或る男

@mental_health


 私とあの女性との関係をここに告白したいと思います。何分、仕事では文字を打つものの、人様に読ませる文章とやらには全くと言っていいほど縁がなかったものですから、知識人でも文壇家でもないために読み辛く、また多分に目を滑らせてしまうことをまずは冒頭にてお詫び致します。


 さて、あの女性。


 固有名詞でなく申し訳ありません、まだ名前を出すには至らないかと思ったこととあの女性の名というのは本当の名ではなく仮の名で、つまりは源氏名というものしか私はある時まで知らなかったのです。


 あの女性と出会ったのは昨年のこの時期でありました。脳みそが蕩れて蒸発してしまいそうな長い長い夏が過ぎ、一気に冬の、人の心も肉体も凍らせてしまいそうな季節がそろりそろりと足音を忍ばせ這い寄ってくることに気づき始める十月の終わり頃です。


 私は所謂M、マゾヒストでありました。

とはいえ、世間で知られているような裸体を毛羽立った麻縄で舐られることや蝋を垂らされて嬌声をあげるような痛みや苦痛に支配されることに強い憧れを抱いていた訳ではありません。


 簡潔に言うならば、『をのこ』である私を『をとこ』ではないと嘲笑してくれる『をんな』様に狂信し、畏れ多くも可能ならばその肉体を自らの舌や指で汚させて頂き、そこでまたお叱りを受けたい······、というような口に出すのもはばかられる屈折した欲求を精通をした十二、三の時分から持ち続けていたのであります。


 しかしながら、先程『をのこ』と書いたように私は男らしさに欠ける肉体でまもなく三十路を迎えようとしています。昆虫のナナフシを無理にヒトの形に鋳造したような体、連日電子計算機に向かった結果、暗く澱んだ目と自信の欠片もない猫背。日に当たる習慣がないものですから白く血管が浮いて見えるような末成りの肌。


 とても、混凝土の街を颯爽にカツンカツンと闊歩される『をんな』 様に好意を、興味を一寸でも抱いて頂けるような容姿はしておりませんでした。

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