第55話 話 〜2〜

 「ここ座ろうよ」


 秋山について行き、一階まで降りて着いたその場所は、購買部であった。そして、そのすぐ近くには少し広めの廊下の一角に、机よりも少し大きいくらいの白い丸テーブルが五つ設置してあった。その内の三つのテーブルには生徒が座っていた。

 こんな場所があったのか…。


 「私コーヒー二人分頼んでくるから、好きな所で待ってて」

 「…コーヒー?」

 「知らないの?購買で頼めるけど」


 秋山が指差した購買の奥をよく見ると、高級そうなコーヒーメーカーが設置してあった。自販機やそういうものではなく、あんなものまであったのか…。


 「元々は職員室で先生達が使っていたんだけどね、先代の生徒会の人が生徒達用にも置いて欲しいって頼んで、いくつかある内の一つだけここへ譲ってもらったんだって。…この場所もね、生徒会が依頼されたから作ったらしいんだってさ」


 生徒会権限でそんなことまで…。案外、言ってみるものなんだな…。

 

 「勇綺の分も奢るよ」

 「…金取るの?」

 「…当たり前でしょう、そんなの」

 「なら…俺はいいよ」


 秋山は目を窄めて隣に立っていたこちらを流し目で見ていた。

 遠慮したことが気に入らなかったのか…。


 「せめて、自分の分は払うよ」

 「いいって!そんな高いものじゃないから、遠慮しないで素直に受け取ってよ!」


 変に借りを作りたくないんだがなぁ…。秋山なんかに、もう自分が返せる恩なんてないからな…。

 そうは思いつつも、ここで奢って貰わないことは逆に失礼と考え、俺は頷いておいた。


 「よしっ。先に好きなところに座っててよ、持ってくるから」


 そして、秋山はその購買へと向かっていった。

 俺は、周りの生徒から離れている一番奥の空いていた所を選び、前の辺りの生徒達が見渡せる側の席に着いた。


 それからしばらく待っていたら、秋山が二人分の紙コップに入ったコーヒーを持ってこちらまでやってきた。

 秋山は、片手に持ったそのコーヒーの一つを俺の前に差し出してきた。


 「お待たせ」

 「ああ、悪かったな。無理に買ってもらって」


 俺がそんな発言をしてそのコーヒーを手に取ろうとした時、秋山は差し出してきたその手を自分の元へ引いた。

 そして、秋山の顔を見上げるとまた、少しむくれたような表情をしていた。


 「無理に…なんて、そんなこと思ってない!なんでそんなこと言うの!そこは素直にありがとうでいいの!」

 「…あ、ありがとう…」

 

