第2話 今も見つからないままで

 空が完全に藍に染まって、月が夜空に浮かんできた頃、スズの眼前には巨大な城壁がそびえていた。


「着いた。帝国最東端の都市、ナティアよ」


 前を歩いていたルカが振り返ると、銀色の髪が月明りで照らされ、美しく輝く。


 あぁ、これで性格がよかったらなぁとスズは心の中でため息をつく。


「さっき言った通り、ここじゃアナタは奴隷ってことになるから。いい?」


 これは、草原を歩いている最中にルカが考えたスズのプロフィールだ。


 街の中では自由人として行動するよりも、個人の所有物である奴隷として行動した方が色々楽だそうだ。主にルカが。


「ほら、検問よ」スズたちが大きな城門に近づくと、鎧を着た兵士らしき男に話しかけられる。


 スズは思わずルカの後ろに身を隠す。


 我ながら格好悪い。


「んっん。え~、通行証か市民証は?」喉を鳴らしながら、その兵士は高圧的に訊ねてきた。


 ルカは鞄からコインらしきものを1枚取り出して、兵士に見せる。「はい、私の」


「んっん~。そっちの男は?」兵士は眉間にしわを寄せ、いぶかしげにルカに尋ねる。


 しかし、その視線はしっかりとスズを捉えている。


「奴隷」ルカはそっけなく答える。


 門番はもう一度ルカの出したコインを確認すると、一転してにこやかな顔になった。「ん~、いいでしょう。通ってもよし!」


「ん、ありがとう」


 ルカはコインをしまうと、スズを連れて門へと歩き出す。


「っと、お嬢さん」兵士がルカを呼び止める。


「何?」


「奴隷なら、もっと力のありそうな男の方がいいですよ。私のような!ね!」


 マッスルポーズをとって、兵士がそう助言すると、ルカは、ふっと鼻を鳴らした。


「いやよ。反抗されたらたまらないから」


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 城門を抜けると、そこからは一直線に大通りが広がっており、街灯がうすぼんやりと街を照らしていた。

 

 それでも、街は全体的に暗く、灯よりも、むしろ夜空の明かりの方が強く感じられる。


 日が沈んでいるためか、通りに人は殆どいなかった。


 スズは、都市と聞いて栄えていると思ったのに少し拍子抜けした。これじゃ、アパートの近くの住宅街より閑散としてるぞ。


 スズはキョロキョロと辺りを見回しながら、ルカの後ろを着いていく。


 2人は人通りのない路地へと入っていった。


 大通りを外れると、そこは月明りすらほとんど届かない暗闇となった。


「んで、ここが今の拠点」


 急にルカが立ち止まったので、スズは思わずぶつかってしまった。


「あ、ごめん」

 

 スズは鼻をさすりながら謝るが、ルカはそんなこと気にも留めずにドアを叩く。


「あーやっぱりルカ、もう終わったの?」


 ドアが開かれると、そこに現れたのは、獣の耳を頭に付けた女性だった。


 、本当にいたのか!スズは赤い鼻を大きくした。


 獣耳の女性は、すんと鼻を動かすと、暗闇の中からスズを見つけて指をさした。


「ルカ、それ誰?」


「ふっふ…」


 ルカはニヤニヤしながら、ぼんやりと突っ立っているスズの腰を押して部屋の中に押し込む。


「みんな、紹介するわ。新顔のスズ」


 

 部屋には2人の男が卓について食事をとっていた。

 

