第2話 暴力女再び
翌日。
今日は午後からの講義しかない日だが、いつもより早く家を出た。
理由は明快。
昨日の暴力姉ちゃんの正体を突き止めてやろうと思ったからだ。
とは言え、ウチの大学だけでも1000人からいる学生の中から、1人の身元を割り出すなんて容易なことではない。
まして、俺は本部のキャンパスに通っているが、学部によっては別のキャンパスに通っているわけで、そこまで考えるとどう突き止めるものか悩みどころではある。
地道に聞き込みをするしかないんだが、せいぜい聞き込みの輪を広げたにしても、弱小サークルのメンバーくらいまでしか広がらない。
写真があるわけでもないので、こんなヤツ、とも言えないし手がかりは極めて少ない。
そんなことを考えているうちに学校に着いた。
授業までまだ相当に時間があるので、先に学食で昼食を簡単に済ませ、すぐにサークルの部室へ行った。
大学のサークルなんて数えていけばキリがないほどあるはずで、体育会系の部活動まで含めたらどれだけの数になるんだ、と思うのだが、ウチのサークルは機関誌のようなものを定期的に発行しているのが認められているのか、狭いながらも部室がある。
まぁ、機関誌と言っても文芸同人誌のようなもので、メンバーが思い思いに小説を書いたり俳句や短歌を詠んだりと、高校で言うなら文芸部といったところだろうか。
「おはようございまーす」
「おお、鈴谷か。今日は珍しく早いな。どうした?」
と3年生の柿谷先輩から声がかかる。この人、いつも部室にいるような気がするんだけど、授業出てるのかな、就活大丈夫なのかな、とか毎度思っている人だ。ちなみに文芸とは全然関係ない法学部にいる。
「先輩、実はちょっと尋ね人してまして」
「尋ね人?」
「女なんですけどね。強いて言うなら北川景子と米倉涼子を足して2で割ったような美人なんです。で、そいつとちょっと昨日一悶着あって、どこのどいつなんだか探してるんですよ」
「探してる、って手がかりは見た目だけじゃねぇか。しかも北川景子と米倉涼子を足して2で割った見た目ってどんなだよ」
「いや、見た目は北川景子似なんですけど、中身が米倉涼子っぽく上から目線で命令する感じなんですよね。そんな女知りません?」
「法学部はそもそも女が少ないからな。北川景子に似てるって言えば相当の美人だと思うけど、そんな美人は見たことないなぁ」
「そうですかぁ……そうですよねぇ……」
「その女と鈴谷の間に何があったんだ?」
「いやぁ、その、一言では言い表せないいろいろがありまして……色恋沙汰じゃないですから」
「なんだ、つまらんなぁ」
と言っているうちに、2年生の先輩も3人入ってきた。
経済学部と商学部と文学部史学科。
同じように聞いてみたが、やはり手がかりなし。口を揃えて「そんな美人なら見ればすぐにわかる」という話。ごもっとも。
手がかりなしかぁ……と思っているうちに講義の時間が迫ってきたので、部室を後にする。
俺は文学部日本文学科。
2/3は女子だが、昨日のあの姉ちゃんみたいに超絶美女はいない。
「よっ、鈴谷。浮かない顔してどうした?」
と声をかけてきたのは、入学当初からなぜか馬の合う熊野雅美だ。
こいつも超絶、ではないが十分に美人。もう手の早いヤツは声をかけているんじゃないかと思っているが、その辺は敢えて触れないでいる。面倒ごとはご免だからだ。
「まぁ、いろいろあってな……そうだ、熊野さ」
「何よ」
「お前の友達に超絶美女はいねぇ? 北川景子似の」
「……そうねぇ……超絶美女には心当たりがないでもないけど、北川景子には似てないわね」
「それでもいいや、そいつの名前教えてくれる?」
「いいけど……安野恵。ただ、ウチの大学じゃないわよ。横浜女子学館に行ったはず」
「女子大かぁ……ウチの大学じゃないってところで違うよなぁ、きっと」
「その超絶美女がどうかしたの?」
「いやぁ、ちょっといろいろあってな。色恋沙汰じゃないんだけど、見た目以外に何の手がかりもなくってね」
「そんなの探すの無理だって。砂漠で砂金見つけるようなもんじゃない」
「そうだよなぁ……」
などと言っているうちに講義が始まる。
2コマ終えて今日の講義はおしまい。
いつもなら部室に寄って、ちょこっとヒマを潰してからバイトに行くところだが、もう今日は部室に顔を出しているのでそのままスルー。
バイトへ行く前にちょっとお茶でもして考えるか、と思っていた矢先、後頭部を「ドカッ」と鈍器で殴られたような衝撃が。
「いってぇー」
イヤな予感はした。したが、ゆっくり振り向くとまたヤツがいた。
「授業お疲れさま。さ、この荷物を持って」
「お前か。昨日から言ってるが、どうしてお前の荷物を持たなきゃいけねぇんだよ」
「あら、だって昨日は持ってくれたじゃない」
「昨日は昨日、今日は今日だ。それに俺はこれからバイトだ」
「アンタのバイトなんてあたしには関係ないわ。さぁ、早く持って」
「お前に関係なくても、俺には大有りだ。今日は荷物持ちなんてやってられねぇんだよ。じゃあな」
「……そうやって……」
小声で一言言うと、涙が……。
待て。
どうして荷物持ちを断っただけで泣かれなきゃいけないんだ。おかしいだろ。
グスッ、グスッ……。
その場にしゃがみ込んで、さめざめと泣き始めた。
横を通り過ぎる学生の視線が痛い。
女を泣かせているとはお前何様だ? という糾弾の声が心に聞こえて刺さる……。
ここで手を差し伸べて言う通りにしてやれば、この目線と静かな糾弾の声からは逃れられる。でも、ここで手を差し伸べたらきっと明日も明後日も同じことが続くだろう……。
そんな思考が0コンマ何秒かで回転し……。
「泣くな。わかったよ、荷物持ってやるからもう泣くな」
「本当?……」
「本当だよ。しょうがねぇからバイトは休みにしてやる。その代わりこれっきりにしてくれ」
「……イヤ……」
今、小声で聞き取れなかったけど『イヤ』って言わなかったか、コイツ。
「うわーーーーん」
「わかった、大声で泣くな。わかったから。とにかく立て」
「本当にわかった?」
「わかったから。もう泣かないでくれ」
「……わかった」
と言うと号泣してたのがウソのように晴れやかな笑顔になった。
「さぁ、じゃあ荷物を持ってちょうだい」
「お前、泣いてたんじゃなかったのか? なんだその笑顔は」
「泣いてたわよ。目の周り少し腫れてるのわかるでしょ。アンタが悪いのよ。だからはい、荷物持って」
「わかったよ、寄こせ」
と言って荷物をひったくる。が、昨日と同じく何を入れているのが知らないが、ズシッと来る。
「お前、この中に一体何を入れてるんだよ」
「なんだっていいでしょ? さ、行くわよ」
結局、昨日に続いて今日も荷物持ちをやらされるハメになった。
コイツが昨日、去り際に『また明日』と言ったのは本当だったのだ。
そして、俺はただただ途方に暮れる……。
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