第67話 提案

 それから、美術室へと場所を移動した。

 ドアを開けてからその中を確認すると、言っていた通りに散らかりっぱなしで綺麗にはなっていなかった。


 「私は汚れを拭き取っていきますので、影井さんは用具を片してくれませんか」

 「…お、おう」


 入って早々に、佐野はそう言って動き始めた。意見する余地も無く俺はそれを受け入れた。

 佐野は雑巾を持って、素早い手つきで手際良く掃除していた。


 俺も、正確な場所なんかはわからずとも道具を整理していった。


 …しばらく続けて、用具の半分程を片し終えた。

 「ふぅ…」と軽く息をついてから、もう一度続けようとした時、佐野がこちらに近寄ってきた。


 「まだ終わっていないんですか?手伝いますよ」

 

 そう言って、佐野は俺の片付けているところを手伝おうとしてくれていた。

 佐野が担当していた箇所を見てみると、既に仕事は終えているようだった。完璧とは言えないが綺麗にはなっていた。

 仕事が早いな…。 


 それから、佐野と共に片付けを続けた。


 ———そして、佐野のその協力もあり、すぐに片付け終えた。


 「大体こんなものですかね」

 「…あ、ああ。助かった」

 「いえ、当然のことをしたまでですよ」


 そして、二人で美術室を出て俺が鍵を閉めると、佐野は俺の元に手を差し出してきた。


 「鍵、職員室に戻すのでしょう?それなら私が戻しておきますよ。…今日はもう教室へ戻りますから、そのついでに私が戻しておきます」


 いい奴なんだな…こいつは。

 別にしなくてもいいなんて言える感じでもないので、遠慮なく鍵を渡すと、それを佐野は手にした。


 「…話は後日、ゆっくりしましょうか。…それでは、また今度」


 そして、佐野はその場から去ろうかとしていた。

 …俺は、決心していた。こいつなら…佐野ならばいいのではないかと。


 「…いや、その必要はない」


 佐野は立ち止まり、もう一度こちらを向いた。


 「…はい?」

 「…佐野、お前に生徒会の座を譲ってやる」


 そう言うと、佐野は目をくわっと大きく見開いてこちらを見ていた。


 「い、今なんて仰ったんですか!」

 「…だから、生徒会を佐野に譲り渡すって言ったんだ」


 すると、佐野は俺の間近までやって来た。その気迫から引くように俺は一歩下がった。


 「一体どういうつもりなんですか!どういった風の吹き回しでそんなことを!」

 「…考えを改めたんだよ。…あんなにまで熱く気持ちを述べられたら、さすがに俺も手を引こうかと考えていたんだよ」


 俺だってそう簡単に引き下がるつもりもなかったが、ここまで熱を持っていて、情に厚い人間ならば吝かではない。それどころか、これ以上佐野を拒んでいるようであれば、自分が惨めになるだけだ。いい引き際なんだ、元はと言えばやりたくもなかったんだ。これで辞められるいい理由ができたということだ。

 俺だって昔のままの俺ではない、少しは成長したはずだ。会長だって快く受け入れてくれるだろう。それならば神崎から何か言われることもない…。


 …だが、まぁ…少し心残りはあるがな…。

 佐野は急にしおらしくなっていた。もう少し喜ぶものかとも思っていたが、そうでもなかったみたいだな。


 「佐野、放課後は何をしている?部活は?」

 「いえ…何もしていませんよ。帰って一人で勉強しているだけですが」

 「それなら、一つだけ約束してほしいことがあるんだ。…放課後に、会長と一緒にいてやってくれないか」


 そう会長のことを口にすると、佐野は顔をうっすらと赤くしていた。

 なんだ…?どういう反応なんだ…。


 「ど、どうしてそんなことを?」

 「あの人はその…感性が独特と言うか…。少し付き合っていればわかると思うんだが」


 佐野は理解していなさそうな顔をしていた。

 それもわかる、しかし一緒にいれば嫌にでもそれはわかるはずなのだ。


 「それは…別に構いませんけど」

 「そうか…そうして欲しい。…俺から、会長に伝えておく。会長は優しく、そして俺に頓着しているところもあった。…だけど、その優しさ故に、会長ならきっと俺の言うことを聞いてくれて、佐野を生徒会へと引き入れてくれるだろう」

 「それ…本当なのですか」

 「ああ、間違いない」


 そうは言っても、まだ確実性があるとは言い難いがな…。

 

 佐野は、難しい顔をしていて何か考えているようだった。

 どうしたのだ?素直に喜べばいいだろうに…。


 …そして、佐野は目を瞑り、それからもう一度大きく目を見開いてから俺の方に真剣な眼差しを向けた。


 「…その話、受け入れられません!」


 …は?

 どうしてそうなる。あれだけ息巻いて譲って欲しいと懇願していたはずだろう…。


 「いや、何故だ。さっきは変わって欲しいと言っていたじゃないか」

 「気が変わりましたよ。そんなすんなりと譲るなんて考えていませんでしたから」


 おいおい…どういうことなんだよ…。


 「だったら、さっきの話は無しでいいと言うのか?」

 「そういうわけにはいきませんよ!」


 どっちなんだ…。


 「しっかりと勝負をつけましょうよ」

 「…勝負?」

 「…投票です。正式なルールに則って、歴とした勝負をしましょう」


 投票…って、そんなことできるのか…。


 「どうやるんだよ」

 「…そうですね、学校側に頼んで行うなんてことは難しいでしょう。…それなら、個人でやりましょう。投票したい人だけにさせるようにします」

 

 …したい人だけに?


 「…明日から三日までの期間にしましょう。投票用のセットはこちらが用意しますよ」


 明日から三日って…企画の件と時期が被ってしまうが…。


 「私は、もう一度学校中に演説をしようと思います。今度こそは皆の心に響くように訴えかけます。…その所存なのでよろしくお願いします」

 「…待てよ、俺はお前に譲ってもいいって言ってるんだよ。…そんなものに俺は勝ちたいなんて思わないぞ、それでいいのか」

 「…それでも構いません。正式に勝ってその地位を獲得したいんです」

 「…俺は降伏しているんだよ、やるだけ時間の無駄じゃないか。俺が負けるのは明確のはずだ」

 「…いえ、果たしてそうですかね」


 …?


 「影井さん、あなたは他の生徒会メンバーからそれなりに信頼は築いているのではないのですか?その人達、或いはその周辺の生徒からの票が影井さんに集まる可能性だってあるでしょう」


 それは…確かにないとは言い切れないが…。


 「自慢じゃないですが、私に票を入れてくれるような仲間は一人もいませんよ。選挙の時は、誰かに入れなければいけないということで、私にも票が集まっただけに過ぎません。しかし、このような個人でやることにそこまで付き合ってくれる人はいないでしょう。こんな性格でしたからね…。…だから、本当に見向きをしてくれる、そこまでのことに加担してくれる人はごく僅かかもしれません」


 そうかもしれないな…。


 「それでも、もう一度訴えかけて大勢を振り向かせたいと思いますよ。だから…勝負です、影井さん」


 そうして、佐野はその場を去っていった。


 どうすりゃいいんだ…。

 できれば、佐野を勝たせてあげたいのだがな…。

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