第52話 事件再び


 行ってしまった大河の代わりにやってきたのは、案の定、玲だった。


「おまたせー」


 軽やかに走ってくる玲は、相変わらずさわやかで見目麗しい。

 隣に並びながら、肩にぶかぶかのコートをのせている六華を見て「あれ」と目を丸くした。


「それ、隊長の?」

「あ、うん……」


 ずばり指摘されて六華の頬が赤らむ。

 彼に一瞬抱きしめられたことを思い出し、意味もなくコートの襟のあたりを指でなぞりながら、どんな顔をしていいかわからずうつむいてしまった。


「へーへー……」


 玲は勘の鋭い男でそしてなによりモテる。六華の態度でピンと来たようだ。上がった息を整えながら、にやにやと意味深な笑顔を浮かべて六華の顔を覗き込んできた。


「もしかして、りっちゃん……隊長さんのこと」

「いや、そういうんじゃないから!」


 明らかに動揺する六華だが、そんな稚拙ちせつな言い訳が玲に通用するはずがない。またまたーと流されてしまった。


「ふーん? それにしても意外だったなぁ。まさか鉄壁のりっちゃんが隊長さんのことをねぇ……」


 そして妙にまじめな顔で六華を見つめる。


「で、ふたりは付き合ってるの?」

「つっ、付き合う!?」


 六華は目を白黒させるが、玲はなにを言ってるのと苦笑する。


「好きあってるならそうなるのが自然でしょ」

「いや……付き合うとか、そういうんじゃ……」


 想像してなかった玲の言葉に六華はしろどもどろになる。


「えっ、どうして? 別にうちは職場恋愛禁止じゃないでしょ」

「それはそうですけど」


 六華はごにょごにょとつぶやきながら、大河のことを考えていた。


(私と久我大河が職場恋愛? 全然ぴんとこないんだけど……)


 六華が彼を愛さずにはいられないように、大河もまたなにかを感じて六華を知りたいと言ってくれている――彼から向けられるまっすぐでごまかしのない好意は、六華にとって心を騒がせる熱い感情だ。


 だがだからと言って、それが普通の男女のお付き合いにつながるのだろうか。

 六華は大人の男女交際は未経験と言っていいレベルだが、久我大河が六華と普通に男女交際をするのかと考えたら疑問しか浮かんでこない。


(むしろ……久我大河はぐいぐいくるけど、それ以上はなさそうっていうか……)


『お前はまっすぐだ。俺のように歪んではいない』

『お前はそのままでいてくれよ』


 彼が刹那の恋を望んでいるかどうかなんてわからないけれど、久我大河自身が時折、自分には先がないといわんばかりの態度をとることが六華は気になっていた。


 そんな人と、どうやって恋をしたらいいのだろうか。


「りっちゃん、浮かない顔だね。なにか事情があるのかな。からかってごめんね」


 事情は分からなくても、なにか問題があると感じ取ったようだ。

 六華の横顔を見て玲がつぶやく。


「あ……いや、私こそ仕事中にごめんなさい」


 六華はふうっと息を吐いて、顔を上げにっこりと玲に微笑みかける。


「でも、気遣ってくれてありがとう」


 その顔を見て、玲は一瞬虚を突かれたような表情になり、それから少しおちゃらけた様子で口を開く。


「てかさ、本気で僕はどうかな」

「――へ?」

「そこそこの貴族の次男坊という、お気楽な身分の上に、見た目もいいしなにより気が利く男だよ。遊んでるように見えて本気になれば一途だし。お買い得だよ。お値打ちだと思うよ?」


 そしてパチンとウインクをする。


「玲さん……」


 六華は苦笑して、自分をまっすぐに見つめる玲を見返す。

 ほんの数秒、視線が絡まって。


「お気持ちだけいただいておきます」


 六華はふふっと笑って、そう言った。


「ああー、またふられたー!」


 玲は手の甲を額に当てて、大げさにのけぞる。


(玲さんってほんといい人だな)


 雰囲気が悪くならないように、いつもこうやって気遣ってくれるのだろう。

 そうやってニコニコしていると――。


「玲様?」


 遠くから涼し気な女性の声がした。

 人の気配に反射的に珊瑚の鍔つばに指をかけた六華だが、ややして木々の向こうから姿を現したのは、白小袖に紅の袴姿の若い女性である。


(なぜこんなところに竜宮の女官が?)


 珊瑚に手をかけたまま隣の玲を見上げると、

柚木ゆのきさん」

 と、玲が軽く手を上げた。

 すると女官はパッと花が開くような笑顔になって、駆け寄ってきた。

 どうやら玲の知り合いらしいが、彼女の日本人形のような白い顔に愛らしい顔立ちにはやはり見覚えがある。

 じっと見つめて思い出した。


「あっ、あの時の!」


 そう玲と巡回中に助けた女性だ。

 柚木さんと呼ばれた彼女は、頬を赤らめて玲を見上げている。隣にいる六華など目に入らないようだ。熱っぽい視線で玲を見つめているものだから、そういうことに疎い六華もピンときた。


(玲さんがまたモテている……!)


 三番隊で一番モテるといっても過言ではない。

 さすがだなと感心していると、

「そんなに見つめられては穴が開きそうだな」

 玲は苦笑して、それから六華に顔を向けた。


「こちら、後宮に勤める女官の柚木さんだよ」

灯里あかりと呼んでくださいと申し上げていますのに……」


 彼女はほうっとため息をつくと、そこでようやく六華の存在に気が付いたらしい。


「あなたが三番隊の矢野目さんね」

 と、品よくほほ笑んだ。


「はい。矢野目六華と申します」


 珊瑚から手を放し、六華は軽く会釈をする。


「ところで柚木さん、どうしてここへ?」


 玲が軽く首をかしげる。


「先ほど詰め所に伺ったら玲様は宝物庫だと教えてもらったので」


 柚木はうっとりと見とれていた顔を引き締めて、玲にずいっと一歩近づいた。


「なにか?」


 玲は押されたように半歩下がるが柚木は動じていなかった。


「――またですわ」

「また?」


 玲の眉がかすかに寄せられる。


「また、行方不明者が出たのですっ!」

「え?」


 まさかの展開に、六華と玲は驚いて顔を見合わせた。


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