 彼らはルカの声を聞き、スズを見ると、瞬間的に挙動を止めた。


 そして、2人は互いに目を合わせた後、その視線をルカに向けた。



「「はぁ!?」」



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「そりゃまた!不思議なことがあったもんだ!」


 今日起こったことを説明すると言ってルカはスズを卓に座らせると、自分は立ったまま、事の顛末を話した。


「死んだと思ったら、あの世じゃなくて、この世に来ちまった!」


 向かい側に座っていた鎧姿の男は何かを飲みながら笑っている。


「神に感謝だな!はっは!」


「笑い話じゃないよマタイ」スズの右に座っている男が、鎧男を諫める。


 彼は中性的な顔立ちで、温和そうで、どこか気品のある佇まいをしている。


 日本にいたら絶対モテるだろうな、とスズは恨めしそうにその優男を横目で見る。


「話を聞く限り、この男は非常に重要な存在だ。僕たち、というよりこの世界にとって」


「まぁ、ルカにとっちゃ爆弾代わりね」先ほど、ドアを開けた獣娘がスズの前に木でできたコップを置いて言った。「はい、これ」


「それだよ!ルカ!人間を爆弾にって何考えてんのさ!」優男は半分立ち上がって、ルカにむかって声を荒らげる。


 よかった、この世界の人が全員あんな畜生じゃなかったんだ。


 僕は少しほっとして、先ほど獣娘が持ってきてくれたコップに口をつけた。

 

 あ、これお酒っぽい。美味しくない…。


 優男に対しルカはあっけらかんとした顔で「適材適所よ。だって爆発に巻き込まれても死なないんだよ?」とのたまう。


「そういう話じゃないよ!」


 優男はルカを睨んで、椅子にドカッと座る。

 


「すまんな、コイツは人のココロが分からない女なんだ」


 鎧男はルカを指さしてスズに謝った。


「分からないわけじゃないよ。気にしてないだけ」


 ルカがツンとした態度で口を挟む。


「…こういう奴だ。お前も気にすんな」


「あ、はい…」



 別に、したくて結んだわけじゃないけど、ここでそれを反故にするのは申し訳ない。


 彼女もきっと心がない訳じゃなく、僕の言葉を受け取っただけだ。


 僕に覚悟がないとか、考えが甘いとか、そういったことは彼女にとっては


 僕がOKと言っただけだ。でも、確かにそれが全てだ。


 申し訳ない。彼女と、そして得体のしれない僕を気に掛けてくれる彼らに。


 

 僕が黙りこくってしまったので「そうだ、まだこっちの紹介をしていなかったね」と話題をそらした。


「僕はマルコ、北の寒いところからルカたちと旅をしてる。よろしく」


 マルコがよろしくと言ったところで僕は気を取り戻し、慌てて握手に応じた。

 

