第4話 『役に立つ』
「いやぁ、それにしても……」
マタイが馬を繰りながら呟く。
「便利だなぁ、あの魔法」
──ナティアを出発して幾日、一行は東国アイシャを脱し、北国ノヴの都へと街道を直進していた。
国境の山を越え、現在は森を走っている。
その目的は、マルコの生家を訪れるためである。
スズは、そこで一つ決断する必要がある。王を殺す旅に同行するか、別の道を進むか。
日本で生きていた時の彼なら、間違いなく
「だから言ったでしょ?
ルカが得意げな顔をする。「だって死なないんだから」
「はは……どうも」
僕はなんだか褒められているみたいで、照れ臭くなった。
「僕はまだ認めてないよ」
マルコが馬車の後ろに座っているルカを睨む。
「ふぅん?ナティアで
「……」
「それに、この前だって……」
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数日前のことである。
その日、一行は峠を越える予定だった。
しかし、山の中腹に差し掛かったところで十数の馬車が立ち往生していた。
マタイは馬から降りると、近くにいた恰幅の良い男に尋ねた。
「こんなところでどうした?」
「ん?ああ、この先、もう少し行ったところで、落石があったらしくてなぁ。大岩が道を塞いでしまって通れんと」
人間だけならば岩の上をよじ登って進めなくもない。
しかしここで立ち往生している人々は全員、馬車で移動している。
そのため、迂回するかアイシャの軍に助けを要請して岩をどかしてもらうしかないようだ。
「おいおい、迂回路は山のふもとだぞ……」
「間の悪いことに、丁度数刻前のできごとだそうだ……。全く、商売は時間が命だってのに……」
落石の話を聞いたマタイは、幌車に乗っているスズたちにそのことを伝える。
「この先で落石事故だとよ。戻って遠回りするしかねぇ」
「!!」マタイの言葉を聞いて、ルカは何かを思いついたようだ。「スズ!出番よ!」
「へぇ!?」僕は急に自分の名前を呼ばれたことに驚いて、調子の外れた声を出してしまう。
「こんなのまさに私の出番じゃない!」
「ちょっとルカ!!」マルコが察して、ルカに詰め寄る。
「別に、今回は人殺しするわけじゃないし、いいでしょ?慈善活動よ」
ルカの考えとは、十中八九、魔法で岩を破壊するということだ。
マタイもハンナも何となく想像ついたようだ。
2人はルカの案には特に反対はしなかった。
恐らく、マタイはここから麓に戻るのが面倒だからだろう。
ハンナは……よく分からない。
「ちょっと皆!」
しかし、マルコだけは、この状況でも僕を爆弾として扱うことに反対している。
それは、先の戦闘が僕の心に影を落としていることを、彼が気にかけてくれているからなのか。
本当のところは分からないが、なんにしろマルコは優しい人だな、と思った。
「アンタらさっきから何しとるんじゃ」
先ほどの太った商人が、髭を揺らして僕らに話しかけてきた。
「他の商隊とも話して来てな、ここにおってもしょうがないし、戻ることになった。こんな辺境だ。軍も来るのに時間がかかると…」
「おじさん!私が岩、どかしてあげる!」ルカが話を遮って御者台に立ち、笑みを浮かべた。
商人はルカの姿を見ると、「おお!魔法使いがおったのか!こりゃ頼もしい!」と嬉しそうな顔になった。
ルカの恰好はやはりこの世界でも典型的な魔法使いなのだろう。
塞がれている現場まで馬車が進むと、マンションの屋上にある貯水槽くらいの大きさの岩が十数、道を塞いでいた。
馬車の中でルカは僕に木箱の中に入るようにと言った。
どうしてと訊ねると「アンタが人前で爆発したら!私は人殺し!アンタは化け物でしょうが!」と怒られた。
「あながち間違っちゃいないけどねぇ~」とハンナが新聞を読みながら言った。
木箱に僕を隠した後、マタイがそれを岩と岩との隙間に置く。
「もう少し離れて、危ないわよ」ルカが商人や旅人に注意を促す。「アレ、発破するから。破片とか飛んでくるかも」
そうして、ルカを除いた他の人々が岩から十分離れたところに避難すると、ルカは呪文を唱えた。
爆音が山にこだまし、岩がガラガラと砕けていく。
