ばくぼく!
日曜日夕
第1話 この世で一番の不条理
駅のトイレで爆発して僕は死んだ。
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彼の名前は
25歳、フリーター。
学生の頃、周りからお調子者と言われることもあったが、自分をそうだと思ったことは一度もない。
喋るのはそれほど得意ではないが、気の合う人となら付き合える。大学からの数人の友人とたまに会って飲むくらいのコミュニケーション能力を持っている。
生きる上での彼の
物事は深く考えないほうがいい。考えなくても生きていける様に社会は出来ている。
あれこれ考えるより、周りに流されながらゆらゆら生きていくほうがラクだと思っていたのだ。
彼はその日も昼頃に起きて、いつものように遅めの朝食を摂り、無造作に伸ばした黒髪を風にゆらして、駅へと向かった。
夏の陽が容赦なくコンクリートを照らす午後1時。彼はいつもより汗をかいていた。
疲れた顔で駅に到着。最近は東京の端の街にも外国人が多くなってきたなあなんて思いながら、改札をくぐる。
男子トイレに入った時、すれ違いざまにガタイのいい外人に肩をぶつけられる。
これが彼の現世最期の人とのふれあい。
轟音。
衝撃。
サイレンの音と悲鳴。
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僕は小さな光の塊となった。
都会の空のように白い空間をふわふわと揺蕩っている。
ああ、僕は死んだのか。なんとなくそう直感できた。
脳はないけど感じられる。
目は無いのに見ることはできる。
四肢は見えないのに浮遊感がある。
おそらくだけど、今僕はタマシイだけの状態なんだろう。
ということは、これから僕が向かうのは、天国か、地獄か、それとも、生きている人間の想像が及ばない場所だろうか。
あれ、なんで僕は死んだんだっけ?
思考、しようとして停止。
まるで何十回も書き取りした漢字を、脳が分かっているのに、手が覚えているのに、いざ本番のテストで回答欄に書く時、ペンが止まってしまうような。そんな些細な記憶へのアクセス遮断。
何故だ?
その時だった。突如として鋭い光が辺りを包む。
強い光が途切れた回路を繋ぐ。なにか……恐ろしい記憶への。
この光は最期に見た。目の前で炸裂した輝きだ。
そうだ、僕は、爆発に巻き込まれて死んだんだ。
その事実だけを思いだしたけど、一瞬感じた恐怖や焦りは不思議とすぐに霧散した。
どうしようもない状況に陥った時、人は逆に平静を取り戻すらしい。
心が落ち着くると、輝きもトーンダウンしてきた。
その先に人影をみる。
白いベールを纏った青年が僕の眼前に現れた。
驚くことに、その頭には目や鼻、口、耳が無い。毛髪も生えていない。
まるでデッサン人形だ。
しかし、それでも僕は視界ののっぺらぼうを青年だと直感していた。理由はわからない。理由なんて無いかもしれない。
「私は『神』と呼ばれている」老人のようにかすれた声が響く。口もないのに、何処から発しているのだろうか。「不義だ。貴方の身体は崩れ、生命は裂かれた」
この男は何を言っているのだろうか。自分が神だって?だったらさっきの光はなんだ?降臨の時に後光が差したって言うのか?
……ありえなくもない。
神は続けた。「本来であるならば、貴方は『あの世』逝きだ。しかし、今回は我が言を預ける為、貴方を訪れたのだ」
「言……?あ、預言?」言い回しが変なせいで少し理解が遅れたが、どうやら面前の神は僕に預言を託そうとしているらしい。と、同時にこの状態でも喋れることに気づいた。これがテレパシーというやつなのか。
「我を崇めるモノは多元の世界に存在する。しかし、捻じ曲がった道理を説き、崇められ、天命を偽るモノが数多く存在する……それは我が世界本来の秩序を乱す。貴方は、数多の中の一つの世界でよいから、そこに転生し、我が名の下にヒトを導くのだ」
なんともまぁ、具体性のないお言葉だ。しかし、なんとなく予想はつく。つまりは神である自分を偽る者がいると言っているのだ。かつてキリスト教が異教の神を悪魔と蔑んだのと同じだ。
さしずめ僕は、たった独りの十字軍。
でも、そんなこと知ったこっちゃない。なんで僕がやらなきゃいけないんだ。
「これは頼み事や願い事ではない。まして命令ですらない。
預言だ。
私が貴方に預言を与えているのだ。
物を取るとき、腕や指の意思を確認するか?
