第44話 頼み

 次の日の一時間目。

 俺は昨日帰ってからも、どうすべきなのかと少し考えていた。

 まずは東條がクラスで置かれているあの状況をなんとかすべきだな…。


 孤立している人だからこそ周りに舐められてしまう、それなら孤立しなければいい。

 ただそんな簡単に解決はできない。それならば誰かと一緒にいて、いつも一人でいるわけではないと周りに知らしめるだけでもいい、そうするだけであの状況は覆せるだろう。



 一時間目が終わった休憩時間。

 俺はある頼み事を秋山にしたいと思っていた。


 今日は昨日と違い、秋山は俺から少し離れた前方のドア付近に友達数人と談笑していた。

 今は話せない…か。また次の機会にするか…。なんて考えていたその一瞬、秋山の方を見ていた時に、その秋山と目線が合ってしまった。

 別に、目を逸らす必要などなかったのだが習慣というか習性というか、俺は咄嗟に右へと逸らしてしまった。

 

 意味もなくその視線の先の廊下の方を見ていた時、前に誰かが座る気配がした。そしてその前を向くと、秋山がこちらに体を左に向けて座っていたのだ。


 「何?なんか用があったんじゃないの?」

 

 ただ目が合ったというだけでそんなことを察したのか…。まぁ、俺は何かなければ人の方を見ようともしないもんな…。


 「いや…そんな急用があったわけじゃ…」


 俺は前にいた秋山が話していた友達であろう人達を見ると、そちらもこっちを向いて何か疑問に思ってそうに話している様だった。


 「秋山こそ、今何か話していたんじゃないのか」


 俺は小声でそう聞いた。


 「それこそ大したことじゃないよ。…それより、何か言いたいことでもあったんじゃないの?話して話して」


 俺はもう一度前を見てその生徒達を見ると、秋山抜きでまた話し始めていた。

 …これなら、今話してもいいか。


 「東條のことなんだが…」

 「絵美ちゃん?」

 「ああ、実は…」


 それから、俺は東條が今置かれている教室での状況だけを話した。

 

 「…そうなんだ。そんなことになっていたんだね…」


 秋山は悲しげな顔をして下を俯いてから、もう一度俺の方へ視線を向けた。


 「昨日、クラス聞いたのはそういう意味だったんだ…」


 秋山は何かよくわからない複雑な表情をしていた。

 いや、まず思うことがそこなのか?


 「どうして突然教室での様子を見に行こうなんてしたの?」

 「…それは…理由がないと駄目なのか?」

 「べ、別にそうじゃないけど…人の様子を見に行こうだなんて普通しないじゃん」


 それはそうなのだが…そんな俺が他人に関心を持つことが珍しいのか…。いや、珍しいどころかまずしないよな…。


 「それより、なんとかしてあげたいよね。勇綺もそう考えてるってことだよね」

 「…ああ。それで、ちょっと頼みたいことがあるんだ」

 「え?何か解決する策でもあるの?私が直接その生徒達に注意する…とか?」

 

 そんなことをしたら、東條が上級生を盾にして自分を守る卑怯な奴とかそんな目で見られて悪い方向へ行ってしまうかもしれない。


 「いや、秋山には東條の側にいてあげてほしい」

 「…側に?」


 一人でいる人間ってのは複数人で絡んでいる人間にとって下に見られるんだ。ただ一人だけでも、仲間が側にいるとわかればそういう風には思わなくなるだろう。


 「一緒にいてあげるだけでも周りの状況は変わってくる。休憩時間とかだけでもいいからなるべく一緒にいてもらうと助かる」

 「それでどうにかなるの?」

 「多分な…」

 「…で、なんで私なの?」


 秋山は椅子の背もたれに左肘を乗せながらその左手で前髪をくるくる回しながらそう聞いた。

 何故秋山にか…。どうして突然そんな質問を…。


 「それって、私に頼まなくてもよかったんじゃない?もちろん、やりたくないとかそういう意味じゃないんだけどさ…。どうして私なのかなって。その…会長とかでもいいじゃん?」

 

 会長に頼んだら余計なことをしそうでな…それに、会長といつも仲良さそうにしていればそれは却って目立って別の問題が起こりそうだ。

 神崎には頼めない、霧島はやってくれるとも思えない。俺でもいいが…上手くやれそうな気がしない、それに同性同士がいいだろう。そして頼むなら学年が上の方が都合がいい。それから、秋山ならそういう性格の人間の扱いには慣れてるはずだ、それは俺が一番知っている。そして何より…俺が頼めそうな人物…それは。


 「秋山しかいないんだ」

 

 秋山はハッと反応して頬を少し赤くして、その前髪をくるくると回すスピードを上げていた。

 何か言葉が抜けていた気がするが…まぁいいか。

 

