第34話 二人きり

 次の日の放課後。

 また、今日の授業が終わってこの時間が来てしまった。

 俺はどうにも気乗りしない気分で生徒会室まで足を運んだ。まだ、自分の意思でどこかの活動や人に助力しようということは抵抗がある。

 

 そして、遅めについてからドアを開ける。そこには四人の生徒が着席していた。どうやら霧島はいないようだ。

 もはや、来たことを歓迎される事もなく俺は席についた。


 「会長、今日は朱鳥ちゃん来れないって連絡ありましたので」


 秋山はそんな発言をした。

 そうか、今日は来ないのか。少し安心してしまった自分がいる。あいつはどうも苦手だ、悪いがもう来ないでほしいなんて思ったりもする。


 「そうなんだ…残念ね。今日は五人ということで…それでは、今日の活動報告を始めます」

 

 俺はもう完全に生徒会の一人として馴染んでしまったようだ。俺がいることについて誰も違和感を持っていない。これでいいのだろうか…。


 「———それでは以上です。今日の報告は終わりにします」


 報告が終わり、神崎と秋山はいつものように部活へと向かった。しかし、東條は座ったまま動かずに残っていた。


 「あれ…東條さん、美術部に行かなくてもいいのかな」

 「…今日はその…課題とか…やることがなくて…生徒会にいようかと…」


 やることがない?そんなこと普通あるものなのか?


 「そうなんだ…生徒会に残ってくれるのは嬉しいのだけど、部活を優先してもらって構わないからね」


 東條はその言葉に小さく頷いた。


 「さて…東條さんも残ってくれたのだけど…。何をしましょうか」


 何をするって、いつもはそんなことも聞かないだろう。この感じからして、東條が部活よりも生徒会を優先することは初めてなのか?そんな気を回す必要もないと思うのだが。


 「あ、そう言えば秋山さんと神崎君にも聞き忘れていたことがあった…。…東條さん、昨日言っていたことについて、学校でやりたい企画とかあるかな?」


 霧島の言っていたあれか…。それを、東條に聞くのか…。そういったものをやりたい性格でもなかろう。


 「あの…まだ…思いついてないです…」


 思いついてない…と言うよりは、やりたくないが正しいのではなかろうか。


 「そっか…影井君はどうかな?」

 「いや…別にやらなくてもいいじゃないですか。学校行事だけで十分ですよ」

 「そうかな…私もいろいろ考えてみたんだけどね。…何かの企画ってほど大きなことではないんだけど、一日一人か二人くらいの生徒を日ごとに決めてここに来てもらって、数分でいいので私と話し合う機会を作ってもらいたいかななんて。私もまだ全生徒のことを詳しく知っているわけではないし、普段ここへ来ようなんて考えてない人でも悩みを打ち明けられるかなって…」


 そんなもの、俺からしたら嫌すぎる。見知らぬ生徒と毎日日替わりに会えと?

 もし来てほしいって方の立場になっても俺は行きたいだなんて思えない。


 「そういうの、苦手な人だっていますよ。やめましょう。やることが余計に増えていくだけです」

 「そうかなぁ…」


 会長はやりたそうにしていたが、諦めてくれたようだ。

 そんな会話をしている時、生徒会室のドアが開いた。そこには男性の先生がいた。名前は確か神田とか言ったか。


 「花城、ちょっと話があるんだ、職員室まで来てくれ」

 「話ですか…?はい、わかりました。…ごめんね、ちょっと行ってくる。すぐ戻ってくると思うから」


 会長は席を立ち、その先生と共に生徒会室を出てから職員室まで行ってしまった。

 

 …え?ちょっと待ってくれ、二人きり?

 この子と二人きりになるなんて初めてだ、物凄く気まずい。

 東條は、じっとして下に顔を俯いていている。長い前髪に隠れて、どんな表情をしているのか見えない。今、何を考えているのかもわからない。

 しかし、彼女も俺と一緒なんだ、だからわかる。人と話したがらない、似たようなタイプなんだ。俺だって話しかけてくれなければこちらから話そうとも思わない。

 ここで無理矢理話しかけてほしいなんて思ってもないだろう。いや、話かけてほしいと思っている可能性もないとは断言できない。だが、俺なんかと会話が続くなんて思える気がしない。気を遣って話しかけてくれているなんて思うと傷つくと思う。というか俺なら傷つく、なので無闇に話しかけない方がいいだろう。

 世間話なんかをされた時に、上手く受け答えができず、言葉につっかえてしまう自分に嫌気が差すことがある。彼女を、完全に自分と同じ性質だなんて思わない方がいいだろうが、自分も同じ立場にあると考えると、変に話しかけてきても不快にしか思わないので、今はただ何も話しかけずにいた。