それでも、地面にクレーターができないように、今回も少し威力を弱めにして放ったようだ。
「こりゃあたまげた…」「おお、すげぇ」「やはり魔法を使える奴を雇ったほうがいいな…」
その場にいた商人たちが感嘆の声を上げる。
「どんなもんよ!」ルカが得意げに振り返ると、商人たちは大いに湧き上がる。マタイとハンナも、自分の馬車の前でどこか自慢気だ。
「…」
しかし、マルコだけはどこか冷めた眼で、粉塵の立ち込める岩陰から隠れるように馬車へ向かってくるスズを、じっと見ていた。
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時は現在に戻る。
「やっぱり、役に立つでしょ?役立つでしょ?」とルカは気分よさげにはしゃぐ。
「おう、使いどころさえ合えば、便利なことは十分わかった」
「ねぇ~。できれば一家に一人ほしいくらいだね」とハンナが御者台にもたれている。
「いや、そんなでもねぇだろ」
マタイがツッコんで、馬車が笑いに包まれる。僕も、あれくらいだったら何回してもいいやと思って、はは、と笑った。
「ちょっと待ってよ!」マルコがいきなり大声を上げると、馬車の中は一気に静かになった。
「ん?どうした?マルコ」
マタイが反応する。
「スズ。君は結局、どうしたいと思ってるんだ?」
「へ?」
まさか自分の名前を呼ばれるなんて思ってなかったので、変な声が出た。
「確かに、僕たちは君の存在に助けられてきた。でも、はっきり言ってそれは、君自身じゃなくて、その体にだ」
マルコは静かに語りだす。
「だって、そうだろ?君が機転を利かせたとか、そういうことがあったわけじゃない」
スズは冷や汗をかいた。街での戦闘も、先日の大岩の件も、解決に導いたのはルカの魔法だった。
言ってしまえば、
「…僕は…」
「スズ…今、君は、
馬車がゴトゴトと音を立てる。
「まぁ、言われてみればそんな感じね」
ルカが唇に人差し指を当てながら、なるほどといった風に頷く。
「でもそれは違う」マルコがルカを睨んで、きっぱりと否定する。「スズは人間だ。道具じゃない。君が彼を道具のように扱うのは不愉快だ」
マルコは正面にいるスズの目の前に指を突きたてる。
「だけど、スズ!君が何も言わず、言われるがままヘラヘラしているのは、それ以上に腹立たしい!」
叱るような眼で、声を張り上げる。
「初めっからそうだ!君はルカに対して肯定も否定もせず…時間が解決してくれるのを待っているのか?残念だがそんなことはさせない!君がただの木偶じゃないことを僕は知っている!騎士に向かって、僕を守ろうとしてくれたじゃないか!意思を持っているじゃあないか!」
鳥が木から飛び立つ。
「明日には僕の、ルーフス家の屋敷に着く。そこで、本当に君は決めなくちゃいけない。今までのようになぁなぁとした態度を続けるようなら…
馬車がゴトゴトと音を立てる。
「
そう言うとマルコは御者台に出て、半ば強引にマタイと御者を交代した。
「はは、久しぶりにぶちまけたねぇ~」荷台へと降りるマタイの手を引きながら、ハンナが笑う。
「俺ん時以来か?」マタイもにやりとする。「やぁ~っぱり真面目だこと」
「うるさいな!」マルコが手綱を持ちながら、頬を赤らめて怒鳴った。
ルカは素知らぬ顔で本をめくっていた。
僕はと言えば、マルコに言われたことが頭に反響し続けていた。
僕はまだこの世界に来て、何一つ決めちゃいない。
ルカについていったのも、旅に出たのも、
ただ、流れというか、風向きというか、そういったものに流されて、今、馬車に揺られている。
自分の行先すら、自分の方向すら、ほとんど何も知らずに。
そうだ、死ぬ前と何にも変わっちゃいないじゃあないか。神様が言ったとおりだ。
そういう風に生きてきたんだ。
それで、僕は…どうなったんだっけ?
…そういや、頭はいっぱいだけど、心は痛くないや。
「!?なんかいるぞ!?」マルコが前方で声を大にした。
ハンナはマルコの肩の後ろから顔を出すと、目を大きく開いた。「ヒト!行き倒れかな!?」
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