第42話 様子

 次の日、一時間目の授業を受けていた時、俺は少し考えていた。

 東條があの時、ゴミを渡されていた時に断れなかったのではないだろうかと。東條は自分のクラスでは一体どんな風にしているのだろうかなんて気になっていた。

 ちょっとだけ様子を見てみたいと思った。…しかし、東條のクラスは何組だっただろうか…。自己紹介の時に言っていた気がするがもう覚えてない。


 一時間目が終わり、休憩時間になる。東條のクラス…秋山なら知ってそうだから聞いてみようかと思った。

 前の席に座る秋山は、机に座ったまま予習をしていた。相変わらず真面目だなぁ…。


 「秋山ー…」


 俺は小さい声で呼んだが、秋山は反応しなかった。


 「おーい…」


 周りの声に掻き消されて聞こえていないようだ。

 俺は、周りから誰かに話しかけているようなところを見られたくないので、極力はそういったことは避けたいと思っている。俺はそんはフレンドリーな人間だとは思われたくないからな。

 声が通らないのなら仕方ないと思い、俺は右手で秋山の右肩を軽く触った。


 「ひゃぁっ!」

 

 秋山は身体をビクッとして硬直させ、その周辺に聞こえるくらいの悲鳴をあげた。

 近くにいた周囲の数人の生徒はその声に反応してこちらを見ていた。異常があったわけでもないので、周りの生徒達はすぐに何ともないようにスルーしていた。

 忘れていたが、秋山は相当ビビりな体質だったんだ。豪雨で雷が鳴るものなら、今でも一人身体を震わせて怯えている。

 却って目立つことをしてしまった。こんなことなら普通に大声で名前を呼べばよかった…。

 

 秋山は左から身体をこちらに向けて後ろを振り向き、まだ驚いたような表情をしていた。


 「び、びっくりした〜…な、何?」

 「いやその…大したことじゃないんだけど、東條のクラスが何組だったか聞きたくて」

 「東條…って、絵美ちゃんのこと?…それなら確か一組だったけど」

 「そうか…すまない、突然話しかけて」


 一組だったか…。

 質問を聞き終えても、秋山はまだこちらを見ていた。


 「え、それだけ?」

 「え?」

 「どうしてクラスなんか聞いたの?」


 どうしてか、なんて理由を考えていなかった。様子を見に行きたいだなんて言ったら変に思われるだろうな。これはナイーブな問題なので、今は隠しておきたい。


 「いや、自己紹介の時にクラス言ってたから、俺の記憶力を試したくて、それが正しいのかどうかを確かめたいと思ったからで…」


 咄嗟に出た言い訳だった。

 それを聞いて、秋山は目を細めて疑うような視線を向けた。


 「…本当?勇綺がそんなことで私に話しかけてくるなんて思えないんだけど」


 まったくその通りだ。

 じっと見るその目線に何も言い返せずにいた。それから、秋山はいつもの穏やかな顔に戻った。


 「まぁ、いいや…。で、当たってたの?」

 「…いや、違ったよ」


 別に予想はしていなかったが、とりあえずそう答えた。

 

 「そっか…」


 どうでもいい会話が終わったのだが、秋山はまだ身体をこちら側に向けたままだった。

 どうかしたのだろうか…?とりあえず、不快なことをしてしまったかもしれないから謝っておくか…。


 「本当にすまない、大したことでもないのに…」

 「別に怒ってないから…!寧ろ、こういう他愛もないことでも、どんどん私に話しかけてもいいからさ…」


 そんなことを言ってはにかんでから、身体を前に向けて秋山はまた予習を再開した。

 他愛もないこと…か。そんなことで話しかけるような関係になれる気はしない…。

 …変なことで時間を使ってしまったので、様子を見に行くのは二時間目が終わってからにしよう。


 

 …そして、二時間目の授業が終わり、俺は東條のいるその一年一組のクラスへと足を運んでみた。


 その一組の教室の後方の開いていたドアからひっそりと覗き見るようにして、教室を見てみた。

 

 クラスには見知った生徒は一人もいない、当たり前だがな。

 そのクラスを見渡すと生徒達は、数人でグループや二人組になり、話している姿なんかが窺える。


 そして、奥の窓際の方の後ろから二番目の席に一人ポツンと何かの本を読みながら座っている東條の姿が見えた。

 

