死んでしまったわたしと、視える彼女と、孤独にさまよう幽霊たち
郁崎有空
はじめての心霊調査
わたしは死んでしまいました。
突然ですが、わたしは死んでしまいました。
死因は事故死。わたしはその日ぼんやりしていて、気がつけば車道に飛び出て自動車が目前に迫っていて、そのままはねられてしまいました。こっちの不手際で轢いてしまった人には申し訳ないとは思いつつも、いまとなっては伝えようがありません。本当に申し訳ない。
ところで、「死人に口無し」という言葉があります。文字通り、「死んだ人はなにも語らない」という意味です。しかし、それではここで語っているのは一体誰なのでしょうか。
実は死んでない? 残念。わたしは最初に「死んだ」と言いました。覆りません。
天国から語りかけている? 残念。わたしは天国にも地獄にも行ってません。
わたしを模した人工知能? 残念。現代にはまだそんなものは普及してません。
正解は、「わたしは死んで幽霊になりました」。
嘘だろ、と思うでしょう。あらかじめ「死人に口無し」と言っておいて、これはないじゃないのかと。
わかります。わたしだって、そう思ってます。でも、現実こうなってしまったものはしょうがないのです。
そんなこんなで幽霊としてのセカンドライフが始まり、親友の
なぜ、わざわざ親友の背後霊なのか。幽霊なのだから、もっと自由に活動してもいいんじゃないのか。まあ、それはとても悲しい理由がありまして――
「
わたしの隣で歩く菊乃ちゃんが、声をかけました。
「はい?」
「さっきからなにブツブツ言ってるの……?」
「あ、あー! たいしたことじゃないです! なんていうか、その……自分の中で、ここ最近のことの整理をしていただけで!」
「なにそれ」
菊乃ちゃんが手で口を押さえてくすくすと笑いました。揺れる長い髪が、そよ風に凪ぐ草のようで綺麗だなと改めて思いました。
「まあ、死んで幽霊になるなんて、ありえなさすぎてなかなか慣れないよね。私は幽霊になったことないからよくわかんないけど」
「でも、いままで幽霊は見えてたんですよね?」
「まあね。あんまいいことなんてないと思ってたんだけど、今だけはこれがあってよかったなって、ちょっと思うんだ」
そう言って、ちらと横目でわたしの方を見て、にこりと微笑みました。
死んでから気づいたことなのですが、菊乃ちゃんはいわゆる霊視体質なのだそうです。死んだ人の霊はもちろん、動物の霊とか、付喪神なども見えるのだとか。
そういえば、わたしがまだ生きていた頃、菊乃ちゃんは時々なにか見えないものを見るような様子や、なにもない場所を避けるような動きをしていることがありました。いま思うと、あれはそういうものを見た上での行動だったのかなと少し考えてしまいました。
とにかく、わたしが菊乃ちゃんの背後霊になったのは、そういった理由からでした。
家族に会話を試みようとして無視され、外で歩いている人やコンビニの店員さんにも気づいてもらえない。ダメ元で菊乃ちゃんの家に来て、菊乃ちゃんの前に現れてようやく気づいてもらえたといった感じでした。
その時の菊乃ちゃんは、ちょうど自室のベッドで死んだような顔(死んだのはわたしですが)で佇んでいて、わたしを見たとたんにボロボロ泣いて抱きつこうとして、カーペットの床に転げ落ちてしまって大変でした。
そんなこんなで、わたしは菊乃ちゃんのそばにずっといることで落ち着きました。別に部屋で待っててもよかったのですが、菊乃ちゃんからそばにいてほしいと頼まれて、こうしてついてくるようになりました。
「しかし、これからどうすればいいですかね? なにも持ってきてませんし、幽霊になっちゃった以上、学校行ってやることなんてないじゃないですか」
「いろんなところにいたずら仕掛けるとか?」
「絶対すぐ飽きますよ……あっ、絵とかなら暇を潰せるかもしれません」
「……書けるの?」
「どうでしょうかね。試してみないとわからないです」