 そして、秋山はその手を止めてもう一度俺の方を向いた。


 「私しかいない…。よし、わかった!そうするよ。絵美ちゃんのこと心配だもんね」

 「ああ…なんか悪い、変な頼み事をしてしまって」

 「別にいいの、ただ勇綺がこんなに誰かのために何かしようなんて初めて見たから…それに応えてあげたいと思ったの」


 またそれか…そんなに俺が誰かのためになろうとしてるのが変か…。会長のお人好しがこっちまでうつってしまったようだな。


 「でも一緒にいてあげるってのは別にいいんだけど、それが問題解決に繋がるの?」

 「年上、そして副会長の秋山が一緒にいてくれたら、そのクラスの生徒もうかつには東條に対して何か頼みごとなんかを気安くする心配もなくなる…と思う」

 「一つ問題があるんだど…絵美ちゃんは私が仲良くなろうと接近してくることに嫌がりそうなんだけど…」

 

 それは考えてもいた。秋山が擦り寄ってくるのが東條にとってはものすごい苦痛になるかもしれない。ただ、それは俺が思っていることに過ぎない。勝手にそうだと決めつけるのは違う。


 「東條は人から近寄られたら心を開いてくれる可能性だってある」

 「そう…なのかなぁ。絵美ちゃんに話しかけても迷惑がられてる感じがして、あまり近づけないからさ…なんというかあの子って勇綺に似てるから」

 

 俺に似てるか…秋山もそう思うのか。


 「だから…話しかけづらいというかさぁ…。積極的にそんなことしたら、逆に嫌われてしまうと思うとどうしても近づきづらくて…」

 「大丈夫だ、あの子は俺とは違う。普通ならそういう行為は嬉しいはずだ。少しずつでもいいから仲良くなってほしい」

 「ふーん…」


 秋山は俺に呆れたような目をしてこっちを見ていた。


 「それなら…勇綺も心を開いてくれたっていいのに…」


 ボソッとそんな言葉が聞こえた。


 「…わかった、とりあえず今日のお昼、絵美ちゃんと一緒に食べに行こうと思う」

 「ああ、いいな。そうしてやってくれ」


〜〜〜〜〜


 それから昼休憩の時間になる。

 秋山は、基本いつもは教室のそこら辺で友達と共に自分の弁当や購買から買った何かを持って一緒に食べている。

 しかし、今日はその友達に一言断ってから、弁当を持って教室を出た。

 言った通りに東條のクラスへと向かったのだろう。



 …そして、昼休憩が終わる10分前に秋山は教室へと戻ってきて自分の席に座り、こちらを向いて開口一番に話した。


 「ねえ聞いて、絵美ちゃんともうすっごく仲良くなっちゃったの!…ってそう思ってるのは私だけかも知れないけど…」


 そりゃそうだろう。そう簡単に仲良くなれたなんて思わない方がいい。


 「絵美ちゃんは突然私が来たことに戸惑ってて…いつもは教室で一人で食べてたらしいんだけど…頼んだら私も一緒にお昼を食べることに了承してもらえたの。それでね、いろんなことを話たりしたの」


 東條も、昼は俺と全く同じスタイルだったのか。だが、そうしてすぐ了承をしてくれるぐらいには心を閉ざしちゃいないようだ。


 「それでね、絵美ちゃんもお弁当だったんだけどね。聞いてみたらそのお弁当自分で作ってるらしいんだってさ。両親は共働きで朝早く出かけているらしくて、下に中学生の弟と妹がいて、その二人の分と一緒に朝早く起きて作ってるんだって。それで少し味見させてもらったんだけど、それがすごく美味しかったの!そんな特技あったなんて知らなかったなぁ〜」


 別に聞いてもいないことを次から次へと話してくる。


 「最初は警戒して話していたみたいだったんだけど、話していく内に少しずつだけど打ち解けてくれたの。そうなってからは時折、私だけにしか見せてくれないような表情や一面も見せてくれて、そこが可愛くて好きになっちゃったよ。絵美ちゃんとってもいい子だし、これなら私、毎日…は難しいかも知れないけど、絵美ちゃんの所に会いに行きたいくらいだよ」

 「ああ、是非そうしてくれ。…それで、東條は何か頼まれ事とかされてなかったか?」

 「私がいた時にはなかったよ。…これで、今後に変化があるのか私も逐一確認してみるよ」

 「ああ。…その…本当にありがとう」

 「いいの、私も絵美ちゃんと仲良くなりたいって思ってたんだから」

 「…そうだな。もっと早く仲良くなろうとしてあげてればよかったのにな…」


 そうボソッと言った時に、秋山はムッとした顔をしてこちらを見た。


 「私もそうしたかったの!誰のせいだと思っているの!もう…」


 俺の例があったから…だよな。


 とりあえずこれで教室内での状況はひとまずクリアしたと考えてもいいだろう。残るは部活内でのことだが…癪だが、あいつに頼むしかないか。

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