最強カワイイ魔王様は育成が苦手みたいです~JKは魔王様と一緒に勇者を立派に育て上げる~

I田㊙/あいだまるひ

第一章

第1話 転移して魔王様とガールミーツガール

 ◆ ◆ ◆


 私の名前はシズク。ナバリシズク。

 黒く艶のある長髪が自慢の日本人、16歳の女子高校生である。

 普通、だと自分では思っているけど、どうやら少し普通じゃないところもある。自分の秘密、なんて大それたものではないけれど、言うのも恥ずかしいのでこの場では伏せる。

 きっと、追い追い分かるだろうから。


 ――トラックに敷かれ不運と踊りそうな男の子を助けて、ドカーンとあれがこうなって、どうやらこの世界に転移してきたらしい。

 その辺はもう、日本のありとあらゆる場所で起こっている様なので、端折はしょる。

 登校中の出来事だったので、こちらの世界には制服で来てしまった。

 トラックとぶつかった時に、持っていた鞄が飛ばされてしまったのか、なんか便利道具的なスマホとか文房具とか、お菓子とかは全てあっちに置いてきてしまったようだ。まさに、身一つで異世界に来てしまったのだ。

 裸でなかっただけマシなのだろうか。

 普通こういう時って、その時は握ってなくても、持ってきてるもんだよね。違うの? もしくはなんか神様的なあれに『手違いだったんじゃ。すまんかったのう』とか言われながらハーレムを作れるようなすごい特典を選ばせてもらえるものだと思っていた。まあ、別にハーレムが作りたかったわけではないけれど。

 とにかく右も左も分からず、制服姿で森の中に落とされた私は、とりあえず誰かと出会うべく彷徨さまようつもりだった。

 そういう考えなしで場当たり的な行動が、主人公的ポジションの常套お決まりだとその時は思ったのだ。

 ――が、その考えは一瞬で撤回した。

 今の私には得物エモノもないし、あまり動いては危険だと私の第六感シックスセンスが囁いてきた(私は勘はいい方だ)ので、転生場所の近くにあった、ご神木かと思うほどのでっかいでっかい木のうろで、大体の時間を過ごすことにした。

 私が横になってもまだスペースに余裕のある洞の中に、多分この樹の葉であろうものすごく大きな葉っぱなどを重ねて敷いて、更にもう一枚を掛布団にして、引き籠っていた。

 洞に引き籠って二日目に、「オッペンニョン! ンポロロロロ!」みたいな声が聴こえた時には、人かと思い洞の外に出ようと思った。

 しかし、人があんな声を出していたらむしろ近付いたらダメな部類の相手だなと途中で気付いて(不思議と、この世界の言葉かとは思わなかった)、洞の中から出るのをやめた。今にして思えば、それは正解だった。

 しかし空腹には抗えない。

 もしあの時持っていた鞄があったなら、その中には授業中に食べるつもりの、そばボーロとか、かりんとうとか、すごく甘いカラフルなウェハースとか、オブラートに包まれた固いゼリーとか、銀色の紙で包まれたマグロのおつまみがあったのに……。

 お菓子のチョイスが古いとよく友達に言われていたが、それは私が祖母と長い間住んでいたからだ。好きなものを食べて何が悪い。今言っても仕方のないことだと分かりながら、どうでもいい思考を止められない。

 暇だったのだ。

 スマホもPCも本もない。現代の暇つぶし娯楽道具を知ってしまっている私にとっては、この、なにもしない時間は苦痛だった。とにかく、暇だったのだ。

 この手持無沙汰な気持ちの他に、もちろん空腹にも耐えかねて、私は周りの安全を確認しながら、この樹を拠点に食べ物を探しては戻った。綺麗な水場は思いのほか近くにあったし、適当に拾った果実やきのこでも、毒などには当たらなかった。

 なにせ私は、勘がいい方なのだ。

 あと、毎日同じ服を着るのは嫌なので、大きな葉っぱで服を作った。めちゃくちゃたくさん落ちていたので、材料には事欠かなかった。

 私にだって異世界でもJKとしての誇りが少しばかり残ってはいたけれど、背に腹は代えられない。『その辺の木の蔓と葉っぱを使ってエッジを利かせたモテカワコーデ☆』で、時代を先取るどころか旧石器時代かそれより前程度までさかのぼりながら、制服を洗う時などをしのいだ。

 だってやっぱり背に腹は代えられないのだ(大事な事なので二回言った)。

 あの服を初めて着た時は、JKどころか現代人としての尊厳を失った気がするけれど、誰も見ていないのだし、いいかなと思ったのだ。あと、着心地も思っているより悪くなかった。

 って怖い。

 そういえば転生後、眼鏡もなくなっていた。私は目が悪く、眼鏡がないと一メートル先の障害物にさえ気付かず、すっころぶ始末だったが、どうやら目が良くなり、眼鏡がなくてもとても良く見えるようになった。小学生時以来のクリアな視界に心が躍った。

