溺れるものはオニにもすがる
駅前のマックに入った瞬間、回れ右して店を出ようとした。
「待てぃ」
襟を掴まれ、引っ張られる。首がしまる。慌てて服と首の間に手を突っ込む。
「はなせっ!死ぬ!」
「よし、死ね」
この鬼は、サキコの姉のユリカ。
「コーヒーとビッグマックセットをコーラで」
「お持ち帰りですか?」
「店内で」
支払いが終わると「受け取って持って来るように」と言って、ユリ姉は座席のある二階に行ってしまった。
いつもそうだ。
ユリ姉はいつも勝手で、基本命令形で、オレはそれがいつも嫌で仕方なかった。
逃げたら何を言われるか分からない。
最悪な気分のまま、ビッグマックセットとコーヒーの載ったトレイを持って二階に上がった。
窓際のソファ席を確保し、窓の外を眺めているユリ姉は様になっていた。
ユリ姉は美人だ。実はオレの初恋の相手はユリ姉だった。
ユリ姉、ユキ兄、オレ、サキコの四人でいつも一緒にいた。何でも出来るユキ兄は、ユリ姉によく褒められていた。
"さすがユキト"
オレも言われたかった。
一生懸命背伸びして、何とかユキ兄に勝てるように頑張った。五歳と言う年齢差だけじゃない、生まれ持った能力差と言う奴で、一度としてユキ兄に勝てた事はなかった。
ユキ兄がサキコを気にかけてるのは何となく分かってた。
恋愛感情がある事までは気付いてなかったけど、ユキ兄にとってサキコは特別だって事だけは知ってた。
だから、サキコがオレを好きになった時、オレは嬉しかったんだ。ユキ兄に少し近付いた気がした。
オレがサキコの気持ちに応える気がないのに、手放せなかったのは、きっと、そういう事だったんだと思う。
……つくづく、最低だな、オレ。
「せっかく奢ったんだから、食べなよ」
礼を言ってから、ビッグマックを手にした。
「エリカちゃんにフラれたんだって?」
レタスが変な所に入りそうになったのを、必死で飲み込む。咽喉が痛い。顔が熱いし、涙出てきた。
吹き出さなかっただけエライと思った。
「しかも相手ディスったんでしょ?まだ中3なのに、ダメ男まっしぐらだねぇ」
そう言うと、ポテトを一本口に運ぶユリ姉。
「オッサンに取られたくなかった」
「それを決めるのはタケルじゃないよ、エリカちゃんが決める」
そんなの知ってるよ。
でも、ハッキリ言えば、分かってもらえると思ってた。
まさかあんなに怒ると思わなかった。
「タケルは自分ばっかりだね」
自己中。
サキコの気持ちに応えないでいたオレに、オサムに言われた事がある。
"おまえ、エゲツねぇなぁ"
突然の事に止まっていたオレに、オサムはそれ以上何も言わなかった。
サキコに告られた事をラインで送ったら、"何それ、自慢?"と返って来た。
そうじゃない、びっくりして誰かに聞いてもらいたかった、とレスしたけど、既読は付いてもレスはなかった。
「サキコの事は、悪かったと思ってる」
「謝る相手違うし、そんなんでサキコの五年は戻らないからね」
「……分かってるよ」
ため息が出る。
ビッグマックを食べる気になれなくて、自然と手はテーブルに乗ったままになる。
「告られたのオレなのに、オレがフラれたみたいだ……」
ユリ姉はアハハ、と笑った。
「それは良かった。そうなるように仕組んだの、私だし」
その言葉に胸が痛くなる。
「タケルには悪いけど、私は妹が可愛いのよ。
可愛い可愛い我が妹の気持ちを知りながら、敢えて幼馴染ポジを維持して、自分の恋愛の足掛かりにしようとするんだからさ、そりゃあシスコンの私としては許さないよね」
分かってるけど、ここまで、ここまでやられなきゃいけないぐらいオレはそんなに悪いのか。
確かにオレはサキコの気持ちを利用した。でも、その結果がこんな、あっちからもこっちからも糾弾されるなんて。
サキコに言われるならまだしも、こんな……。
「何でこんなに言われなきゃならないんだ、って顔してるけど、だからこそ言ってるんだよね」
顔を上げてユリ姉を睨む。ユリ姉は笑顔のまま話し続ける。
「タケルさ、ユキトにコンプレックス持ってるでしょ?ユキトがサキコの事を好きなのも知ってて、サキコの気持ちが自分に向くように行動したんでしょ?