 ……。


 お互いに黙り、静寂な空間となっている。運動部の掛け声や吹奏楽部の音楽などが澄み切って耳に入ってくる。

 二人きりでいる空間ってのはどうもまだ慣れない。何をしたらいいのか…。この子一人を残してどこかへ逃げ出すなんてわけにもいかないよな…。


 俺は、意味もなく立ち上がり生徒会室の窓から校庭の様子でも眺めていた。なんの面白みもない。なんだか一人、俊敏に動きが凄まじい生徒がいるな、と思っていたらそれは神崎だった。相変わらずの張り切り具合だな…。

 それから、俺は少し生徒会室を出てから目安箱を持ち出して、自分の席へ座ってその中身を確認した。いつも通りくだらないことばかりが書かれていた。

 それをしばらく見ていた、すると。


 「…あの…」


 小さな声だった、しかし、確かに聞こえた。

 前を見ると東條がこちらを見ていた。髪に隠れた目線はどこを見てるのかよくわからないが確かにこちらを向いていた。

 少し驚いた。向こうから話しかけてくるとは予想外だった。


 「…何?」

 「…その…先輩がどうして生徒会に入ることになったのか切っ掛けを…ちゃんと聞きたくて…」


 弱々しいが、その可愛らしい声でそんなことを聞いてきた。

 昨日の霧島に続き、またこの質問か。俺みたいなのが生徒会にいるのがそんなにおかしいか?いや、おかしいな。

 他の人に聞こうとはしないのだろうから、知らないのだろうか。

 東條もそんなこと本気で聞きたかったのか、それともこの空気に耐えられずに話しかけたのかはわからない。それでも勇気を出して聞いてくれた質問だ、しっかりと答えてあげなければな。


 「俺は生徒会な訳じゃないんだけど…。切っ掛けということではないが…最初は会長に勧誘されたからで、それからいろんなことがあって成り行きでここにいるわけなんだ」

 「…そうなんですか…同じ…ですね」


 同じ…?


 ……。


 会話が途切れてしまった。

 いや、そこで話止めるの?ちょっと気になってしまうのだが。

 まぁ、ここで無理に聞く必要もないし、何か言いたくないことでもあるかもしれないので聞くことでもないだろう。


 ……。


 それから、また東條は下に俯いてしまった。

 会長が一向に戻ってくる様子がなかった。東條も居残ってくれているのにこれじゃあなんの意味もないが…。


 「…その…それって…何か生徒会への依頼が書いてあるんですよね…」


 東條が再び、弱々しい声でそんなことを尋ねてきた。

 それ…というのは俺が見ているこの要望用紙のことか…。


 「そうだけど…」

 「…それ、私も手伝えないでしょうか…」


 俺は普段なら、こんなことやりたいなんて言う奴がいれば遠慮なく押し付けたいところだ。しかし、こんなものを下級生の東條なんかに頼みたくなんかない。自分の立場を考えて気遣っているのかもしれない。なるべくなら部活なんて入っていない暇な俺の方がやるべきだ。

 …だが、やらせてあげるべきなのかもしれない。彼女もまた、この空間に居心地悪く感じてしまっているのかもしれない。何もせずにいることに遣る瀬なさを感じているのかもしれない。気持ちはわかる、こんな場に居させられるくらいなら、何か別に行動をするものがあればそちらに動きたくなるのはな…。このまま他人とじっといるのも苦痛だろう。

 俺はそう思い、一枚の用紙を東條へと差し出した。


 「それなら、これ頼んでもいい?」


 俺はその要望用紙の一枚に書かれていた『体育倉庫のどこかにあるはずの新品のテニスボールを探して一目でわかる場所に置いておいてほしい』との依頼を東條の方へ渡して、それを受け取った。これならすぐには終わらず、時間もかかるだろう。ゆっくりやって、見つかろうが見つからないが時間を置いてからここに帰ってくればいいさ。

 東條はその内容を確認してから小刻みに頷いてから、ゆっくりと立ち上がった。


 「…い…行ってきます」


 そう言って、東條は生徒会室のドアを開こうと手をかけようとしたその時だった。


 ガラッと生徒会室のドアが開いた。

 東條はそれにビクッと反応していた。

 一瞬、会長が戻ってきたのかと思ったが、すぐに違うとわかった。身長150センチくらいであろう小柄な東條の前には、その2、30センチほど上の高さではないかと思うくらいの大きさの見知らぬ男が立っていた。三年の生徒だ、制服をだらしなく着こなしていて、よく見れば耳にピアスを付けていた。いかにも見るだけで近寄りたくないタイプの人間だとわかった。

 って誰だよ、まさか相談者か?会長は今いないんだぞ。こんなタイミングで来るなよ…。

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