第49話・魔法使いの夜


 私は一人、従者も騎士もつけずに『魔法使いの夜』へと足を踏み入れた。紙に書かれた地図を頼りに夜を練り歩き。そして一人の男性と出会う。


「……エルヴィスさん」


 その人は青い髪を持ち、ローブに綺麗な装飾の杖を持った男性。セシル・ブルーライトが待っていた。案内してくれるのかも。


「こんばんわ。いい夜ですね」


「……ええ、いい夜ですね」


「また、案内してくれるのでしょうか?」


「……はい」


「ありがとうございます」


 セシル君は私に手を伸ばす。それに私は触れて握り……引っ張って貰う。迷わないように強く握られて。


「エルヴィスさん……」


「はい、何でしょうか?」


「……『聖女』や学校のお話をお聞きしてませんか?」


「バーティスから少しだけ」


「……お噂をお聞きしてますか?」


「夜遊び大好き令嬢かしら? それとも、虐待令嬢かしら?」


「……怒ったりしないのですか?」


「『噂は事実ではない』と私一人が言っても何もならないわ。居ない人の事を好き勝手言うのも女性らしくていいじゃない」


「……雰囲気変わりすぎです。エルヴィスさん」


「そうね。大人の階段登ったからかしらね」


「……」


 目を閉じれば教会の事を何度も思い出せた。愛し合った言葉に嘘はない。約束したのだ。必ず一緒になろうと。


「そういえば……セシルさんと私は婚約者でしたね。噂……邪魔でしょう。見捨てて貰っても構いません」


「……婚約破棄はしません」


「えっ?」


「……エルヴィスさん。ヒナトさんは『聖女』と婚約します。もう手遅れになります。エルヴィスさんは幸い魔法使いとしての人生がありあんな学校に居る必要はないです」


「……」


 握った手が熱い。


「……エルヴィスさんを後悔させません。皆から護ります。だから……婚約破棄はしません。そして、首輪をつけさせて貰います」


「……セシル君?」


「……僕にはこういう卑怯な方法しか思い付かなかった」


 不安げな問いかけに。彼は苦しそうに胸に手を当てるだけだった。そのまま黙り込んだまま廊下を歩き大きな扉一つを開くとそこはまた別の世界であった。砂地に円形の広場。囲われた石壁に石の椅子が段となって広がっており。その中心には一人の仮面をつけた魔法使いが立っていた。近づくとその人は男性であり。杖を持って堂々としていた。


「……お連れしました。今回、試験を受けるエルヴィス嬢です」


「彼女が婚約者だな」


「はい、当主様」


 当主様……当主様!? この方がブルーライト家長!!


「当主様でしたか。私の名前はエルヴィス・ヴェニスです。いつもセシルさんにお世話になっております」


「うむ、なるほど。内包する魔力を感じれない。魔力をしっかりと制御出来ているようだな。ふむふむ」


 私は冷や汗をかく。婚約破棄を考えている中で家長に挨拶は流石に……


「セシル、君が思うに中々いい女性だ。よろしいだろう」


「……はい。エルヴィス嬢。そういう事です」


「お断りします」


 私はこの流れはヤバイと感じ、首を振る。


「非常に申し上げにくいのですが……心に決めた方がいます。私が一方的に婚約を許諾したのにも関わらず。申し訳ないですが。私はセシルさんとは結婚、出来ません」


 私はセシル君の手を振り払い。正直に無礼を働く。流されるものかと意地を張る悪い令嬢として。


「知っている。セシルから聞いていた。確か、セシルが婚約依頼を出した。この子はわが家の貴重な魔法使いでね。君みたいな魔法使いの令嬢が好ましいのもある。優秀な魔法使いを子を生むために」


「……」


 大きく首を振る。説得は意味がないと意思を示した。


「しかし、君がその気がないことは仕方ない事だ。だが、そう結んだものを簡単に失くす事は難しい。それにセシルが納得出来ないだろう」


「……セシル君?」


「エルヴィス嬢……すいません。弟、諦めて貰います」


 あの、弱々しい雰囲気だったセシル君はどこか覚悟を決めた男の人のように大きく見える。今は堂々とし、そして……強い眼差しを向けてくる。


「エルヴィスのお嬢さん。彼も納得させるために今回の試験は彼と戦ってもらう。そして……負けた場合は婚約者として約束はそのまま残り続けるだろう。結婚するまでに勝てればいいな。では私は席で見させてもらう。試験官の一人なのでね」


「強制力ないでしょう?」


「ある。魔法使いを舐めないで欲しい。わかるだろ?」


「……はい」


「エルヴィスさん。すいません……だけどわかってください。僕も一人の男なんです」


 ここ最近、魔法使いとして夜を出入りしていると分かってくる。世界は魔法使いは強権を持っている事を……私の危機は……私の軽い気持ちから始まるのだった。


 そう、セシル君との約束は私に薔薇のツルのように体を縛ろうと這い上がって来たのだった。

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