上司がぐいぐいくるのでタジタジです。

第54話 ランチデート

 そんなこんなで厳戒態勢を自分なりに敷いていたが――一方大河とのランチも当日に迫ったこともあり、六華は昨晩からずっと緊張していた。

 あまりにも楽しみにしすぎてそわそわして眠れず、今朝も遅刻ギリギリになってしまったのはここだけの話である。


(十一時を過ぎてから三分刻みに時計見てる気がする……)


 詰め所はひとり浮ついた六華と違っていつもと変わらない。警備巡回に行く者と、その後の事務仕事をする者がいてという、通常の三番隊の風景だ。

 ただ今日は隊長の久我大河が休みなので、代わりに山尾が今月行われる新嘗祭にいなめさいの会議に警備担当として出席しているくらいだ。


「りっちゃん、なんだか今日いつにもまして落ち着きがないね」

「えっ!?」


 若干悪口にも聞こえないこともないが、事実である。

 六華はぎょっとしてキーボードを打つ手が止まった。

 こんなことに気が付くなんて相変わらず勘が鋭い。恐ろしい男だ。


「べっ、べつに何にもないですよ」


 久我大河とランチに行くなんて、さすがに話せることではない。話を変えようと、若干強引ではあるが玲に話題を振ることにした。


「そういえば玲さん、柚木さんとはどうなったんですか?」

「どうなったって?」


 玲がきょとん顔で首をかしげる。


「だからー。ふたりの仲ですよ」


 あのあと玲はすぐに戻ってきたが、柚木の目は本気だった。絶対に玲に惚れている。あの目を見た以上、それっきりということはないと思う六華である。

 だが玲の返事は思っていたのとはまるで違った。


「いや、別に」

「ええっ……」


 思わず目をむく六華だが、玲はあっさりしたものだ。


「まぁ、彼女は素敵な女性だとは思うけど、こういう仕事だしね」

「こういう仕事って……」

「いつ死ぬかわからないでしょ」


 玲はさらりと言って、自分のパソコンの画面に向き合う。


「玲さん……」


 清川玲という男は、とにかく人当たりがよく、人を不安にさせない。いつもニコニコしてまさに指導係の鏡のような男なのである。

 彼の口からそんな言葉が出るとは少し意外だった。


「まぁ、死なないにしてもケガはちょいちょいあるし。入院も多いし」


 玲の視線が、長らく体調不良で空席になっているという、同僚のデスクへと向けられる。

 確かに玲の言うとおり竜宮警備隊は武装集団だ。普段は警備が主だが、ひとたび陰の気やあやかしが竜宮に出現すればその駆除に駆り出される。

 傷一つおわない日もあるがそれはまれだ。怪我を負うことも多いし、積み重なれば精神的にダメージも受ける。

 特に強い霊感を持つ人間ほど、PTSDを患って除隊になると聞いた。


(私は霊感があまりないからわからないけど……確かに竜宮のあちこちで見えないものが見えたなら、どこにいてもまったく気が休まらないだろうな)


 周囲は六華の鋭さを霊感ではなく『野生の勘』と言って揶揄やゆするが、ある意味それが自分の身を守っているのかもしれなかった。


「あ、でも僕はりっちゃんなら真面目なお付き合いもOKだな~。君がそばにいてくれたら、なんだか悪いこと起こらない気がするし」


 相変わらずの軽口だ。


「私のこと、魔よけか何かと勘違いしてません?」


 六華はあははと笑って、壁の時計を見上げた。


(あと一分……)


 十二時のチャイムが鳴ったら、六華は光の速さでここを飛び出して、大河との待ち合わせ場所へと向かう予定だ。


「魔よけかぁ……だとしたらもっと早く出会いたかったな」

「なに言ってるんですか、玲さん。玲さんはめちゃくちゃ強い人ですよ。私なんかいなくたって大丈夫。心配しないで」


 玲は強くて優しい。そしてたくさんの人に信頼されて愛されている。

 そんな彼が自分のような若干はみ出し気味の人間に、泣き言をいうなんて珍しいと思いつつ、六華は壁にかかっている時計の針が十二時を指したのを見て立ち上がった。

 励ますように玲の肩をとんとんと叩いて、私服のコートをつかみ「じゃあお昼行ってきますね」と詰め所を飛び出していた。

 玲のどこか傷ついたような寂しげな瞳には気づかずに――。




 六華たち警備隊は、業務中、多々拘束されることも多いのでお昼の休憩時間が普通の事務員よりも長い。

 詰め所を出て竜宮を小走りに駆け抜け坂下門を飛び出すと、長い松並木の下に長身の男が立っているのが見えた。恐ろしく長い足を黒のストレッチパンツで包み、白いシャツの上に黒のフード付きボアジャケットを着こんでいる。足元は少しごつめのブーツを履いていて、黙って立っているだけなのに撮影中のモデルにしか見えない。

 どこかにカメラがいてもおかしくないと、本気で思ってしまった。


(かっ……かっこいいっ……! 素敵すぎて死んでしまう……!)


 六華はテレテレと緩んでしまう頬を両手でぱしっと叩き、大河に向かって全速力で駆け寄っていく。

 六華の足音に気が付いた大河が顔を上げるのと、

「おっ、お待たせしましたっ……!」

 六華が頭を下げるのとはほぼ同時だった。


「待ってないから気にするな」


 久我大河はくすっと笑って、ジャケットに突っ込んでいた手を出すと、そのまま六華の頭の上に手をやった。


「髪、ばさばさになってるぞ」

「えっ……」


 言われて慌てて頭部に手をやると、たしかにふわふわのくせっ毛があちこちに跳ねているではないか。


(は、は、恥ずかしい……)

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