 俺がそうお礼を言うと、秋山はニッコリと笑ってそのコーヒーを優しく俺に手渡した。

 なんだかめんどくさいと思いつつも、その優しい指摘にはいつも感謝している。


 秋山は、そのテーブルに後二つ置いてある内の一つの、俺の正面側の椅子に座り、手元に自分のコーヒーを置いた。

 俺はもう一度辺りを見渡してから気になっていたことを問いた。


 「ここ…普通に人いるけどいいのか?」

 「教室よりはいないし、その…だって恥ずいじゃん、クラスメイトや友達の知り合いに二人で一緒に話しているなんて知られるのも」


 そうだよな…。俺なんかと二人きりで一緒に話しているのなんて見られたくもないよな…。


 「それに…さ、一度ぐらいならいいかなって。…その、勇綺とこういう場所に来るのも」


 秋山は照れつつ、そんな言葉を放った。

 そんなこと本当に思っているのだろうか…。


 「絵美ちゃんと話すようになって思ったんだけどさ…やっぱり勇綺も本当は休憩時間なんかに誰かと一緒にいて、話とかしたいんじゃないかって…思ってさ」


 秋山は尚も照れくさそうにしながらそんなことを言った。

 しかし、正直俺の場合はそういう風に思うことはできない。


 「…それは、ないかな」


 秋山はニヤついていた顔をその一言を聞いてからムッとしたように顔付きを変え、そして軽く溜息をついたから口を開いた。


 「そう…勇綺は変わらずそうだもんね…」


 俺はこの状態では身が持たない。女子と二人きりでこんな場にいることが息苦しい。できるなら早くこの場から離れたいなんて思っている。

 別に秋山と二人でいることが嫌なのではない。寧ろ、嬉しいのだ。でも、そういうことではない根本的な本能の問題なのだ。


 それから、秋山はじーっと俺のことを見つめていた。

 なんだ…?こんな間近で見つめられているとどうしていいのかわからなくなってくる。

 話の本題に入るのだろうか…一体何を伝えられるのだろうか…。


 何を言っていいのかもわからず、俺は目を泳がせながらそんな空気に耐えられず、俺は持っていたコーヒーを口にした。


 「あれ?そのまま飲むの?」


 口にしたコーヒーは確かに何も入っていないブラックのままのだった。


 「ミルクとか砂糖はいらないの?」


 秋山はそのテーブルの上の端に置いてあった塩や醤油なんかの調味料なんかも置いてあるところにあった、スティックの砂糖とコーヒー用のミルクに視線を向けていた。

 変に緊張して視界にも入っていなかった。


 「いや…入れるけど」


 俺は、その置いてあるミルクと砂糖を入れ、そこに置いてあった使い捨て用のスプーンで掻き混ぜてから、一口飲んだ。こんな状態なのでよく味わえない。

 秋山も同じようにしてミルクと砂糖を入れていた。


 「勇綺も砂糖は入れるんだ。甘党?」

 「…いや、普通は入れるもんじゃないのか」

 「…入れない人だっているだろうし」


 まぁ…それもそうだが。


 「甘いもの…別に嫌いじゃないけど…」

 「そっかぁ…私も甘いもの大好きでね、でも最近スイーツの食べ過ぎで太り気味でさぁ…困ってるの」


 ぱっと見では全くそんな風には見えないのだがな。

 …それより、なんだ?なんの話なんだ?

 秋山は、そのコーヒーを混ぜていた手を止めて、また俺の方をじっと見つめ、何かを訴えかけるような視線を向けていた。

 しかし、秋山は何か言うこともなかった。一体なんなんだ?

 秋山は表情を元に戻してから、もう一度質問してきた。


 「勇綺はどう?自分のスタイル気にしたりしないの?」

 「…え?…いや、別に自分では気にしないけど。誰にも気にされてるとも思えないから」

 「そんなことないでしょ、見てる人だっているって」


 そう…なのかねぇ…。


 「私もさ、人の変化には敏感だったりするんだよ?友達が香水変えのを一瞬で気がついたりもするんだよ?すごくない?」

 「…ああ」


 俺がそう興味なさげに返答すると、秋山は機嫌を損ねたように顔付きを変えた。


 「私も最近、いつもと違った香水を使ってみたんだけどさぁ…」


 尚も、今することではないような会話を続けようとしている。

 なんだ?何の話をしたいんだ?

