第60話 好意 〜3〜

 「よ、よし!こうなったらお返し!私も勇綺の好きな所を挙げていくから!」

 「…好きな?」


 俺がそう言うと、秋山は冷めていった顔をもう一度赤く染めていた。


 「ち、違うの!好きなって、そういう意味じゃなくて!…でも、勇綺のことが嫌いとかそういう意味ではなくって…どちらかと言えば好きと言うか…」


 俺が疑問を持ちながら向けていた視線に更に顔を赤くしていった。そして、持っていたコーヒーを一気に飲み干した。


 「はぁ…。と、とにかくその…良い所!勇綺の長所を褒めるから!そう言うことだから!」


 どうしてそんな流れになったのだ…。

 俺が褒めたことに関しては、秋山が聞いてきたからであって、俺は別にそんなこと聞こうだなんて思っていないのだがな…。


 「勇綺はその…大人しくていいよね!周りの男子達と違ってうるさくないし…」

 「…いや、でも俺はそれを長所だとは思わないが…」

 「どうして…?」

 「人と碌に話ができないってことだろう。周りに合わせられないだけなんだよ」

 「そ…そうとも取れるけど…私は良い所だって思ってるから!」


 捉え方は人それぞれではあるけれど…。


 「それから…そう!一人で行動起こせること、それって凄いと思うよ」

 「…え?」

 「ほ、ほら…勇綺はいつだって何をするにも一人で行動してるじゃん。周りに流されないで、自分一人でいられるのって…それって誰にだってできることじゃないと思うよ。誰かに頼らないと人って身動き取れないというか…。周りに群れないでさ、一匹狼って感じでかっこよくない?」

 「…それは…協調性がないってだけなんだがな…。周囲に溶け込むことのできない人間ってことだろう、そんな大層なものなんかじゃない」

 「そ、そうかもしれないけど…それでも、そこも良い所なの!」


 俺はそんな、良いようになんて取れなかった。


 「それから…機転を利かした発想ができることとかさ、それで東條さんも救われたわけだし」

 「…それは、思いつかないでいた方がいいような嫌な考えが浮かんだだけなんだ」

 「それも…そうかもしれないけど…。私が褒めてるんだから素直に受け取ってよ…」

 「…あ、ああ…悪かった」

 「それから…」


 秋山は、何か言おうとしたが言葉に詰まっている様子だった。

 それだけでもう言い尽くしたのだろうな…。これ以上は俺の方が辛かった。


 「…えっと」

 「…いいよ、無理に見つけようとしなくても」

 「む、無理になんて…!その…あはは…」


 はにかんでいるその笑顔に胸を打たれた。


 「もういいんだ…褒めようだなんてしてくれたことだけで俺は嬉しいよ」

 「そ、それなら良かったけど…。全然嬉しそうなのが態度に出てないよ…」

 「いや…むず痒い感じがするよ、これ以上は耐えられない」

 「そ、そうなの…?ならいいや…」


 秋山はどうやら満足してくれたらしい。

 しかし、まだ何かを考えるようにしていた。そして、何かをハッと閃いたようにこちらに顔を向けた。


 「あっ、忘れてた!一番いい所だよ」


 …?なんだ?


 「勇綺も…優しいよ」

 「…えっ?いや、ないよ…そんなこと」

 「あるよ…どうしてこんな話をしているんだって思い返してみたらさ、これって勇綺が絵美ちゃんを助けてあげたいってことから始まったわけじゃん?」


 それはまぁ…元を辿ればそうなるが。


 「それって…人を思いやる心から動いたことでしょう」

 「いや…これは自分がしたいと思って勝手にしたことで、東條の気持ちとか考えていなかったからあんなことになっているわけだから…」

 「それでも…優しいよ。人のことを思ってしたことに変わりはないんだから。…ねえ、覚えてるかな?昔…小学生の頃にさ、教室に置いてあった花瓶が割れてるってことあったでしょう?…誰がやったんだって話になった時、その水を取り替えるのは日直の仕事で、その日の日直は勇綺ともう一人いたじゃない?…それで、勇綺がやったんじゃないかって周りから犯人扱いされたことあったよね…」


 …今まで忘れていたが、そんな話を聞いて思い出した。そんなこともあったな…。


 「先生からそうなのかと問われた時、勇綺は自分がやったのだとそのことを認めた。そして注意まで受けてた…。そんな出来事あったよね」


 そうだ、確かにそんなことがあった。


 「でもね、もう一人の日直の男子、その生徒覚えてるかな?その男子と私、割と仲が良かったの」


 よくは覚えてないが…記憶にはある。


 「その生徒から聞いてみたの、本当に勇綺がやったのかって…同じ日直なら何か知ってるんじゃないかと思ったの。そしたら、実は自分が割ってしまったことだったけど、それを言い出せなかったって言ってたの」