歩を進めるに脚の許可など取らないだろう?」
神は淡々と言葉を紡ぐ。感情は拾えない、無機質で重ったい音。
「享受するがいい」
身勝手だ。これだから神は身勝手だ。
いつの時代だって変わらず神は一方的なんだ。
「貴方と議論する気は無い。
しかし、普通の器では先の様に壊れるかもしれぬからな。次の世では、大抵の外圧では壊れぬ肉体を充てがおう。
それ以外の部分は、前のものとさほど変わらない。記憶は多少、抜け落ちるかもしれぬが……」
神がそう言うと同時に、辺りには光が溢れ……
爆発。
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風の音。
僕は草原にいた。
空はうっすらと暗く、遠く空に白く輝く太陽が頭を出している。
陽に照らされた草は緑紫に煌めいている。東京じゃ見られかった、美しい風景。
景色に見とれて身の回りが疎かになっていたが、麻のような布を巻いているのに気付いた。
汚れ一つない、純白の衣。そのほかには何も纏っていないし、持っていない。
東京じゃパーカーを着ていたはずなんだけどなぁ。
はぁ、とため息をつく。「どうすればいいんだ?」僕は昇りゆく日に向かってふらふらと歩き出した。
青空の下を歩きながら、スズは考えていた。
あの神の信者を導くなんて無理だ。
そもそも、神の存在すら知らなかったんだから。
脚だって折れてちゃ歩けない。
そんなことを考えていると、上空で爆音が轟いた。
「!?」反射的に上を向く。鳥のような死骸が目の前にボトボトと降ってきた。
「一体何なんだよ……気味が悪い」何だか不穏な気配を感じて、足早にその場を去った。
その後30分くらい歩いたが、まだ周りには町はおろか家の一軒も見当たらない。
それどころか360度地平線に凹凸がない。日本じゃ考えられない。
そういやなんだかおなかが空いたような。
ここに来てから何も食べてないからかな。あの鳥でも食べときゃ良かったかな。
そういや、神は爆発程度じゃ死なない、とか言ってたけど、餓死とか病死はするのかな。
二度もクソみたいな死に方をするのは嫌だ。
となると、やっぱり人のいるところに行かないと。
そう決心したとき、遠くの方に何かがいるのが見えた。
久しぶりの空と鳥と草以外の……
人だ!
僕はなんだか嬉しくなって、その人影に向かって走りだした。
その時、目の前にネズミが飛び出してきた。
「ひぃっ!」
素っ頓狂な悲鳴を上げた瞬間、僕は光に包まれる。
ネズミが爆発した。
本日3度目の爆発。
しかし、今回、僕は死んでもいなかったし、知らない世界に飛ばされたりもしなかった。
僕は生きていた。
多少煙っぽくて咳き込んだが、体はピンピンしていた。服も何故か純白に保たれていた。
爆発程度じゃ死なない…神が言ってたことは本当だったらしい。
「ひいい!」人影のあった方から、女の悲鳴が上がる。
「あぁ、大丈夫……生きてるから」僕は立ち昇る煙を振り払う。
そこで目にしたのは、いわゆる
見た感じ、20くらい。姿からして、たぶん、魔女…なのか?
