第6話るるかとヨヨ

 私とヨヨが出会ったのは、第二回人知部緊急対策会議の一週間前のことだった。

 人気のない校舎裏で私はひとり呆けていた。背中の壁越しには美術準備室がある。部活動が盛んな澄楡高校において、放課後の時間に喧噪から離れることのできるこの場所は私にとって貴重なエアポケットだった。

 運動部の掛け声からも、吹奏楽部の練習からも、距離を置いた私のマイスペース。

 学校という場所は昔からずっと苦手だ。色んな人がいるから。みんなが話している言葉の真意を、私は半分もわからない。こんなこと考えてるのが私だけなのかみんなそうなのかもわからない。周りに合わせた言動をするようになってから、私は真面目キャラという認定をされたけど、正直なところその真意もわからないのだ。

 そんな私でも、たまになんだかとても関心をもってしまう存在と出会ったりする。例えばそれは首のもげたカマキリだったり、あるいはこの学校では、人知部の清宗先輩と、あとは〈チト〉。

 しかしこの時、私が呆けている原因は、まさにその先輩と〈チト〉にあるのだった。

 人知部の廃部の決定。それに対する起死回生の一手。第一回人知部緊急対策会議で俎上に上がった二つの議題。そして私に課された課題。文化祭の協力者を探すこと。もちろん私の人脈にそんな人物はいない。思い当たるふしもない。あーやれやれどうしたものか。

 そんな風に夕暮れの空気のなかでたそがれていた私はため息をついて空を見上げた。その視界から女子が降ってきた。見間違いだと思ったけれどそれは確かに女子の輪郭と声を備えていた。

「ちょ、そこ、どけーーーーーーー」

 女子は四階校舎の窓から飛び降りたように見えた。地上まで10メートル以上は離れていると思う。落ちたら死ぬのではないだろうか。首とかもげるだろうか?

 私のそんな夢想を覆すように、女子は落下しながら器用に校舎の壁をやんわりと蹴って、壁から2メートルほど離れた立木に全力でぶつかり、木々をゆらしながらさらに落ちて、手に持っていた傘をこれまた器用に枝にひっかけながらさらに落下し、加重が腕にかかるまでに傘を手放し、今度は背負った鞄を枝にひっかけ同じ動作を行い、鞄を手放した直後に地面にぶつかりながら前転を四度くりかえして私のすぐ横の壁にぶつかって止まった。

「いてててて……」とか四階から落ちたとは思えないほどの軽い痛みのリアクションをしながら起き上がる彼女の揺れる髪が目に映る。葉っぱを落とすようにばさっと広がった彼女の髪は黒髪に赤いラインを入れた特徴あるスタイルだ。

 女子は私をきっと睨むと「そんなところにいられると危ないんだけど」と私を非難した。

「うん、ごめん」

「いやいや、見てたでしょ。私、死ぬとこだったよ。本当に」

「え、うん、だからごめん」

「……リアクション軽いな」

 それはお互い様という気がする。

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