第43話 状況
その日の放課後、生徒会の活動報告が終わる。
神崎、秋山はいつものように部活へと行った。
だが、東條は立ち上がらずに座ったままだった。
「あれ?東條さん、部活はいいのかな?」
「…い、いえ…行ってきます…」
会長から言われるまま、東條はゆっくり立ち上がってから生徒会室を出て行った。
東條はあまり表情は変えないタイプだが、俺にはいつもと微妙に違うのがわかった。顔色が良くない、足取りも重く見える。行きたくないのだろうか…?
それと気になっていることがある。この前、部活を休んだのは本当に何もないなんてことがあるのかと。俺は東條が美術部ではどのようにしているのかが気になった。
少し時間が経ってから、俺は東條の様子を見に行ってみようとした。
「すみません、会長。ちょっと用事があるんで少し出ます」
「えっ、用事…?そ、そうなんだ…」
会長は意外そうな顔をしていた。そうだ、俺なんかに用などできない。
「すぐ戻りますから。…あの、俺がいなくてもその…」
「うん…わかってる。無理なことは引き受けないから、安心してね」
「それでは…」
〜〜〜〜〜
俺は美術室まで向かった。
ドアは閉まっているが、中の様子は確認できた。
中にいた部員は全部で10人いた。全員が女性だった。それぞれがキャンバスに絵なんかを描いていたりして、活動に取り組んでいた。顧問の先生は今はいない様子だった。
その中には東條の姿も見えた。ここから見えるところで一番右側に座っていて、キャンバスに絵を描いてる様子が見えた。こちら側から横を向いていたので何を描いているのかは見えなかった。周りから少しだけ距離を取って、浮いている感じが隠しきれない。
少し様子を見ていたら、四人の生徒が東條の近くに寄って来て、何かを話しかけているようだった。全員が三年だということが見てわかった。
しばらく見ていたが、なんだか様子がおかしい。話かけているというよりは東條に対して強張った表情で何かを言い放っていたり、嘲笑うのが見えた。その三年の生徒達は東條のキャンバスに自分の持っていた筆で何かを描き足しているようだった。これは見るからに、アドバイスや指導とかそんな感じで描いている風にはとても思えない。あれは単なる嫌がらせだ。
東條は何も言い返したりする素振りも見せず、ただじっと事が収まるのを待っていた。
辺りを見渡すと、周りは誰もそれに関わろうとしないような雰囲気だった。止めようとせず、ただ何もないかのように自分達の作業に取り組んでいた。
周りには三年の生徒はその四人の他にはいなかった。逆らえない感じなのだろうか…。
なんだかこんな光景は見覚えがある。いや、身に覚えがあるの方が正しいな。
まだ完全にその状態にあると言える状況ではないが、仲間外れにされているのは間違いない。
部内ではもっと楽しげにしているのかと思ってもいたが、逆にクラスにいる時よりも状況が悪いな…。
俺みたいなタイプの人間がこういう目に合うのは目に見えてるようなことだ。孤立している人間ってのは格好の的だ。人は自分より下の人間を欲したがる。そんな人間を見るだけで人は優越感に浸ることができる。
俺は、そういうものに対しては何か救いたいなんて考えは起きず、そこにいる連中みたいに何もせずにいるかもしれない。なんなら、標的が他にあるということに安堵するだろう。
しかし、何故だか今はなんとかしてあげたい気持ちでいっぱいだ。会長に感化された部分もあるのだろうか。
でもどうしたものか。これは俺一人がどうこうしたところで解決することができそうもない。そもそもそんなことする勇気がない。
「あの〜…」
どうするべきなのかなんて考えていたその時、後ろから突然声をかけられた。そちらを向くと、眼鏡をかけた一年の女子がなんらかの画材か何かを両手に抱えながら立っていた。
「美術部に…何か用ですか?」
「い、いや…別に…」
「…そうですか」
さっきクラスの様子を見に行った時と同じ状況になってしまった。俺は横にどけて、その生徒も不審そうにしていたが、何か聞こうともせずに美術室のドアを開こうと手をかけようとしたその時。
「あの、君…美術部?」
「…はい、そうですが?」
つい引き止めてしまった。
ドアを開くのを止めて、その女子はこちらを向いた。
「東條さんって子…いるよね」
「は、はい…いますが」
俺が東條の名前を出すなり、目線を逸らされた。
「東條さん、部活ではどんな様子?」
聞いてみたはいいが、なんてことを聞いているんだ俺は。これでは状況が分かった上で聞いているのがわかり切っているではないか。
「あのぉ…東條さんの知り合いですか?」
「いやその…同じ生徒会の一員なんだけど…」
「あ…そ、そうだったんですか、すみません知らずに」
それも当然だろう、俺は仮なんだからな。
「その…もしかして、東條さんが今置かれている状況を知っているのですか?」
知っている、と言うよりは今知ったようなものだけどな。
「まぁ…なんとなく」
「そうですか…」
その女子生徒は浮かない表情をしながら美術室の中を見ていた。
「その…なんであんなことになっているんだ?」
「前まではあんなことになっていなかったのですが…東條さん、生徒会に入っているじゃないですか、それで…神崎先輩と話しているところを見られたみたいなんですよ。それがあの三年生達は気に入らないらしくて、どうしてあんな子が神崎君と話してんだーってなってそれが発端になってこんなことに…」
単に僻んでいるだけじゃないか…それは。
そうか…だから東條は生徒会…いや、神崎と距離を置きたがっていたのか…。
「それであんな嫌がらせなようなことを毎日されていて…私、美術部の中だと比較的に東條さんと仲良かったんですけど…その、最近は近づけなくて」
仲が良かったのなら、どうして助けてあげないんだ…なんて言えない。言えるわけがない。そんな簡単な問題なわけじゃないんだよな。知っている、仕方のないことだ。
「一応、私個人とだけで東條さんと連絡を取り合うこともあるんですけど…東條さん、生徒会を辞めた方がいいのかな…とか、部活には行きたくないなんて言い出しているんです」
そうか、あの子でもそんなやりとりをして弱音を吐くこともあるんだな。…だが、助けを求めたりしない辺りは…人に頼って巻き込んでしまうことに申し訳ないとかそういう風に思っているのだろうな…。
辞めたいか…。もし本心ではそう思っていないのだとしたら、俺はそれを阻止したい。
「先生に相談しようかとも思ったんですけど…私が言ったことが知れたらと思うとどうしても…その…」
そう思うのも仕方ないことだ。
先生に相談したところでどうにかなる話でもないだろうからな。
案外、先生も生徒からの信頼なんかが欲しいものだ。変に刺激して、生徒からの評判を落としたくもないだろう。
仮に、先生がそのことをその生徒達に注意したとして解決…なんて簡単に済む気もしない。問題は解決せず、それを報告した者がまたその標的の一人になってしまう可能性も考えられる。
「今はこの状況が収束するのを待った方がいいのかと…」
いずれ飽きられ、収束するのが先か…それよりも東條が辞めてしまうのが先なのか…それはわからない。
「あの…もういいでしょうか」
「あ、ああ。すまなかった」
その生徒はドアを開いた。俺は東條に気付かれる前に、早歩きでその場から立ち去って生徒会室まで戻っていった。
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