魔女は人を殺してしまったと思ったのか、爆発現場に駆け寄ってきたようだ。
僕の姿を見た魔女は、目を丸くして、尻もちをついた。
そして数秒の沈黙の後、金切り声を上げた。「ひっ!?なんでっ!?そんな!!どうして…生きて…っ!?」
女は嗚咽しながら、僕に背を向ける。「化け物…逃げ…」
ここで逃げられたら面倒くさいことになるかも。そう思った僕は、咄嗟に魔女の肩をつかむ。
「落ち着いてください。君の言いたいことは分かります。でも、僕も聞きたいことがあります。話がしたいんです」
「アナタ…一体?」魔女は涙目でこちらを振り返る。
そして僕の目を見ると、何かを察したのか、急に沈静した。
「人間なの……?」
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僕はこれまでのことを簡単に話した。
といっても、話せるのは、「自分の名前」、「違う世界から来たこと」、「爆発じゃ死なない」ことぐらい。
預言の話はごまかした。きっと面倒くさいことになる。そんな気がする。
一方、魔女はルカと名乗った。叫び声しか聞いてなかったから気づかなかったが、ハスキーな声をしている。
スズの話を聞いて「説明が下手」、「かなり胡散臭い」とルカは言った。
「まぁ、経緯は別に信じなくてもいいです。でも、僕が死なないのは本当」
「逆。そこしか信じられない」ルカはスズに詰め寄る。
「なんで魔法を喰らってピンピンしてるの?尋常じゃない!それが神の力ってわけ?」と彼女は頭を抱える。
「え?今、魔法って言いました?」うすうす察してはいたが、ルカの言葉でついに確信を得た。
やっぱり、ここは魔法という力が存在している世界なのだ。…なんかわくわくするな。
「…なんかそういう反応されると、ほんとにアナタ、異界から来たみたいに思えるわ」
「そういやぁ」僕は周りを見回す。「なんでこんなところにいるんですか?」
「練習よ」そう言うと、ルカは懐から革袋を取り出して、水を飲む。
「さっきの魔法のね。『
そう言ってルカは革袋を差し出す。「飲む?」
ありがとうと伝えて水を飲んでいると、ルカは続きを話し始めた。
「これは、死んだ父が編み出した『役立たず』魔法」
「『役立たず』?」と首を傾げる。
「魔力って、基本は生き物の体から発するものなの。それで、『
「ええ…?じゃあ、なんか、魔力を物に込めたりすればいいんじゃ…?」
「ええ、だから
「なんか、な…」スズはそう呟くが、ルカはキョトンとした態度で話を続ける。
「でも、所詮モンスターだから、こっちの思い通りに動いてくれないの。思い通りにできるのは、爆発のタイミングくらい。それで今、モンスターを操る魔法との組み合わせをね…」
彼女は話を終えると肩を落とす。練習は上手くいってないみたいだ。
「あっ!!」急にルカが大声を上げる。「いいこと思いついた!」
そう言って、満面の笑みで僕の顔を見つめる。とても嫌な予感がする。が、恐る恐る訊ねる。
「何?」
「あなた、私の爆弾になってくれない!?」
ルカが僕の眼球を覗き込むように顔を近づけてきた。
その瞳は都会の夜景みたいに輝いていた。
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「ちょっとまって。爆弾…?僕が?」
そう断って、僕は彼女の顔を押しのける。「いや、まぁ、うすうす分かってるけど、説明して…」
スズが話し終えないうちに、ルカは声を弾ませて答えた。
「アナタって死なないんでしょ?だから、アナタの背中に魔法陣を描いて、
ルカは立ち上がってガッツポーズをした。
「無理やり協力しろなんて言わないわ。アナタ、異界から来たのよね?だったらこの世界の常識は知らないし、金も持ってない。このまま草原をさまよって、野垂れ死ぬだけ」
「でも、私と一緒に来れば、その心配をなくしてあげる。どう?」
困った。このままじゃ、僕は爆弾代わりだ。
どう?と言われても選択肢なんてないじゃないか。
断っても、その先どうする?彼女が街の場所を教えてくれる保証はない。
彼女についていけば、とりあえず
けど、彼女は『
彼女たちは僕を使って何をするつもりだ?