「よ、よろしく」


「あ、そうだ。人前ではって呼んで。色々と事情があるんだ」


「おいマルコ!お坊ちゃんだって言い忘れてるぜ!」自己紹介を終えたマルコをマタイが煽る。「教えてやれよ!自分は名家出身だって!」


 マルコは「やめてくれよ…」とばつが悪そうに答えた。


「はっは、悪い悪い!俺はマタイ。元々ここの国の騎士団に入ってた」


 マタイは顎髭を蓄え、ごつごつとした体つきの大男だ。


 少し和風っぽい鎧を纏っているが、髪は金色、顔つきも日本人とは異なっているため、スズはどことなく違和感を覚えた。


「ま、色々あって抜けちまってな。こいつらの旅に同行してるってわけだ」とマタイは顎を触る。


 マタイが自己紹介を終えると、それまで床で胡坐をかいていた獣娘が立ち上がった。


「はい!あたし、ハンナ。南の方でルカと会ったんだぁ~よろしく~」


 彼女は右手を挙げながら喋るので、まるで小学生の自己紹介みたいだ。


 ハンナは獣のような耳が生えているものの、外見からはそれ以外全く人間と見分けがつかない。


 南の出身と関係あるのだろうか、顔や手足は小麦色に焼けている。体にはスズと同じような白い布を巻いている。


「そーいや、スズはなんでぇルカの爆弾になったの?変態?」


「え、いや、それは…彼女に言われて…」


 スズが言い始めたところで、ルカが言葉を遮る。


「別に無理やりだったわけじゃないでしょ?あのまま草原を彷徨っていたらいつか野垂れ死ぬだろうし、私についてきたら、とりあえず生きられるって言っただけよ」


「死なないんじゃないの?」とハンナはスズの体をつつく。


「いや、お腹は減るし、餓死はするかもしれないと思って…」


「まぁ、その心配は間違っちゃいないわな」マタイが酒を飲みながらスズに話しかける。


「でも、ここじゃ約束はよぉく考えてから結んだ方がいいぜ、こんなクソみたいな条件はそうそうねぇけどな」


 マルコは続ける。


「んじゃ、どうする?このまま俺たちと一緒に旅するか?それとも、こっちでそれなりに生活ができるようになるまで、マルコんとこの屋敷で面倒見てもらってもいいぞ!」


「ちょっと、何決めてるの」マルコはいきなり自分に話が飛んできて、慌てて拒否する。


「そうよ、せっかくいい作戦思いついたのに」ルカも、自分の約束がなかったことにされて頬を膨らませた。


 「いいだろ?計画が元に戻るだけだ。それに、爆弾じゃなくたってだ。色々役立つだろ?あとかわいくねぇぞ」


「うっさいバカ。でもコイツは、盗賊を殺った後でもって言ったわよ?」


「ルカ、そりゃ信じちゃダメ」マルコが呆れ声で言った。「の言うことなんて、従うしかないでしょ」


「えぇ…言ったじゃない」


「やっぱりお前、人のココロが分からないんじゃねぇか」マタイが半ば閉じた目でツッコんだ。




 結局、ルカ以外の3人がこのまま僕を爆弾にすることには反対し、「わかった!分かったよ!とりあえず約束は保留!」と言ってしぶしぶルカもそれに同意した。


「それじゃ、アナタどうする?街までは連れてきてあげたでしょ?」ルカはスズに迫る。


「どうするって言われても…」


 ルカから放たれる圧迫感で、スズは腰掛をつかんでのけぞる。


「金も何もないんでしょ?…それに、アナタ今私の奴隷としてこの街にいるのよ?所有者がいなくなったら、逃亡奴隷と見なされて投獄かもね」ルカはなお、顔をスズに近づける。


 ルカの瞳には、先刻見たような輝きはなく。ただただ淀んでいた。


「ルカ、脅しちゃダーメ」ハンナが顔をつかんでルカをスズから離す。


 マルコは手をパンと叩く。


「はぁ…じゃ、さっきマタイが言ったみたいに、僕の故郷でしばらく面倒見てもらった方がいいかもしれないね。丁度、ルカが帰ってきて、明日は北に出発する予定だし…」


「あ、はい。ありがとうございます」

 

 スズは頭をかきながら軽く会釈をする。


「おいおい、別に覚悟が出来た時にゃ、爆弾係でもいーんだぜ?」頭の後ろで手を組みながらマタイが提案する。


「マタイ!?」さっきの条件はどうなんだ、とマルコが怒る。


「ホントに?」ルカも目の輝きを取り戻す。

 

「決めんのはコイツスズだ。俺たちじゃねぇ」そう言ってスズの肩をポンと叩く。「ま、今日は疲れただろ?飯食ってさっさと寝ちまえよ」


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 スズは食事を済ませると、マルコに2階の一室に案内された。


 この家はマルコが旅の拠点として借りているらしい。流石、おぼっちゃま…であるらしい。


 今日はこの部屋で休んでくれと言って、彼はドアを閉めた。


 旅…彼らはそう濁しているけど、その目的はなのだ。


 今日、僕の前で彼らはその話をしなかった。ということは、僕はまだ信用されている訳じゃない。

 

 というよりも、トラブルメイカーに巻き込まれた哀れな一般人として扱われていたみたいだ。

 

 僕は、結局この世界で、どうすればいいんだろう。


 神の預言も、ルカとの約束も、


 自分で決めろって言われても、決められない。分からないんだ。

 

 日本じゃ、僕はどうしてたっけ?


 そういや、僕はなんでこの世界に来たんだっけ?


 そう、駅で、僕は…


 頭が痛い。やっぱり死ななくても痛みは感じるんだ。


 今日はずっと胸が痛かった。


 やがて、窓から入ってくる月明りさえ感じなくなり、僕は眠りについた。

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