第30話・兄弟の日々③
女性と言う生き物は私にとって理解できないものがある。それは一人の男を取り合う時……どんな優しい人でもオーガと言う魔族のように恐ろしくなると言うことである。魔族や人間の男の共通の文句『女を敵に回すな』や『オーガより恐ろし』と言えば仲良くなれると言う。
徹底的な残虐をもって奪い合う。その行為は万国共通らしい。そして、その愚痴は極上の肴である。ここまでを私は父上に教えてもらったのだ。理解が本当にできない。
「母上がオーガなのは知っていますが……まぁいいです。今はこの先にいる母上です」
覚悟決めろ私。演じろ……私。
「失礼します。エルヴィス入ります」
強く芯を持って母上の寝室へ入る。すると、部屋の机で紅茶を飲む母上がカップを置き。笑顔で立ち上がって両手を広げて私に歩いてくる。
「エルヴィス!! 元気にしてた!!」
「うん!! お母さん!!」
それに私は飛び込み。幼い、母上大好きっ子を演じる。いや……大好きだが。こうも甘々しくするのは違う気がする。子供なのに……少し。私はませていた。
「はは……エルヴィスはもうすごく重いね……髪伸ばしたの?」
「はい。お母さんとお揃いです」
「あら、嬉しい~ふふ。おやついる?」
「後で食べます。お母さん。お仕事お疲れ様です。私はしっかりと健康で、何事もなく。剣の稽古の日々です」
「あら、勉強は?」
「それは……少し。違った勉強をしておりまして……休憩しております」
「ふむ。報告に剣の稽古も時間が減り。先生も一月会ってないそうね」
「はい、化粧や。料理、裁縫などを学んでおります。出来しだい、元に戻ります。多種多様を知れば商売の糧になります。調味料もまた交易品です」
「騎士に成り立いとか。言わなくなったのね。それで……」
「はい」
騎士になる夢は……きっぱり諦めた。家を継ぐ。それが一番、稼げるし。弟を護れる筈と考えたのだ。
「……あれだけ、騎士にとか頑なに言ってたのに。エルヴィス目を見せなさい」
「はい」
母上は私の目を覗く。深く赤い綺麗な母上の瞳を覗く。凛々しい私の顔が見てとれた。
「……迷いがない」
「迷いないです」
「エルヴィス、あなたの事。私の昔によく似てる。変に堅物で動かない所とか。だから……何があったの?」
「……」
「エルヴィス。迷いがうまれた。まだ子供ね。さぁ隠し事を言いなさい」
やらかした。すぐに反応せず悩んだ結果、母上は察する。どう返そうか考える。とにかく、母上が知りたがっている情報だけを出そう。
「母上は何を知りたいですか?」
「……なるほど。言えないことなのね。父上を庇ってもダメよ」
「父上の関係ですが私は父上から直接聞くことのがいいと思います。父上が話すなら口に出します」
「……わかった。エルヴィスの口からは出ないのね。殴っても絶対に出さないわ。わかる……本当に私の子ね」
母上は立ち上がって紅茶を一気に飲み込み。鬼の形相で部屋を出る。父上を出汁にしたことを心で誤りながら慌てて母上の後ろをついていく。
「エルヴィス……聞いてもつまらないわよ。あなたは部屋で大人しくしてなさい」
「……はい」
拒否されたので大人しく母上から離れる。ドッと汗が噴火した火山のようにあふれ。ハンカチで汗を拭う。緊張が解れた私は……遠くから母上の罵声を聞き。弟の部屋へと先に向かった。
どうなるかわからない。だけど……どうにかしないといけないのだ。
*
ガチャン!!
大きな大きな音を立ててニイちゃんが顔を出す。礼装に身を包んだニイちゃんは僕を抱き締めた。
「ニイちゃん?」
「……私の母上が来ます。罵声も浴びせます。怖い怖い事があります。だけど、私が居るから安心して」
「……ニイちゃん? お母さん?」
「あなたの母上になるかはわからない。ただ……オーガにはなってるでしょう」
「……ん」
僕はニイちゃんが言う言葉の意味を理解出来ない。ただ震えるだけである。そんな中で……また強く扉が開き。桜色の髪の女性が入ってくる。その姿にニイちゃんの姿と重なる。
「エルヴィス!! その子から離れなさい!!」
「……ええ。母上。離れます」
僕から離れるニイちゃんの手は震えていた。だけど無理やり作った笑顔に僕は……理解する。僕を怖がらせまいと作った笑顔と……ニイちゃんが怖がってるのにそれでも。
僕を庇おうとすることを。
「エルヴィス!! その子は忌み子よ!! わかってる!!」
「……わかってる。お母さんの恋敵の子なのも全て!!」
僕の目の前で兄は大きな背を向けて睨む女性の間に入り、大きく手を広げた。
「なら、わかるでしょ!! 汚れるから離れなさい!!」
「それでも!! 私の弟です!! たった一人の大切な!! 護らないといけない弟です!! 私のお母さんは優しいからきっと!! わかってくれる!!」
ニイちゃんは一歩も引かず。途中、泣きべそをかきながらも……ずっと。罵声を正面から言い張る。ぶたれようと立ち上がり、震えず。何度でも立ち上がり……女性が逆に驚き一歩引き。頬が腫れた父親と言う人に後ろから捕まるまでずっと。
僕を護る背中に目線を反らす事が出来なかった。そして……お姉さんは立ち続け……女性が去るまでそうしていた。
僕はその姿に……強く強く。唇を噛み。泣き出してしまう。胸に熱い思いが生まれるほどに……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます