トシの差
私とサキコは中学で知り合った。
小柄でショートカットのよく似合うサキコは、明るくて取っつきやすくて、直ぐに仲良くなった。あまり人付き合いの得意ではない私は、サキコを通じて交友関係を広げていった。
毎日が楽しくなった。楽しくて楽しくて、早く明日になって欲しかった。
サキコの目は、いつも幼馴染だと言うタケルに向いていた。彼女がタケルのコトを好きなのは直ぐにクラスメートのみんなに知られた。サキコのいた小学校出身の子達はみんな知ってた。
でも、タケルはサキコを好きではなかった。嫌いとかじゃなくって、幼馴染にしか見えない、と言う奴なのだと思う。
サキコの視線を追うといつもタケルがいて、私とタケルの目が合うコトが増えた。私からすれば、あぁ、サキコがまたタケルを見てるんだな、ぐらいのものだった。
この時、タケルはあまりサキコに話しかけたりはしなかった。サキコが話しかける事はよくあったけど。
タケルの視線が私に向けられる回数が増えてきた。多分、きっと、タケルは私が好きだと思う。タケルばかりを見てるサキコがそのコトに気が付かない筈は無くって。
"タケル、エリカのコト、よく見てるね"
……困る。本当に困る。
私はタケルのコトなんて何とも思ってない。サキコのおまけ程度にしか思ってないのに。
サキコとの友達関係の方が私には大事。好きでも無い男子の為にサキコに嫌われるのは嫌だ。
やっと、私は自分の居場所が出来たのに、サキコが好きなのに、どうして好きでも無い奴に好かれて壊されないといけないの?
何で私を好きになるの?私じゃない他の人でいいじゃない。
"タケル、エリカのコト、好きなんじゃない?"
サキコが泣きそうな顔で言った言葉が、忘れられない。
違うよ、サキコ。たとえそうでも、私はタケルは好きじゃないの。好きじゃないんだよ。
サキコが風邪で休みだった日、私とタケルは偶然日直で。
二人で歩く廊下は気まずかった。
何も言わないで、ってずっと祈ってた。
「……あのさ」
ぎくっとした。
止めて止めて。変なコト言わないで…!
私の願いも虚しく、タケルは話し続ける。
「椎崎ってさ、好きな奴いるの?」
「……いるよ」
本当は、いない。
そんなのいない。
「……そっか」
タケルはそれ以上何も言わなかった。ホッとした。
でも、問題はそれで解決しなかった。
次の日から、タケルはやたらとサキコに構い始めた。
当然サキコは喜んだ。嬉しそうだった。
私としては居心地が悪かったけど、告白された訳でもないのに拒絶出来ないし、そんなコト、サキコに言えない。
サキコが気付くのは早かった。
タケルが私と話す為に、幼馴染で、自分を好きでいるサキコを利用してるのに気付くのは。
"エリカは、タケルのコトどう思ってるの?"
"どうも思ってない。ただのクラスメート。強いて言うなら、サキコの幼馴染で、サキコの好きな人"
"本当?あの、私に気を使ってるんだったら、止めて。実は好きあってましたとか、絶対嫌だし"
"ないよ。だって、私、他に好きな人いるから"
"そうなの?"
サキコにまで嘘を吐いた。
気分が悪い。でも、私はタケルを好きじゃない。サキコの気持ちを応援したい。だから、この嘘は仕方ない嘘だ。
友達を傷付けない為の嘘なんだから。
それなのに、双方向にならない矢印は2年以上続いて。
タケルにいい加減にして欲しいと言いたかった。でも告白されてる訳じゃないのに、言える訳ない。
それに、タケルに話しかけられたサキコが嬉しそうにするから、だから、ぐっと気持ちを飲み込む。
早くタケルがサキコを好きになって欲しいって、そればっかり思ってた。
◇
クラスメート内にカップルが出来たり、他校の生徒と付き合い出すコが出てくる度に、タケルの態度は話題に上がった。
かなり早い段階で私は他に好きな人がいるから、タケルの気持ちは知ってるけど、告白された訳でもないし困ってる、ってコトは周囲の女子に話してた。
勿論、サキコのいない場所で。
サキコはみんなに愛されてたから、これでもし私がタケルと、なんてなったら間違いなくボッチ確定だった。
本当に、止めて欲しい。
タケルのコトは何とも思ってなかったけど、今は嫌いに傾いてる。
周囲の女子もそう。タケルにはそっけない。
誰から見ても、タケルはズルい。
サキコの気持ちを知ってて、その気持ちに応える気なんてないのに、サキコに甘えてる。
高校でサキコとタケルが別になれば良い、って思ってた。
私はサキコと同じ高校に行きたい。
誰もがサキコの片想いにジリジリしてたと思う。
タケルが曖昧な態度でサキコの気持ちを利用し続ければ、これからもずっと続くんだろうって思った。
でも、思いがけず、サキコが終わらせた。
金曜日の朝。いつも一緒に登校してたのに、サキコは一人だった。
みんなそんなに気にしてなかった。タケルが風邪でもひいたんだろうと思った。それなら今日は平和で良いぐらいにしか思ってなかった。
「私、昨日タケルに告白したの」
突然言われて、心の準備が出来てなかった私は、そうなんだ、と答えた。
今の答え、良くなかったかもと思った私は、何とかフォローしようとして墓穴を掘る。
「初恋は叶わないって言いますしね」
私の言葉にサキコの顔が歪む。
何言ってんだ私!
慌てて否定しようとして、泣きそうになった。
泣きたいのはサキコなのに、なんで、こんな…もう、最悪だ……!
「ごめん、サキコ、違う。ごめん、ホントごめんっ!」
泣きそうになってる私に、サキコは困ったように笑った。
「良いよ。エリカも、今までごめんね。私の所為で」
「違うよ!」
なんでサキコが謝るの。謝るのはサキコじゃないよ。
タケルが悪いのに……!
HRギリギリに教室に駆け込んで来たタケルは、怒った顔でこっちにやって来た。
「サキコ!何で起こしに来てくんなかったんだよ!遅刻する所だっただろ!」
はぁっ?!何言ってんのコイツ!?
瞬間的に怒りがわいてきた。
周囲の女子からも怒りのオーラが出てる。
「何で私が怒られなくちゃいけないの?」
サキコは冷静に返した。
「え?」
タケルはぽかんとした顔でサキコを見てる。そんな反応があるなんて思ってもみなかったんだと思う。
タケルに怒られると、サキコはいつも謝ってた。サキコが悪いコトじゃなくっても。
なのに、反応が、いつもと違う。
「どうして私が起こすのが当たり前なの?」
サキコの言葉にタケルがしどろもどろになる。
「いや、だって、今まで……」
昨日の夕方、サキコはタケルに告白してフラれたって言った。だから、今朝は起こしに行かなかったんだと思う。
多分、もう二度と起こしに行かないと思う。私だったら絶対行かない。
「幼馴染として起こしてたんじゃなかったって事は、昨日分かったでしょ?下心があったの。でも昨日フラれたからね、もう二度と行かない」
私の考え通りの答えがサキコから返されて、タケルはショックを受けた顔になる。
「えっ」
傷付いてるタケルの顔を見ていたらイライラしてきた。
自分がフッといて、それ以降も優しくしてもらおうなんて、サキコのコトをバカにしてるの…?
「私をアテにするのも、ダシにするのも、昨日で終わりだから」
一番怒って良い筈のサキコが一番冷静で、周囲にいる私たちが怒ってて、タケルはフラれた側みたいに青い顔をしていた。
◇
彼氏が出来てから、サキコはどんどん可愛くなってく。
5歳上の幼馴染で、ずっと前からサキコのコトが好きだったんだって。
サキコがタケルにフラれたのを知った彼氏さんが、サキコに告白して、二人は恋人になった。
嬉しかった。本当に。
出会った頃のような明るさを取り戻してきたサキコに、私たちは喜んだ。
女子から総スカン食らうかと思ったタケルは、サキコに幼馴染としても相手されなくなり、しかもサキコに彼氏が出来てラブラブで、どっちが告白したんだっけ?と言いたくなるような逆転現象に溜飲を下げた。
私もスッキリした!
タケルとはたまに話をするけど、前みたいな気を使って対応しなくて済むようになったから、気楽だ。
適当に対応してる。
タケル好みのショートカットを止めて、女らしくなっていくサキコ。
頭の良い彼氏さんに勉強を教えてもらってるらしく、サキコの成績は上がっていった。
彼氏さんお薦めの女子大を目指すんだって。これから高校なのに、もう大学のコトを考えてるサキコに気持ちが焦る。
私も勉強しなくちゃ。
休みの日、図書館に勉強しに行った。
サキコと同じ高校に通いたい。たとえ通えなくても勉強するのは悪くないし、最近成績が上がってきて、勉強が楽しくなってきたのもある。
「エリカちゃん?」
名前を呼ばれて振り返ると、見覚えのないオジサンが私に笑いかけてた。
あれ?でも、何処かで見た事があるような…?
「覚えてないか、近所に住んでたワタルだよ」
ワタル……?
「ワタル君?!」
思わず出してしまった大声に、周囲から睨まれた。
「す……スミマセン……」
ワタル君とその場を離れる。
「ごめん、勉強してたのに」
「ううん、大丈夫。それより久しぶりだね。すっかりオジサンだね」
オジサンと言われて、ワタル君が衝撃を受けた顔をする。
私が六歳の時にワタル君は二十歳で。だから今は二十九歳の筈。
「酷いな、まだ二十代なのに……」
「アラサーだよね」
「やめて、まだ二十代でいさせて」
他の人にはこんなキツめの揶揄いはしない。ワタル君にだからする。ついキツくなっちゃう私の言葉を、ワタル君は許してくれる。
「ワタル君も本を借りに来たの?」
「いや、ここが僕の職場なんだよ」
図書館の司書をやってるんだよ、と言ってワタル君はふにゃりと笑った。この笑い方、変わらない。
「そうなんだ。いつこっちに帰って来たの?」
ワタル君は大学卒業と同時に実家を出た。
「今年の四月にここに着任したんだよ」
「へー」
ワタル君の休憩時間が終わり、私は勉強する気になれなかったから家に帰った。
「お母さん、図書館に行ったらワタル君がいたよ」
冷蔵庫から麦茶のペットボトルを出して、コップに注ぐ。
「そうそう、この前戻って来たのよ。もうすぐで結婚って所で破談になっちゃったみたいで」
結婚?!
破談?!
自分には馴染みの無い言葉にギョッとする。
「何でも相手の人がワタル君を捨てて、玉の輿にのったとかなんとか」
「何それ、酷い!」
「図書館の司書は薄給だって言うから、目移りしちゃったのかしらねぇ」
「そんなの!気持ちがあれば何とかなるよ!」
私の言葉にお母さんは苦笑いした。
「愛があれば乗り越えられるものもあるけどねぇ。
結婚して、子供が生まれたらって思ったら不安になるものなのよ」
そんなの……!
そんなのワタル君の事がホントに好きじゃないからだよ!
勢いよく麦茶を飲み干して部屋に帰る。
お母さんがワタル君を捨てた女の人を擁護する発言にイライラする。
翌日、怒りのままその話をサキコにした。サキコなら分かってもらえると思ったのに、意外にもサキコはお母さんと同じ反応を見せた。
「前の私なら、エリカと同じ反応をしたと思う。
でも今はごめん。そうは思えないかな」
裏切られたような気持ちがして、思わず食い下がってしまった。サキコは困ったような顔をして、子供に聞かせるように優しい口調で話し始めた。
「私、ユキに薦められた大学に通いたくて色々調べたんだけど、大学とかさ、凄いお金かかるんだって分かったの。漠然とは知ってたよ?でもさ、思ってる以上なの。
お父さんもお母さんも頑張りなさいって言ってくれてるけど、少し前にお姉ちゃんが大学に進学したのもあるし、お金かかってる筈なんだよね」
大学……。
私も、お金がかかるって知ってたけど、具体的な数字とか考えた事なかった。
「だから、出来れば奨学金をもらいたいと思って、その為にはもっと成績上げなくちゃいけないんだけどね。
その、ワタルさんの恋人のした事を良いとは思ってないよ?思ってないけど、子供を大学まで通わせられるかな、とか、不安になるよね」
「それは、サキコみたいに奨学金を……」
「私は自分でそうしたいって思ってるけど、みんながみんなそう思えるかは分からないよ」
返す言葉がなかった。
「そんな……じゃあ、ワタル君、生涯独身になっちゃう……」
「ワタルさんが転職して稼げる職に就くか、エリカが稼いであげるかすれば良いんじゃない?」
「そっか!」
「その為にはエリカも私と一緒に勉強頑張ろうね」
「うん」
帰宅してから、何故私がワタル君の為に稼げる人間にならなければならないのかと気付いて、サキコにクレームのラインを送ったら、ノリが良いから冗談だって気が付いてると思った、ごめん、と言う何とも言えないレスが来て、なんか凹んだ。
次に会った時、何気なくワタル君に転職しないの?と聞いてみたら、本が好きだから、と、またふにゃふにゃした笑顔で言われた。
将来の相手は、絶対ワタル君みたいじゃない人が良い!ついでに言うならタケルみたいなのもお断りだ!
良い相手を見つけるにはどうすれば良いんだろう、とお母さんに聞いたら、良い大学に入って、将来有望そうな人を見つけるコトじゃない?と言われた。
やっぱり学力は必要なんだと確信した私は、足繁く図書館に通って勉強した。
◇
帰り道、ワタル君と偶然会って、歩いていたのをタケルが目にしたみたいで、わざわざ呼び出されて聞かれた。
「この前一緒に歩いてたオッサンが、椎崎の好きな人なのか?」
好きな人、と言われた瞬間、どきりとした。
違う、と否定しようとしたのに、タケルが怒ったような顔で言った。
「オッサンじゃん、しかも図書館で働いてる。なぁ、椎崎、あんなオッサン止めてオレと付き合ってくれ!」
ムカついて頭の血管が切れるかと思った。
「ワタル君はオジサンじゃない!それに、好きなコトを仕事にしてるの!図書館司書をバカにしないでよ!」
「でも、将来がないだろ!」
「いいの!私が稼げるようになるんだから!」
大きなお世話よ!と言ってその場を離れてから、タケルの言ってたコトを、自分もこの前まで言ってたのを思い出した。
帰り道、会いたくなかったのにワタル君に会った。
「どうしたの?エリカちゃん」
ふにゃりとした笑顔を見せるワタル君にムカついてきた。
ムカつくのに、別の感情も湧いてきた。
「……どうもしない。相変わらずワタルくんはふにゃふにゃしてるなって思っただけ」
「えぇ、エリカちゃんてば、今日も辛口だね」
「……ワタル君にだけだよ」
そう言うと、ワタル君はふにゃっとした笑顔のまま答えた。
「うん、知ってる」
胸がぎゅっと締め付けられた。
……私、ワタル君のコトが好きなんだ。
「ワタル君、待っててね」
「うん?何を?」
私が大人になるのとか、私が良い大学に入って、卒業して稼げるようになって……。
「色々。うん、色々、待ってて」
「よく分からないけど、待ってれば良いの?」
「そう、待ってて」
私、良い女になるから、待ってて。
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