王様んと違って、働かにゃ食ってけねぇんだ。それに、現場でしか分からんねぇ事もある」と彼は皮肉交じりに答える。よくよく彼の話を聞けば、駅で働き始めたのは最近の出来事であり、その理由も、南国から帝国へ入る物資を管理している「駅」での労働は、いろいろと情報が手に入りやすいという。
「そいや、あの黒くて硬い奴は何だ?」
「あ?汽車のことか?水と火で動く車だ。なんだ?こんなことも聞き逃してんのか?」グラスゴゥは呆れ顔でマタイを見る。屈強な武人が新たに来ることは聞いていたが、コイツは脳味噌まで筋肉になっちまっているのか?
「え?あ?……え?」とマタイは周りの仲間をキョロキョロと見る。皆、あの鉄の塊のことなど知らないと思っていた。もしかしたら、またマルコの話を聞き逃してしまったのか?いや、スズだって知らないはずだ。違う世界から来たスズならきっと……「いやいや!スズだって知らねえよな?」
「……ごめん」とスズが目を逸らしてぎこちなく笑っているので、マタイは呆然として固まった。
「……え?知ってたの?」
「いや、アンタのアホ面が面白くてね」とルカがぼそっと追い打ちをかけると、それを聞いたマタイは顔を赤くして怒鳴り声をあげる。「はぁ?テメェ、ルカ!」
「おいおい。騒ぐな騒ぐな」グラスゴゥは言い争う2人を適当に諌めながら歩を進める。
ウルクの街は、北に位置する鉄道駅から南へ大通りが伸びる構造となっている。鉄道とは言っても、貨物輸送を目的として造られ、今なおその為に運用されている故、駅周辺には倉庫しか無く、行き交う人もまばらだった。
しかしそこから南下すれば、そこは多種多様な人種が行き交う中心市街地(現在、スズ達がいる場所である)へと辿り着く。北国とは違い温かい気候だからであろうか、それとも人種の違いか薄着の人がよく目につく。
街は雑然としており、補修されていない古い建物も散見されるが、それ以上に人々の熱気が感じられる。露天商の声や喧嘩騒ぎ、それを見物する人の煽り、街頭に立って歌う亜人の男と乞食。マタイとルカの言い争う声など、ここでは普通の会話にしか聞こえなかった。
「ねぇグラスゴゥ、アレってさ」
そう言ってハンナが指さした先に見えたのは、この自由な中心街の端っこで、古い建物を前に鎖に繋がれ、静かに列を成している人間たち。グラスゴゥはそれを見て足を止める。彼らの殆どは異型、獣耳や角が生えていたり、異様に体躯が大きかったり、小さかったりと亜人だった。
スズは彼らを見てそれが何なのか、直感した。
日本では決して見ることが無かったモノ。 既に世界から絶滅したハズのモノ。
奴隷。
「流石『
一応、スズもルカの奴隷という身分ではあるが、そのような扱いを受けたことは一度もない。例えば、古代ローマにおける奴隷の中には教育を受け、医師や官僚として「大切に扱われていた」奴隷もいたらしい。スズの存在もまさにそのような立ち位置であり、今目の前にいる「奴隷」とは一線を画していた。
「ああ……」グラスゴゥは眉間にシワを寄せる。しかし、ハンナはグラスゴゥの後ろで飄々としている。同じ国に住む同胞の哀れな姿を見ても、それぞれの抱えている思いは異なっているようだ。
「行くぞ」とグラスゴゥが手を挙げて声をかけたその時だった。
「ぐぉあああああああ!!」
街中に響く雄叫びに驚いたスズ達が見たのは、手足を縛っている鉄の鎖を引きちぎる、獅子のような亜人の姿だった。彼はスズたちを押しのけて逃走を図る。必死の形相で人混みの中をかき分ける。
「ちょ、逃げたぞ!?」
「まぁ無駄よね」そのルカの言葉の通りだった。繋がれた奴隷たちの奥から
結局、獅子の亜人は50mくらい逃げたところで騎士に捕まり、地面に押さえつけられた。人々は波が引くように2人から距離をとる。心臓が止まったかのように、中心街は静寂に包まれる。
騎士はゆっくりと剣を振り上げる。
「っクソ!待っ!」
亜人は暴れながら命を乞う。
一閃。
騎士は何も言わずに剣を振るう。
獅子の顔を刃が深く抉る。
青い空とのコントラストによってか、噴水の様に溢れた血が鮮やかだ。
剣に付着した血を振り落とすと、騎士は静かに鞘に納める。
そして、くるりと身を半分回転させ、奴隷たちの元に戻ってくる。
「あ、あれ……」スズは眼の前で行われた公開処刑に言葉を失っていた。
「関わらんほうが良い。面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ」
「え……?でも」
「スズ。今は大事な時なんだ」そうマルコはスズの肩を叩き、スズを除いて皆は移動を再開した。
スズはグラスゴゥの態度に少し違和感を覚えた。解放軍はこういうことに怒りを覚え、真っ向から立ち向かう集団だと思っていたからだ。硬直するスズの手を、ハンナが「行くよ」と取る。
「ハンナ、皆はアレを見て、平気なの?」
「別に。どこでもあるよ」ハンナは処刑があった方を顎で指す。殺された男には、既に人が集っている。彼らは死体から何かを剥ぎ取っているように見える。
「アレね。スラムの子供達。布は売れるし、何か持ってたらそれも売れる。死体だって裏ルートで売れる。それが『希少』な亜人なら、ビックリするくらい高値でね」
「非道いと思う?殺された亜人、殺した騎士、死体漁りの子供。どこにだっているよ」
「……思う」
「そっか。だよね」
彼女はそう言って笑った。乾いた笑いだった。
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