第59話 好意 〜2〜

 秋山は汗顔になって、どう考えてももう充分すぎるくらい混ざっているであろうコーヒーをいつまでも混ぜていた。


 「…ち、ちなみにさ…私のど、どこが好きなの?」

 

 恥ずかしそうにしながらそんな質問をしてきた。


 「どこって…全部、かな」

 「…ぜ、全部!?適当に言ってない!?」

 「…いや、本当だよ」

 「…具体的にど…どこが好きなの?」

 「言い切れないくらいあるが…」

 「えっ、な、何それ…い、言ってみてよ…」

 

 照れながらな声色でそう聞いてきた。

 本当に、好きなとこをあげるとキリがないが、とりあえず言うことにした。


 「やっぱり…優しいところかな。誰に対しても態度を変えないところが好きなんだ。…さっきだって、俺なんかの為に本気で怒ってくれたこと…凄い嬉しかったよ」

 

 秋山は顔を赤くして混ぜている手を止めずにいた。

 

 「自分なんか…なんて言わないでよ。みんな平等だと思ってるよ…」

 「そういう…差別しないところが好きなんだよ…」


 そう言うと更に顔を赤くして、その掻き混ぜるスピードが少し上がった。


 「差別って…なんで?そんなことするわけないよ」

 「…俺、こんな根暗な性格だから不気味がられるんだよ。でも、秋山は今でも変わらずに接してくれる。今でも俺のことを名前で呼んでくれて…秋山だけは、勝手なことだが心が許せるというか…。…こうして学校に来れて、まともに話が出来ているのは秋山がいてくれたおかげだと思う」

 「大袈裟だよ…そんな」


 秋山は照れた様子でひたすらにコーヒーを混ぜていたが、その手をピタリと止めて顔をこちらに向けた。


 「それってつまり…今こうして話していられるように自分が変われたっていうのは…私の影響が大きいってこと?」

 「…ああ」

 「それってさ…私と会長なら…どっちが上なのかな」

 「…え?」


 秋山は真剣な顔をして聞いていたが、次第に顔を赤くして、両手で顔を隠すようにしてその手を振っていた。


 「なしなし!今のやっぱりなし!」


 どういう意図の質問だったのか…。どうしてまた会長と比べるような事を…。ただ、今の質問としては、俺は秋山を選ぶだろう。付き合いは長いんだしな…会長とはまだ比較するには値しないだろう。


 「へー…。それが一つだとして…他にもあるの…?」

 「…ああ。まだ沢山ある」

 「なっ…何?」

 「後は…容姿かな。小学生の頃から、一際可愛かった。今でも他の生徒と比べても、圧倒的に俺の好みなんだ」

 「そ、そんな…可愛い子なんて他にいっぱいいるよ…」

 「そうやって…自賛するより先に他の人に気を遣えるようなそんなところも…俺は好きなんだ」


 そう答えると、もう一段と顔を赤くしてその混ぜている速度も上がった。


 「…て、照れるよそんないっぱい褒められたら…」

 「…まだ序の口に過ぎないんだが」

 「じゃ、じゃあ…それと…?」


 秋山は照れながらも次を聞いてきた。


 「…積極的で行動力のあるところかな。なんでも率先して引き受けるその行為、俺にはとてもじゃないが真似なんてできない。…憧れるよ」


 秋山は更に赤面して、掻き混ぜていた速度が物凄く速くなり、そのコーヒーは泡立ち始めていた。

 こんな照れ屋なところも好きなんだ。その照れている表情が可愛くて、俺なんかが褒めることでそこまで喜んでくれているのならば、俺はいくらでも言ってあげようと思えた。

 それからも、俺は話を続けた。


 「…でも、率先して人の前に立とうとしていても、時々は緊張しやすいところもあって、打たれ弱かったり、少し臆病で気が弱いところだってあるのも知っていた。特別、完璧な人間ではないんだって…そんな部分も俺は好きなんだ」 


 秋山は何も答えないで掻き混ぜる動作は止めず、「他は?」と聞かれなかったが俺はまだ答え続けた。


 「それから、友達と話している時なんかも…人の話を聞いて、それに合わせてみんなと接していて、空気を読もうとしているところにも感心している」

 「そんなとこまで見てたの!?」

 「…ああ。いつだって見ていたからな。…それから、運動神経も良くて、女子とは思えないその機敏な動きが格好いいとも思っていた」


 そのコーヒーを高速で掻き混ぜ続けながら秋山は無言で軽く頷いた。


 「それから、頭が良くて秀才で、小学生の頃から作文なんかで表彰されたりしていたことも、勝手だけど自分のことのように嬉しかったりして、それから…」

 「す、ストップ!ストーープ!も、もういい!もういいから!…充分、伝わったから…」


 俺が次の好きなところを述べようとした時、秋山は下を向いたまま、両手の手の平をこちらに向けて前に出した。

 それから手を下ろして、こちらを見ていた。顔全体を耳まで真っ赤にして、コーヒーは泡だらけになっていた。


 「止まらないじゃん…いつまで言うつもりなの…」

 「これでもまだ全然言い足りないが…」

 「えぇっ!?ちょっと私の事見すぎじゃない!?」


 見すぎ…か。…そう捉えられるのも必然か…。

 その一言を聞いて、少し調子に乗りすぎたことに気がついた。褒めていたことは、それは全て俺が側から勝手に注視していたことだもんな…勘違いして不快にさせただけかもしれない。

 

 「…そうだよな…。突然こんなに言われても気持ち悪いだけだよな…ごめん」

 「べ、別に気持ち悪いなんてそんな事言ってないじゃん!…そりゃ、見ず知らずの人から急にそんな言われたら引くけどさ…昨日今日知り合った仲じゃないんだし…」

 

 秋山は真っ赤にしていたその顔を手で扇いでいた。

 そうか、それなら良かったが…。

 ちょっとやりすぎたかもしれない。秋山の機嫌を取ろうとかそういうことで出てきた言葉ではない。本当に秋山の好きなところが次から次に言葉に出てきただけなのだ。…これからはもう少し慎もう。

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