そうして、道すがら菊乃ちゃんのメモ帳とシャーペンで実験してみることにしました。
一瞬こそ持つ感触があったのですが、両方ともすぐに手からすり抜けて地面に落ちてしまいました。いやはや、現実はとても厳しい。
「ダメっぽいか……ごめんね。これなら部屋で待ってたほうが良かったかも」
「いえ、そんな! わたしはそこらへんぶらついてますから、気にしないでください!」
もしかすると怪我の後のリハビリのような感覚で、訓練次第では物を持ったりなにか描いたりできるかもしれない。そんな希望が生まれたのは、ひとついい成果だったんじゃないかなと思いました。
菊乃ちゃんがわたしの落としたメモ帳とシャーペンを代わりに拾ってると、横合いからヒソヒソと声が聞こえました。
「あれヤバくない?」
「ね。誰と話してんだろうね?」
「頭の中の友達? うわー……」
通りがかった知らない生徒の嘲笑う声が聞こえました。怒ろうとして、わたしはもう菊乃ちゃん以外には見えないことを思い出し、なにも言い出せませんでした。
菊乃ちゃんは、特に気にすることもなくメモ帳とシャーペンを鞄に入れて立ち上がりました。
「ほら、行こ?」
「あ、はい……」
何事もなかったように、ふたり並んで歩いていきました。わたしは生前から歩幅が小さめなのですが、菊乃ちゃんはいまでもそれに合わせてくれます。
そういえば、幽霊って足がないものかと思ってたのですが、わたしはちゃんとあるみたいなのでした。昨日、菊乃ちゃんに聞いてみると、「個人差があるっぽい」と言っていました。
幽霊というのは見えないだけで、深海や宇宙のように未知の分野なのではないか。幽霊になって俄然そう思いましたが、幽霊になっても他の幽霊が見えるわけではないのが難しいところ。
見えたらだいぶ楽しいだろうなと菊乃ちゃんに訊くと、「そうでもないよ」とひどくドライな答えが返ってきました。
それにしても……
「いいんですか? さっきの子たち、めっちゃ煽ってましたけど……」
「気にしないで。令と出会うちょっと前は、だいたいこんなんだったから」
「……それ、初耳なんですが」
「令にはなるべく変なやつって、思われたくなかったから」
どこか遠い目で、菊乃ちゃんは言いました。その儚い顔つきに、わたしは思わず目が離せなくなりました。
幽霊が見えるのは知りませんでしたが、元々彼女が変な子だとは思っていました。
いつもひとりでいて、四方八方に敵意を向けていて、それでいてどこか怯えているようにも見えて。極度の人見知りなのかと思って友達になったら、まさかこんな理由があったとは。
しかし、たとえ死んだ後でも菊乃ちゃんのその一面を知れたというのは、そこまで悪いことではなかったかなと。そう思わなくもありませんでした。
学校にもうすぐ着こうというところで、菊乃ちゃんが唐突にわたしに聞きました。
「ねえ、令?」
「なんですか?」
「自分を殺した相手がいたとして、そいつに復讐してほしいって思う?」
声色が暗くなって、思わず菊乃ちゃんの方を見ました。彼女は唇を引き結んで、なにか張り詰めているように見えました。
「まさか! もう終わったことですし、だいたいあれはわたしが勝手に車道に飛び出して――」
「違う!」
語気荒く、彼女の叫びがあたりに広がりました。
「令のせいじゃない! あの時、私はあくりょ……」
言いかけたのを止めて、首を振りました。わたしは怯んで、ただ周囲がざわめくのを確かめることできませんでした。
「……ごめん。令に言っても仕方なかった。なんでもない」
わたしを置いて、菊乃ちゃんは大きな歩幅で歩いていきました。わたしは戸惑いながらも、どうにか早足で彼女のあとを追いました。
彼女の言いかけた言葉と表情が気になりましたが、きっとすぐには言ってくれないだろうなと。なんとなく、そう悟るところがありました。
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