 ああ…そうだったのか、やっぱりあいつが犯人だったのか。


 「正直に先生に話した方がいいとも言ったけど、その生徒は拒んでいた。…済んだ話だったし…私はそこまで強く言えなかった。…ねえ、どうしてあの時自分じゃないって言わなかったの?」

 「…多分、俺じゃないと言ったところで、先生は未だしもクラスの生徒は信じないと思ったんだ。そういう対象で見られてるって当時から俺は悟っていたんだろう」


 それにもう一人の日直のそいつは、確かクラスでは人気者だったからな、俺なんかが罪を擦り付けようなんてすれば後が怖かったからな。

 すぐに名乗るものがいなければ、ずるずるとその話題が長引いてしまうだけなんだろうとも思っていたから俺は肯定してしまったんだろうな。


 「…否定して嘘をついているなんて思われて、逆に印象を悪くしたくなかった。それに、否定すること自体がめんどくさかったただけなんだ」

 「だとしても…さ、自分から罪を被るなんて普通できないよ」

 「いや…だから自分のことしか考えてないから至ったことに過ぎないわけで…」

 「それでもやっぱり…根が優しいってことなんだと思うよ…。他にもさ…勇綺はふと気がついたら気が利くところも私は知ってるんだよ」

 「いや…そういうのも全部は自分の…」

 「…好きだよ、勇綺のそういう所」


 そんなことを言い放っていながらしていたその満面の笑顔を見て、俺は急激に照れ臭く感じた。それを紛らわすように手元にあったそのコーヒーを俺は口にした。

 一口飲んだ瞬間、俺はすぐに咽せてしまった。

 そう、焦っていて忘れていた。そのコーヒーはさっき山口に醤油を入れられたものだった。

 さすがの俺でもその味に少し顔を引きつらせて歪めた。

 そして、そんな俺を見て秋山はにこやかに笑っていた。

 

 「ふふっ、何やってんの勇綺」


 そして、次の授業が始まる予鈴のチャイムが鳴り出した。

 いつの間にか昼休みが終わる時間になっていた。辺りを見渡すと生徒はもういないことにも気がついた。


 「あ…昼休みの時間終わっちゃったね…」


 秋山は立ち上がり、自分の空の紙コップと、俺のまだあまり飲めていなかった手に持っていたコーヒーを受け取り、自分の紙コップの上に重ねるようにした。


 「捨てて置いてあげるよ。…ごめんね、こんなことになるなんて思ってなくて…。次の機会があったらまた奢らせてよ」


 そんな気を遣わなくていいと言おうとも思ったが、そんなことを言ったらまた遠慮するなと言われそうだから言わずにいた。


 「ああ…」

 「ていうか…明日にしよっか。本題の話、できなかったもんね」


 そうか…そもそもその話をする目的があったのだったな…。

 なんだか今のこの時間だけでも、数年の間に動かずにいた何かが動き出してしまった気分だ。

 しかし…明日ときたか。またこうして対面で会わなければいけないのか。もうすでに、こうして秋山と一緒にいるだけで変な感じがしている。今まで通りでいられる気がしない。


 「それから…私、少しは勇綺が置かれている状況を見逃してあげるよ…。でもね、私の限界が来たら…自分でも行動を起こすから。…その時は、いくら恨まれたって構わない」

 「あ、ああ…」

 「じゃ、早く戻ろう」


 俺も立ち上がり、そして秋山と共に教室へ戻ろうと後ろをつけていたその時、秋山は立ち止まりこちらを振り向いた。

 どうしたのだろうと思っていたら、急につま先立ちをして俺の耳元まで顔を近づけてきた。

 急なことで、驚いて一歩下がろうかとしたそんな時、秋山は一言囁いた。


 「言い忘れてたけど…好きって言ってくれたこと…私嬉しかったから」


 そうして秋山は体勢を戻して、恥じらい顔で斜め下を見ながら、そのまま小走りでその場を去ってしまった。


 なんなんだ今のは…。

 表情なんかは変えなかったが、俺は心臓の鼓動が激しくなって動揺していた。

 どうしよう…また好きになってしまいそうだ。いや、今でも好きな気持ちは一切変わりない。ただ、その気持ちを抑えていただけなんだがな…。

 しかし、どうしたものか…これからどうやって顔を合わせたらいいんだ。こんな話をしていたと思い返すと、もうまともに接していける気がしない…。

 でも…いいか、とりあえず戻るか。今日はもう秋山とはこんな近くにいる状況なんてないからな。

 時間が経てばいつも通りでいられる…よな。

 

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