After13 オフ会後




 黒崎加恋視点



 い、いぃ言ったあああ!!?

 付き合ってくださいって言っちゃった!

 この距離で聞こえないはずもない。ちょっとだけ裏返ったもののハッキリとした発音で、ついに私はカナデさんに想いを伝えたんだ。

 心臓が早鐘を鳴らす。バクンバクンと鼓動が煩わしい。

 顔が沸騰したように熱い。湯気出るんじゃ? ってレベルでフラフラする。

 自分の体温で体が溶けてしまいそうな錯覚さえ覚えた。

 カナデさんは少しだけ考え込むように目を伏せた。


「あー……こういうの、なんていうんですかね。いや、嬉しいんですけどね。なんかいきなりだったので……えぇと」


 しどろもどろなカナデさん。なんか新鮮だ。

 いつも優しくニコニコしてる人だったけど、少しでも意識してもらえてるんだと分かったら、胸の奥から高揚する感情が沸き上がってきた。

 しばらく待つと、心なしか顔を染めたカナデさんがこちらを見据える。


「クロロンさん」


「は、はひゅっ!?」


 ピーン! と、直立する。

 こ、答えてくれるんだ。これから私とカナデさんの今後――いや、私の人生を左右する言葉を。

 どうしよう。胸の鼓動が煩過ぎて周囲の音が聞こえない。

 深呼吸しようとするけど、喉が震えて上手く呼吸が出来ない。

 心なしか足元も覚束ないような……


「その、僕等ってネトゲのフレンドで、お互いの事何も知らないじゃないですか?」


「――ふぇ?」


「勿論言ってくれたことは嬉しかったです。でも」


 え……?

 あ、駄目だ。これは、振られる、かも?

 刹那、脳内がネガティブなイメージ一色に染まった。

 同時に後悔の念が沸き上がってくる。最悪の想像が脳裏に浮かんだ。

 そして、一度浮かんだら止まらなかった。

 皆の言う通りだったかもしれない。いや、言う通りだった。

 いきなり告白なんて変な奴に思われるって決まってるのに。

 

「やっぱり何も知らないまま付き合ってもお互いにとって良くないと思うんです」


 ああ、これは振られる前口上じゃないか。

 定番のやつだ。漫画で見たことがある。

 力が抜ける。サッと頭が冷えてどこか冷静に続く言葉を待っていた。


「…………」


 失敗した……?

 無かったことにするわけにもいかない。せめて結果は受け入れよう……

 それが覚悟だ。覚悟なんだけど――


「……ッ」


 あああ、無理。やっぱり無理。

 みっともなくても、格好悪くても、無かったことに出来ないだろうか。

 だけど、声が出ない。震えた口元が歯を鳴らしそうになった。

 慌てて続く言葉を止めようとする。だけどやっぱりその言葉は相手の方が早くて――



「だから、もし良かったら友達からお願いします」



 たっぷり10秒ほど固まってから、ようやく硬直が解けた。


「…………………………………………んえ?」


 ようやく脳がその言葉の意味を理解する。


「正直まだ現実味ないですけど……本当に嬉しかったです。だから、友達からお願いします。そういうことってお互い――って、クロロンさん!?」


 安心し過ぎて、力が抜けた。

 腰が抜けて立てなくなり、ぽろぽろと安堵の涙が溢れ出てくる。


「あ、あはは……す、すみません」


 どこまでも恰好は付かなかったけど……どうやらまだ首の皮は繋がっていたらしい。

 カナデさんは、私が腰を抜かしただけと知って安堵していた。

 私の方も大きく息を吐いた。

 よ、良かった……良かったぁぁ~……

 涙で濡れた目元を擦った。


「クロロンさん。立てますか?」


「…………」


 も、もうちょっとだけ頑張ってみようかな?

 せっかく友達になれたんだし、いいよね?


