上司と急接近してます。
第11話 任務
翌日から六華はまじめに働いた。
いつも以上に竜宮を念入りに巡回して回り、頼まれるよりも前に率先して同僚の事務仕事も手伝った。
「りっちゃん、この一週間すごく張り切ってるよね。どうしたの?」
隣のデスクで報告書を作成していた玲が不思議そうに首をかしげる。
詰所には隊士のためのデスクが三十ほど置いてあるのだが、恒例の宮中祭事の警備で隊長含め大半が出払っていた。残っているのは事務方の四、五人程度だ。
まだ六華は新米扱いのため宮中の行事には参加できない。指導係の玲と一緒に、たまりにたまったデスクの仕事を片付けていた。
「いやぁ……まぁ……はりきってるというかなんというか」
玲の指摘に、六華はごまかすようにごにょごにょとつぶやく。
「あ、わかった。冬のボーナスの査定もあるし、新しい隊長にいいところを見せようっていうんだね?」
ウインク交じりの彼の冗談を聞いて、六華は苦笑する。
「私が入隊してまだ半年じゃないですか。ボーナスなんて考えてませんでしたよ」
六華はわざと隊長の件には触れず、またWordに向かい合う。
もちろん六華は隊長にいいところを見せようなんて考えていない。
(むしろ逆で極力悪目立ちしないようしてるだけなんだよね……)
あれから新隊長こと、久我大河とまともに会話はしていない。
もちろん社会人として最低限の挨拶や報告くらいはするが、それ以外はまったくのノータッチだった。
(とにかく久我大河に近づかないでおこう……それしかない)
だが事態は思いもよらない方向へと向かっていってしまう。
運命は少しずつ動き出していたのだ。
それから数日後のお昼前――。
突然山尾から執務室に呼び出された六華は、戦々恐々としていた。
(なんの呼び出し? もしかして、久我大河との関係がバレたとか……?)
そんなはずはないと思いながらも、最悪の事態を考えると動機がしてくる。
二十畳ほどの広さの執務室は、左右の本棚だけでなく、床にも本が重なっている。読書家の山尾らしい部屋だ。
「失礼します」
絶妙なバランスで積みあがっている本を蹴とばさないように気をつけながら、六華は部屋の奥の大きなデスクに座った山尾の前に立った。
「ああ、急に呼びつけて悪かったね」
山尾はいつもの人のよさそうな笑顔で目を細めると、眼鏡を中指で押しあげた。
「君に特殊任務があってね」
「特殊任務?」
三番隊に入隊してはや半年。特殊任務など一度も命じられたことがなかった六華は、嬉しい気持ちと、それ以上の緊張感で背筋を伸ばす。
「それはいったい?」
六華がけげんそうに眉根を寄せると、山尾は椅子に座ったまま六華を見あげた。
「今晩宮中で開催される、晩さん会に参加してもらいたい」
「警備ですか?」
だとしたらそれは六華たち三番隊の通常業務だ。特殊というほどではない。
「いや、正確には違う。あくまでも君には、一般客のふりをして参加してもらいたいんだ」
山尾はデスクの一番上の引き出しを開け、中からブルーの封筒を取り出した。
「これが招待状」
六華は金の縁取りがされたロイヤルブルーの封筒を手に取った。
うっすらと型押しで竜の紋章が見える。正式な竜宮の招待状だ。
「……これは」
六華のつぶやきに、山尾はうなずく。
「皇太子妃殿下に脅迫状が届いた」
「っ……」
山尾の言葉に、思わず背筋が伸びた。
(お姉ちゃんに脅迫状!)
恐れていたことが現実になり、六華は息をのむ。
「欠席するという手もあると周囲はお止めしたが、皇太子妃も微妙な立場だ。ご出席を決意され、最終的に殿下もそれをお許しになった」
「――そうですね。姉なら……脅迫に屈しないと思います」
六華はぎりっと唇をかむ。
去年、双葉が妃の一人として正式に召し上げられる前からずっと、このことを危惧していた。
双葉は皇太子のお手が付いてすぐ、竜宮職員だった当時から、仕事のミスをなすりつけられたり、職場内で嫌がらせを受け始めた。
だが双葉はどれだけ嫌がらせをされても黙って耐えていた。
『私のような身分の低い者が、殿下の御情けをいただけば、そういうこともあるでしょう』と、皇太子に告げ口をすることもなかったのだ。
もちろん今は職員時代のような嫌がらせはなくなったが、貧乏士族の娘が皇太子殿下の子を宿すという事実は、双葉の立場をどんどん複雑にしている。
だが双葉は屈しない。どんな権力にも悪意にも、決して負けたりしない。
見た目はまるで違うタイプの姉妹だが、頑固でこうと決めたら一直線なのは、周囲からよく似ていると言われていた。
だからこそ六華は、姉を誇らしく思うと同時に、そのうち命を狙われるのではないかと考え、一念発起して竜宮警備隊に入隊することにしたのだ。
第一希望は双葉の近くにいられる第一部隊だったが、六華が配属されたのは武力部隊の三番隊だ。
剣の腕で、男に劣ると思ったことはない。男ばかりの部隊にいれられて正直驚いたが、竜宮を護るということは双葉を護ることでもあるので、六華は納得している。
(そうだ、私はこの日のために入隊したんだ……ようやく勤めが果たせる日が来た!)
六華はきりっとした表情になりうなずいた。
「わかりました。絶対に……お守りします!」
力強い六華の返事に、山尾はにっこりと優しい笑みを浮かべる。
「よかった。じゃあ詳細は久我君に聞いてくれるかな」
「えっ!?」
思わず耳を疑った。
六華はポカンと口と目を開けて、山尾のデスクに詰め寄っていた。
「えっ、ええっ、ちょっと待ってください、私ひとりじゃないんですか?」
山尾は六華の驚いた顔を見て、ふふっと笑う。
「いやいやなにを言ってるんだい、六華君。晩さん会に参加するんだから、女性ひとりはおかしいだろう。久我君には君のパートナーを演じてもらう」
「パッ、パートナーって……!」
なぜ避けていた相手と組まされることになるのか。
六華は激しく動揺しつつ、手元の招待状を見つめる。
(そりゃあ、一般客を装うなら男女ペアが基本かもしれないけども……!)
理屈ではわかるが、組む相手が久我大河といわれると素直に「はい」と言えない。簡単に受け入れられない。
「待ってください、なぜ久我隊長なんですか? 男性なら玲さんでもいいのでは! っていうか、私とあの人でうまくいくとは思えないんですけど……!」
我ながら往生際が悪いと思ったが大声で叫んでしまった。
先日の決闘騒ぎから、六華と久我大河の間には、なんともいえない空気の悪さが存在しているということを、山尾は知っているはずだ。
「それは――」
山尾が口を開き言葉を続けようとした瞬間、
「俺が一緒で、悪かったな」
不機嫌そうな声が割って入った。
「ひっ……!」
驚いて振り返れば、入り口のドアにもたれるように隊服姿の久我大河が立っている。しかも眉間のしわはかなり深い。
(や……やってしまった……!)
六華の顔から、サーッと血の気が引いた。
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