 こうして見渡すと、一人だけ孤立している感じだった。

 

 自分もあんな感じで浮いている状態なんだろう。自分では何一つ気にしちゃいないが、こうして側から見ると、どうしても見ていられないような気分になる。


 しばらく見ていると、東條の前に一人の女子生徒が何冊かのノートか何かを東條の机に置いていた。


 何か話しているようだ、うるさい中だったが耳を澄ませて聞いてみた。


 「このノート職員室まで持って行っておいてくれる?」


 そんな言葉が聞こえた。東條も何かを言ったようだが聞き取れなかった。しかし、あの感じだと引き受けた感じなのだろう。


 そして、それに釣られるようにしてもう一人の女子生徒が東條の方に向かってくる。


 「あのさぁ東條さん、日直のゴミ出し係代わりにやっといてくれないかなぁ?私忙しいからさぁ」


 そんなことを言われているのが聞こえてきた。

 よく見るとその女子、昨日東條にゴミを渡していた奴じゃないか。


 東條は何か言っていたようだがこれも聞き取れない。ただ察するに、それも引き受けたのだろう。


 会長とは違い、喜んで引き受けているのではなく、あの感じは断れなくて、嫌々引き受けている感じだ。

 これは駄目だ。今はまだ、悪意をもってやってることではないのだろうが、こんなことが続けばいずれ、それが当たり前のことになってくる。そうするとどうなるか、それはあまり考えたいものではない。

 これは、事態が悪化する前になんとかした方がいいだろう…。


 「あのー、このクラスに何か用ですか?」


 そんなことを考えていた時に、後ろから突然話しかけられた。

 その声のした方を見ると、一年の男子の一人がいたのだ。ここのクラスの一人だろうか。


 「い、いや…なんでもないよ」

 「…そうですか」


 その生徒は不審に思っていそうにしながらも俺の前を通り過ぎて教室へと入っていった。そして、それを追うように教室へと視線を戻すと、この会話に気がついたのか知らないが、東條はこちらに顔を向けていた。目元はよく見えないが、こちらを見ているようだった。


 しまった、見ているだけのつもりがこちらの存在に気付かれてしまった…。

 そして、東條は読んでいた本を机に置き、立ち上がって律儀にこちらにまで近づいて来てくれた。

 東條は俺の前まで来て、顔を上げてから小さな声で話しかけてきた。


 「…あ、あの…な、何か用でも…」


 様子を見に来た、なんて言えないよな。

 これじゃあ会長が俺に対してしていたことと同じことをしてるみたいじゃないか。


 「いや…通りすがっただけだよ」


 なかなか苦しい言い訳だ。

 表情は読みにくいがなんだか不思議がっている様子だった。何か理由でもなければここに来るだなんてことあるわけないもんな…。


 ふと、その教室の天井を見上げると、教室の左側の前の電気が一つ、消えかかっていたのに気がついた。


 「この教室の蛍光灯が切れかけているところがあるから新しくして欲しいって要望があったんだよ…一つ、そこが消えかかってるみたいだな…」


 俺が指差す方に東條は視線を向けた。

 そんな要望なんてなかったがな。今思いついた言い訳にしてはいい方だろう。


 「ほ…本当ですね…」

 「それだけ見に来ただけだよ」

 「そ…そうでしたか。…な、なんかごめんなさい…私に用があるとか…そんな勘違いして…」


 いや、どうしてそんなことで謝る。本当は東條に会いに来たのは間違いないってのに。


 …。


 東條はその場で何も言わずに立ち尽くしていた。どうしたんだ?もう席へ戻ってもいいのだが。

 …そうか、どうしていいのかわからないのか。俺の方が一応先輩だからな、指示を待っていたのか…。

 

 「それだけだから、また後で…」

 「…は、はい…」


 そうして俺はそこから立ち退き、自分の教室へと戻っていった。


 しかし、どうするか。事態が悪化する前にはなんとかしたいな…。

 別に、人の役に立ちたいだとか、正義感で行動したいなんて思わない。それでもただ、あの子には俺みたいになってほしくないとそう思っていた。

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