第7話清宗先輩が空から落ちてくる

 彼女は服についた汚れを手で払う。制服の上に青と白のカラーのパーカーを重ね着していて、髪には赤いライン。そこで私は彼女が誰なのか気づいた。顔にも多少見覚えがある。この学校では有名人といっていいだろう問題児だ。

「倉木四余さん」

「ん? なに?」

「一年C組の、倉木四余さん」

「そうだけど?」

「わたし、あなたとクラスメイト」

「ふうん。そうなんだ」

「あなた、学年一の問題児で、問題起こして謹慎処分中で、芸術家の、」

「うん。そうだよ。その倉木四余ですけど。なに?」

 天から降ってきた女子は、まさに私が探すべき逸材だ。

「あのね、わたし、槙島るるか。るるかでいいです」

「は?」

「わたしを助けてください」

「はあ?」

 彼女は怪訝な声で答える。なるほど、それはまあ、そういうリアクションになるのか。

「ええと、ですね。人工知能探求部にとって、あなたほどの逸材はいないんです。ここで出会ったのは何かの縁だと思わない?」

「思うと思うか?」

 彼女はとても迷惑そうな顔で言う。それはまあ、そうなるか。

 しかし私もこの好機を逃したくない。清宗先輩から言い渡されたミッション。文化祭展示で人知部の価値を学校側に認めさせるための企画に必要な、協力者。彼女ほどそれを頼む相手に相応しい人物はこの学校にいないだろう。謹慎中のはずの彼女とここで会えた偶然を活かせなかったら、もうこのミッションは達成不可能かもしれない。その思いで私は彼女に訴え続けた。迷惑そうな彼女に対して、とにかくこちらの事情を一方的にでも説明する。が、まったく相手にされない。

「帰る」

 彼女は低い位置の枝にひっかかったままだった鞄をジャンプしてつかみ取ると、その場を離れようとした。

「あ、倉木さん、傘忘れてるよ」私は言った。

「もともと置き傘で学校置いてたやつだし、いらね」

 なるほど。鞄よりよほど高い位置の枝にひっかかってるものなあ。取ろうにも取れない。

 私と彼女は二人して枝にひっかかった傘を見上げていた。その視界に、今度は男子の姿が飛び込んでくる。文字通り、飛び込んできた。屋上から誰かがダイブした。さっきの彼女よりも高さがある。今度こそ首がもげて死ぬのでは? よく見たらまたも見知った顔だった。清宗先輩だ。なにをしているんだろう? 自殺だろうか?

「はぁぁっ!?」

 同じ光景を目にした彼女が声をあげた。無理もないよね。屋上から飛び降りる男子高校生の姿はなかなか見れるものじゃない。私も彼女同様に驚いている。

 よくよく見れば、先輩の腰にはドーナツ状の機械が身に付けられている。

「噴射ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 先輩の叫びとともに、ドーナツから先輩の身体を中心に放射状に火柱が飛び出た。衝撃で先輩の眼鏡が外れて落ちた。そして先輩の落下する速度に急減速がかかる。ジェット噴射かなにかだろうか?強い風圧が私と倉木さんをあおる。木にひっかかっていた傘も風にあおられ揺れて落ちてきた。数秒? いや数十秒? ともかく短時間で火柱は消えた。そして当たり前だけど先輩はなお落下中だ。さっきの倉木さんのように壁や立木で速度を殺すこともしていない。このまま地面にぶつかれば、死ななくてもひどい骨折くらいはするんじゃないだろうか。先輩と地面がぶつかる直前、先輩の胸から2メートルくらいの巨大な白いバルーンのようなものが膨れ上がって、先輩と地面の間に挟まった。エアバッグ的な仕掛けを備えていたんだ。でも衝撃は全部は消えてなくて、全身に走った痛みに先輩は苦悶の声を上げた。でも死んでいないし、骨折もしていないようだ。

 なんだかよくわからないが、さすがすごいな清宗先輩。本当によくわからない行動だけど。

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