「……」
沈黙。考えたって仕方ない。
彼女の言う通り、このままじゃ野垂れ死ぬだけだ。
「分かった、君についてくよ」
「ホント!?ありがとう!」
「でも、その前に一ついい?」革袋をルカに投げ渡す。
「どうぞ」それをキャッチしてルカは言った。
「
瞬間、ルカは真顔になる。
「王を殺す」
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別に、彼女の爆弾になるのは構わない。それで僕が死ぬわけじゃないし。
預言なんてどうしたらいいか分からないものよりも、こっちの方がいいかもしれない。
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「…よし、陣が描けた!これで、私が唱えればドカーン!よ」
「…はは」
あの後、ルカが仲間に紹介するということで、スズたちは街に向かうことになった。
『転移魔法』を使えば短時間で帰ることができるらしいだが、それは一人用とのこと。
ルカが荷物をまとめ終え、出発しようとしたその時。
草陰から何かが飛んできて、僕の顔に当たった。
カランカランと音を立てて、足元に落ちた。
矢。
「くっそ。弾かれちまったか…」その声とともに、4人の男が僕たちを囲むように姿を現した。
「なかなかの手練れじゃねえか」「おめえの腕が悪ぃんだよ」「久々に腕が鳴るぜ」
各々がナイフやロングソード、弓を弄んでいる。どうやら盗賊のようだ。
「金を出しな!」「おめぇら女は殺すなよ?」「わかってるよ」「『武装』!」
盗賊たちは殺気を漏らしながら、距離を詰めてくる。
「逃げろ!」僕はルカの方を振り向いて叫ぶ。
が、そこにはもう彼女はいなかった。「ってぇ?早!」
「くそっ!女は魔法使いか!?」「追うな!」「男は殺れ!」
盗賊たちは獲物の片割れが消えたことに驚きつつも、狙いをスズに絞って攻撃した。
ガッ
しかし、スズの体に向けられた刃は全て弾かれる。
「おい!こいつのカラダ、鉄みたいに硬ぇぞ!」盗賊の一人が大声を上げ、一斉に距離をとる。
その直後だった。
僕の体が輝き、爆発。
血と肉の焼けた、嫌な臭いが鼻に突き刺さる。
周りに盗賊の死体が散乱していた。
人が死んだ。肉が千切れて、血が焦げて…ぐちゃぐちゃの塊になって、気持ち悪い。
気持ち悪い。気持ち悪い。
「おぇ」
吐いた。何も食べていなかったから、出てきたのは胃酸だけだった。
苦しい。人が死んだ。当たり前だ。
再び、嘔吐。
「どうしたの?」ルカが『転移魔法』を使ってスズの前に現れる。「盗賊は?」
「死んだよ」僕は顎で死体を指す。「惨い…気持ち悪い…」
「惨い?こいつらが私たちを襲ってきて、私たちはそれに反撃しただけ」
ルカはむっとした顔で詰め寄ってくる。
「何?アナタ、人が死ぬって分かってたでしょ?聞いたよね?
「あ、いや……違」反論しようとしたところで、焦げた死体がピクリと動くのが見えた。
また、気持ち悪くなって、吐いた。
「はぁ……」ルカはため息をつく。「これじゃ、使えないわ……」
嫌だ。違う。僕はやれる。
「…まって、やれる。人の死には慣れる。いつか、感じなくなれる。だから…」
吐き気を抑えて、えづきながら答える。
「ふぅん」ルカは目を細める。「まぁ…
そう言うと、ルカは鞄から緑色の液体の入ったビンを取り出して、僕に差し出した。
「薬よ。飲み干していいわ。少しは落ち着くでしょ」
ありがとう、と答えて、一気に飲む。苦いくてまずい。
「さ、行くよ」ルカが背中を叩く「また盗賊が現れたらたまらないわ」
「ごめん」そう言ってビンを手渡す。
スズたちは、改めて歩き始めた。
決して幸先の良い旅路とは言えないけれど…
きっと「ラク」じゃないと思うけれど…
でも、僕は歩かなくちゃ。この世界で生きるために。
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