サキコはタケルを意識し出して、おめでとうございます、サキコは望み通りタケルの事を好きになりました。
途端にタケルはサキコに素っ気なくなった。そんなつもりじゃない、幼馴染だからだ、って。でも、サキコは優しくしてくれた、自分に好意を向けてくれてたタケルを覚えてる。末恐ろしい小学生だよね」
意識してやってた訳じゃない。でも、自分を守る為にオレがやった事はそう言う事だった。
「いい加減、誰かと自分を比較するの止めなよ」
ユキ兄と自分を比較して、椎崎の好きな人と自分を比較した。
「そんなんじゃ、手に入るものも手に入らなくなるよ」
手に入るもの──。
そんなの、あるんだろうか。
オレはずっとズルをしてきた。
勝てる訳ないって思って、でも何とか出し抜きたくって、相手の事を悪く言ったりした。その気もないのに思わせぶりな態度をした。
「等身大の自分を好きになってくれる人、とかそう言うのはナシね。みんな大なり小なり自分を好きになってもらいたくて頑張ってるんだからさ、タケルも頑張んなよ。
等身大の自分を育てなさい」
言うだけ言って、ユリ姉は席を立った。
すっかり冷めてしまったビッグマックは美味しくなかった。でも、最後まで食べた。
帰り道、ユリ姉に言われたことを考えてた。
なんとなくまっすぐに家に帰りたくなくて、本屋に寄った。
その本屋は参考書売り場を越えないとマンガ売り場に行けない構造になってる。そこに、椎崎がいた。
オレに気が付くと、目付きがキツくなって、直ぐに視線はそらされた。息が一瞬詰まったけど、自分のした結果だと、我慢した。
「頑張れよ」
後ろを通る時に、そう言うので精一杯だった。
オレだって、椎崎のことを好きだった。三年間片想いしていた。今だって好きだけど、自分で壊しちゃったんだから、どうしようもない。どうしようもないんだ。
オレが悪いんだから。
等身大の自分を磨く、か。
簡単に言ってくれるよなぁ、と思ったけど、このままのオレじゃダメなのは、さすがに分かってる。
ユリ姉は、多分、わざわざ言ってくれたんだと思う。それこそ、幼馴染のよしみで。
心を、強くしたいと思った。この先もオレは色んなモノに負ける。そのたびにズルい手を使いたくなる自分は、もう嫌だ。
強くなりたい。
「男子校?」
母親が頭のてっぺんから出したみたいな、変な声で聞き返してきた。
「なに、エリカちゃんにもフラれたから、男子校に逃げようってこと?」
「違うよ。剣道の強い高校に行きたいんだよ。たまたまそこが男子校なだけ」
ふーん?と、疑った目で見てくる。めんどくせぇ。
「まぁ、頑張りなさい」
「おぅ」
希望する男子校に入るには、もっと頑張らないといけない。
スタートが遅すぎるけど、やれるだけやってやろうと思った。
「タケル、少し変わったな」
休み時間も勉強するようになったオレに、オサムが言った。
「そうか?全然ダメなままだと思うけどな」
前の席に座ると、オサムはもう一度言った。
「変わって来てるよ」
その言葉に苦笑いしか出ない。
そんなことないって、自分が一番よく分かってるから。
「それなら、良いけどな。まぁ、頑張るよ」
まだまだ、ぜんっぜんダメなことに変わりはない。でも、変わりたいっていうオレの気持ちに、オサムは気付いてくれたのかも知れない。
「おまえが行こうとしてる男子校な、オレも志望する事にしたわ」
オサムの顔を見ると、にやりと笑われた。
「おまえ、オレより偏差値低くなかった?」
「オレ、まだ本気出してないだけだから」
ラノベか、とツッコミを入れると、オサムは笑った。
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