 もしかしたら異世界転生特典って、だったのだろうか。特典にしては地味すぎる上に投げやりな気がするが。

 でも、それだけでも割と転生して良かったなと思えた私は、危機感というやつが希薄過ぎるのかもしれない。

 そういえば友達の野乃花ののかも、「あんたのそのが付くほど楽天的なとこは、長所でもあり短所でもあるね」と、言っていたなあと不意に思い出して、一人で笑っていた。

 朝、眼鏡眼鏡とその辺をもぞもぞと探る必要がなくなったので、それはとても喜ばしいことだった。


 ――森の中で数週間過ごして気付いたのは、ここが自分のいた世界と間違いなく違い、恐らく一般的にと呼ばれるであろう場所だということだった。

 植物は毒々しい色合いのものが多いし、めちゃくちゃ強そうな魔物がその辺りを闊歩かっぽしているし、どう考えても始まりの村的な場所は近くになさそうだった。

 なので、私はとりあえず人に会うことを諦めて、生きられる限りは生きるかなぁと、ぼんやりと決めた。


 そんな魔界の森らしき場所で三週間ほど、気ままに過ごしていた私を拾ってくれたのが、この世界の魔王である、モカ・ドルク・マルキダス・ディルモット様。

 モカ様であった。

 彼女と出会った日はちょうど制服を着ていた日だったので、『全身緑でこの世界と私は一心同体☆アースコーデ・デイ』ではなかった。全身緑とはいえ、枯葉や色の違う毒々しい色の葉っぱを使って、おしゃれな模様を縫い付けてみたり(暇だったので針は木の枝を石をヤスリ代わりに使って削り、糸はその辺にあったやたら頑丈な蜘蛛の巣で)、フォルムや着心地も追及してみたりして、その頃には自分を新進気鋭の服飾アーティストと思い込んでいた部分もあったので、割と制服を着ている日は減っていた。

 って怖い。

 今思えば、運命の出会いの日にあの恰好では、どうにも締まらない絵面だっただろうから、やっぱり制服の日で良かったと思う。


「お前、良い服を着ているな?」


 ――モカ様が馬上から、興味津々に私を見てそう言ったのが、運命の始まりだった。


 制服のおかげでモカ様の目に留まることができたのだろうから、やはり制服は偉大だ。

 制服は神!! 制服最高!!

 制服はその存在自体が無限の可能性を秘めているのだ!!


 そういえば、本来なら全然関係ないだろうけれど、モカという名は私が飼っていたミニチュアダックスフントと偶然にも同じ名前だ。ワイヤーヘアの彼女は、気が強くお転婆だったが、とても人間が大好きな女の子だった。そんなところにも運命を感じてしまったのだ。

 チョコとかココアとかシナモンなどは、ふわふわの茶色い犬の定番の名前だろう。ご多分に漏れず、うちで飼っていた犬もモカだった。名付けたのは、私ではなく祖母だったが。


 彼女は、とても可愛かった。あ、今言っているのは犬の方ではなく、魔王のモカ様の方である。

 身長は、130センチくらいだろうか、もう少し高いかもしれない。くりくりとした気の強そうな紅い瞳は、陳腐な言い方しかできないがルビーみたいにキラキラと妖しく光っていて。そして何よりもその赤みのある茶色で少しウェーブがかった髪が、飼っていたモカそのものだった。モカの毛なのだ。少し固そうな、だが実際触ると思っているより柔らかなあの毛……!!

 そして、頭の横から下に伸びて、先っぽがと外を向いた角。乳白色のそれは、角なのだと一目見れば分かる。分かっているのだけれど……。 

 でもそれは、ふわふわの髪の毛に紛れて、異世界ハイであった私の目には、モカの垂れた耳に見えたのだ。

 「モカちゃん!! モカちゃんもこの世界で生まれ変わってたの!?」と、危うくシャウトしそうになったほどだ。

 魔王と言うには幼なすぎ、可愛すぎる彼女の容貌。

 自信たっぷりににんまりと笑うと大きな八重歯が覗く。それを見るとやはり人ではないのだなと思えた。そして、その八重歯も犬のモカそっくりだった。

 そして魔王である彼女の服装は、彼女に似合いすぎて狙いすぎな黒のゴスロリ。

 ゴスロリ魔王である。

 ただのロリータではなくあえて冷たさを出すことによって、頽廃たいはい的な崇高さが見える。まさに魔王の彼女の為にある様な、そういったゾクゾクとした恐怖を見事に纏っていた。

 モカ様はそもそも本来の意味でロリータ魅力的な少女であり、そこに単純にゴシック様式を足すことによって、それだけで美少女魔王としてある種完成していると断言できただろうと思う。

 だが、彼女が着ているのはいわゆるゴシック服ではなく、ゴシック&ロリータ服。ゴスロリ服なのである。それによって、ただの恐怖や冷たさではなく、その容貌の中にある甘さが、ファーストインパクト以降もじんわりと暖かく腹に響いてくる。彼女は魔王であるが同時に可憐な少女であり、それは彼女の魅力の一つである、とこのコーディネーターは分かってやっているのだ。

 おい! このコーディネートをしたのは誰だ!! コーディネーターを出せ!! 

 出てきたら私はこう言ってやるのだ。


『いい仕事してますねぇ~。その感性、大切になすってください』


 彼か彼女か分からないが、惜しみない賛辞を送ろう。

 グッジョブである。

 

 魔王と分かっても私が彼女に抱いたのはおそれではなく、親愛。

 彼女に仕えるのがこの世界に転生してきた私のなのだと、ビビッと来てしまった。



 ――私は、勘がいい方なのだ。

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