第3話 悪夢の始まり

 俺は荷物を持たされたまま、昨日と同じようにキャンパスを抜けて大学の最寄り駅まで歩かされた。

 そして、やはり昨日と同じく俺の帰る方向とは逆のホームに行くハメになった。

「あのさぁ」

「何よ」

「また昨日と同じところに行くのか?」

「違うわよ。ま、降りる駅は一緒だけど」

「今日はどこへ連れて行くつもりだ?」

「アンタも荷物持たされてばっかりでイヤでしょ? だからお茶にしましょう」

「お茶?」

「そう。ちょっと時間潰したら飲みに行くわよ」

「はぁ? 酒飲みに行くのか?」

「そうよ。何か問題でも?」

「いや、問題はねぇけどさ。なんでまた飲み屋なんだよ」

「いいでしょ? お酒を飲みたい気分なの。でも、女の子1人で居酒屋はないでしょ? バーとかに行く気分じゃないの。だから、アンタを連れていくわけ」

 確かに女の子1人で居酒屋はない。まして、こんな超絶美女が居酒屋に1人で行ったら何が起こるかわかったもんじゃない。でも、なんで俺?

「それはわかった。でも、なんでお連れが俺なんだよ。別に他のヤツでもいいだろう。男友達くらいいるんじゃないのか? サークルの人とかいないのか?」

「……そんなの……そんなのどうだっていいでしょ! とにかくアンタなの!」

 すごい剣幕だ。

 よく分からないんだが、地雷を踏んだらしい。そりゃ昨日会ったばっかりの女の子の地雷のありかなんて知るわけもない。

 とか思っているうちに、昨日と同じく急行が来た。

 それに乗って昨日と同じく4駅先の駅へ。

 彼女は昨日と同じく、足取り軽くスタスタと歩いていき、駅ビルのスタバに入った。

 適当に席を確保して、そのまま黙ってオーダーをしに行く。

 こっちはとりあえず荷物を下ろし、席に着いて一段落。席を空けるわけにもいかないので、そのまま帰ってくるまで待っていた。

「お待たせ」

「えっ? おっ?」

 自分はレギュラーのホットコーヒーだったが、俺の分まで買ってきた。しかも、別にお願いしたわけでもないのに、ちょうど喉が渇いて飲みたかったアイスコーヒーをトールで。ガムシロ、ミルクまで持ってきた。

「何? これで良かったんでしょ?」

「お、おう。ありがとうな」

「どういたしまして」

 とやりとりしたあとは無言。そりゃそうだ。こうやって相対するのは初めてなんだし、彼女のことはまったくわからない。話題の持って行きようがない。

「あのさぁ」

「アンタ、それ多いわね。何よ?」

「お前、ウチの大学なのか?」

「仮にそうだとしたら?」

「どうせ名前を聞いても教えてくれないだろうから、手の届く範囲で誰だか突き止める」

「なるほど。じゃ、そうでないとしたら?」

「お手上げだ。昨日今日だけの付き合いだと思って諦めるさ」

「はぁ? 昨日今日の付き合いって何よ?」

「え? 文字通り昨日と今日だけの付き合いって話だよ」

「あたしがいつそんなこと言った?」

「は? 何の話をしてるんだ?」

「アンタは昨日、今日だけの付き合いじゃないわよ。そんなのあたしが許さない」

「お前が許さなくたって、俺はもうお腹いっぱいだ。これ以上付き合いきれんわ」

「許さないと言ったら許さない。明日も明後日もその次も、あたしが『もういらないわ』と思うまで付き合うのよ」

「なんだそれ! 俺の都合なんか全然考えてねぇじゃねぇか。俺はお前の彼氏でもないし、奴隷でもないんだぞ」

「そんなの知ってるわよ。でも、あたしがそう宣言したらアンタはそうしなきゃダメなの。そう決まってるの。いい?」

「いい? っていいわけねぇだろ!」

「それはアンタが決めることじゃないの。あたしが決めること。さ、そろそろいい時間だから飲みに行くわよ」

「おい、ちょっと待て」

 やにわに立ち上がると、マグを返却口に戻してスタスタと店を出て行こうとしている。

 荷物を持たされているし、置いて行かれるわけにもいかないので、こっちも急いで後を付いていく。

 ビルの外に出る。

 この駅は西と東で大きく様子が違う。

 西口はどちらかというとオフィス街で、ビジネスビルが建ち並ぶ中に飲食店やコンビニがある感じ。

 東口は昔ながらの商店街といった風情で、商店街や飲み屋街はこちらに集中している。

 で、彼女は当然のように東口へ抜け、飲み屋街へ歩を進める。

「おい、どこ行くんだよ」

「決めてないわよ。どっかいいところない?」

「この駅は使わないから街の様子とか知らないよ」

「じゃ、適当でいいわね。ここに入りましょう」

 と入ったのはチェーンの居酒屋。ちょっと小洒落た雰囲気をウリにしている店だ。

「いらっしゃいませー。お客さまは2名様で」

「はい」

「じゃ、こちらへどうぞ」

 と案内されたのはパーティションで区切られた準個室みたいな席。

「こちらで」

 何事もなかったように彼女は席に座る。

 こっちは荷物を持っているので、よっこらしょといった感じで着席。どうにも格好がつかない。

 ちょっとすると、お手拭きを持ってきて飲み物のオーダーを取る。

「お飲み物お決まりですか?」

「生で」

「あたしもそれで」

 店員さんがオーダーを聞いて下がる。

「どうでもいいけどな、お前酒飲めるのか?」

「バカにしないでよ。お酒くらい飲めるわよ。人並みに」

「だったらいいけど。何かあっても面倒は見ないからな」

「そんな面倒を見られるほど弱くないわよ」

 などと言っているうちにビール到着。

 ついでにおつまみを何品か頼んで、とりあえず

「お疲れさまー」

「お、おう。お疲れさま」

 すごい勢いでジョッキを空ける。マジか。

「お前、ちょっと待て」

「何よ」

「お前、ジョッキでビール頼んだよな」

「そうよ。見ればわかるでしょ?」

「で、来た途端にどうしてもう空なんだ?」

「喉が渇いてたのよ。ビールなんて水みたいなもんじゃない」

 まぁ、そりゃそうなんだけど。多少飲んだところでそう簡単に酔っ払うもんじゃない。

 お通しとおつまみが何品か届く。

 で、

「生、もう一杯」

 俺、まだ2口くらいしか飲んでないんだけどなぁ……。

 早速持ってくる生ジョッキ。

 さすがにこれは一気には空けなかったが、俺がまだ1杯目を飲み終わらないうちに

「すみませーん、生」

 と3杯目をオーダー。どうなってるんだよ。

「お前さぁ。飲むの早くねぇ?」

「どうだっていいでしょ? アンタが遅すぎるのよ。とっとと飲んじゃいなさいよ」

「わかったよ」

 で、1杯目を空ける。

 同じタイミングで3杯目が届く。

「すみません、生おかわりで」

 こっちはやっと2杯目。

 とかやっているうちに3杯目も空いてしまう。

「すみませーん、ハイボールくださーい」

「待て待て待て。もうハイボールかよ。まだ入って30分も経ってないぞ」

「人の酒の飲み方に文句付けるとかどういう了見よ」

 ヤバい。コイツ、もう酔い始めてる。

 この後、どうなるんだ、俺……。

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