 俺は何も言い返すこともなくもう一度コーヒーに口にした。


 すると、秋山は頭をガクンと下げてから、顔を上げて不機嫌そうな表情をしてこんな発言をした。


 「もう!なんで会話を続けようとしないの!」


 会話を…そうか、俺から何も話してこなかったことが気に入らなかったのか。


 「なんで会話を終わらせちゃうの!」

 「いや、そんなこと言われても…」

 「絵美ちゃんでももう少し会話が続くよ、どうしてここまで長い付き合いの勇綺が何も言わないの!」

 「言わない…って、何を言うの?」

 「今だったら、どんな香水使ってるの〜とか、さっきだったらどんなスイーツが好きなの〜とか聞いてこないと」

 「いや…別に知りたいとも思ってないから」

 「そこは!そうだとしても聞くの!」


 むすっとしたまま見ているその視線を、はぐらかそうとするように俺はコーヒーを口にした。

 難しいなぁ…どうしてそこまでしなければいけないのか…。一方的に話を聞くだけでも問題はないと思うのだがな…。


 「大変だねーとか、そうなんだーとか、相槌を入れるだけでもいいからさぁ」


 そう…なんだよな。それが普通のはずなんだ。

 結局、自分からも何か言わなくては話っていうのはそこで終わるんだよな…。

 秋山は下を向いて、しょぼくれた顔をしてコーヒーを混ぜながらこんなことを聞いてきた。


 「勇綺は…私のこと、そんな興味ないのかな」


 …そんなわけがない。他人に興味ない俺でも秋山のことだけは陰ながら、気がついた時にはずっと目で追っていることもあったんだ。

 最近香水を変えたというのは、実は俺も知っていた。真後ろの席でもある、俺はその変化にすぐに気がついていた。それぐらいには俺は秋山へ関心はあるのだ。


 …そんなこと、伝えていいのかもわからないんだ。

 怖かったんだ…そんなことを伝えて、不快にさせたり、そして嫌われるのではないかと。

 そうしていつも後ろ向きで考えてしまうと、俺はどうしてもずけずけと質問なんかできず、その手段さえわからずに言葉が出せないんだ…。


 「…常識がないんだよ…俺。普通のことが簡単にできないと言うか…。…こうして誰かと二人になって話すなんてこともなかったから…」

 

 俺も下を向いて暗い表情をして落ち込みながらそんなことを言うと、秋山はそんな俺を見てオロオロとしていた。


 「え、待って待って、そこまで言ってない!別に怒ってたわけじゃないの…」


 俺は「はぁ…」と溜息をついて、下を俯いた。


 「…ご、ごめん!そんな言い方するつもりはなかったのに…。傷付けちゃったかな…そうだよね…。…あーもう、どうしてそんな無神経なこと言っちゃったんだろう…私」


 秋山は両手で顔を覆って自分の発言を悔いているようだった。

 優しいな…他人を責めるのではなく、まず自分を責めるのか…変わってないな。

 俺は、秋山がすかさず俺のことを庇ってくれるであろうことを知っていた。そうだと知ってた上で、俺は今そんな発言をしてその優しさに甘えてしまった。

 自分が非難されたくないがためにこんなことをしてしまった。…最低だな。


 「…全然、気にしてないから」

 「…そう?ならいいんだけど」


 秋山はしょんぼりとした顔をしながらそう答えた。


 「それより…こんなこと話たかったんじゃないだろう」

 「えっ、まぁそうだけど…いいじゃん別に。偶にはさ…。というか…二人でこうして面と向かって話すなんて初めてかもしれないけど」

 

 確かに、こんなこと初めてだと思う。

 秋山は、今の俺ならこうして会話ができるのではないかと図ってしくれたことなんだろうな…。


 「…わかった、じゃあ本題に入る。実は朱鳥ちゃんが企画したことが決まったらしくて、そのことで話したいことがあるの」


 企画…って、霧島がやりたいとか何か言っていた例のアレのことか…。

 なんだ…そんなことか。俺はてっきり秋山の気持ちでも伝えられるのかと思ってもいた。思い過ごしもいいところだな…。


 「どうして俺に?生徒会で話せばいいじゃないか」

 「それがその…内容が内容だけに…勇綺には是非を問いたかったの」

 

 …ん?どういうことだ。

 

 「私だけにこんなことがしたいって相談されたことなの、その時はこう…流れで否定できなかったの。でも、そういうのやりたくない人だっていると思ってさ、勇綺の意見を聞いてからこの件を生徒会で話すかどうか決めようと思ったんだ」


 俺に意見を聞くのか…一体どんなことなのだろうか。


 「その内容って言うのが———」


 そんな話をしようとした時、こちらのテーブルに数人が近づいてくる足音が聞こえ、そしてここでその音が止まった。


 「あれ〜こんな場所で何してるのかな〜」


 そして、声のしたそちらに目を向けると、そこに現れたのは山口を筆頭にした美術部三年の四人だった。


 こんな時に現れるなんて…タイミングが悪すぎる…。

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