「く、黒崎加恋です。せっかく友達になれましたから……リアルではそう呼んでください」


「……いいんですか?」


「ぜひお願いします。あ、カナデさんの方は……?」


「僕はそのままですね。大鳥奏なので、そのまま奏です。あはは、ちょっと適当過ぎましたかね?」


 奏さんに手を借りて起き上がらせてもらう。

 ふらふらと立ち、夕焼けに照らされた二人の影が伸びる。


「えっと、これから宜しくお願いしますね。奏さん?」


「そうですね……ちょっとまだ心の整理出来てませんけど……宜しくお願いします。黒崎……いや……その、加恋、さん?」


 むぅ、敬称はいらなかったけど。

 でも今日のところはこれで満足しておこう。照れる奏さんを見れただけでも嬉しいし。

 いつか「加恋」と、呼んでもらえる日を、楽しみにしておこう。









「ということなんだよね~」


 奏さん帰宅後。

 私はいつもの面々に自慢気に話していた。


「いやー参った参った。友達からお願いします、だって! 少しずつだけど確実に距離を縮めちゃったよ」


 オフ会は無事に終了した。

 振られて気まずくなることもなく、皆笑顔で大団円だ。

 いきなり恋人へのステップアップは出来なかったけど、これはこれで悪くないんじゃないだろうか。


「見てよ! LEINも交換したんだよ? いやはや、皆にも私のあの姿を見せたかったね。付き合ってください! って言ったら奏さんが顔を赤くしたんだ。夕日のせいかとも思ったんだけど、これは脈ありなんじゃないかなって」


 すると優良がジトッとした目で言ってくる。


「本当に? な~んか脚色されてる気がするんだけどな~」


「加恋の事だから友達にって言われて、腰でも抜かしたんじゃねーの?」


「そんなわけないじゃないですか」


 動揺でまた敬語が出てしまった。

 なんで知ってるんだろう。皆エスパーなんだろうか。


「そういえば薫は静かだね? どうかしたの?」


 一人カウンター席でスマホをジッと見ている薫に声をかける。

 ずっとスマホと睨めっこしてるけど、どうしたんだろうか?


「薫?」


「ふふっ、ふふふっ……カナデ様と関係を進めたのが自分だけだと思いますか?」


 ん? なにそれどういうこと?

 薫も何かあったの?

 ゆらり……っ、と立ち上がる。

 するとスマホをタップして画面を見せてきた。

 そこには間違いなく【カナデ】という名前がLEINの友達一覧に――って、は!?


「な!? いつ!? というかなんで!?」


 慌てて詰め寄ると、薫はどこか自慢気に胸を張った。


「フッ、帰り際にカナデ様に御願いされて交換しました。友達にも、とね」


「な、なな、な……!?」


 な、何それズルくない?

 私なんて必死に勇気出したようやくお友達になれたのに……


「あ、私もお願いされたよ~」


「アタシもだな」


 なん……だと?

 耳を疑った。皆いつの間にそんなことに? 


「そ、それはどういう?」


「? そのままだよ? 帰り際にさ、せっかくなので皆さんも~って」


「ま、アタシとしては嬉しかったぜ? 加恋には悪ぃ気がしたけど、リアルで会えたのにこのままってのはな」


 う、うぅん? なんか釈然としない……帰り際ってことは、私が夢心地でふわふわしてた時の事だよね。

 あの時か……別に皆と奏さんが友達になることが駄目なわけじゃないけど。


「まぁまぁ、確かに悔しいのは分かるけど、LEINの交換すら出来なかったメンバーもいるんだしさ」


「ああ……」


 すぐに誰の事か分かった。

 確かに百合は気の毒だった。

 LEINの交換どころか参加すら出来なかったというのは、なんとも……




「間に合ったああああああああっ!!」




 ガラーン!! と、扉のベルが勢いよく鳴り響いた。

 滑り込む様な勢い。百合がようやくやって来たらしい。

 だけど悲しいかな、オフ会は既に終了しているし、奏さんも帰ってしまっている。


「……間に合ってないよ?」


「1時間くらい前に終わったところだな」


 すると百合は汗だくの笑みを浮かべた顔をしわしわと萎れさせていく。

 い、一気に老け込んだね。

 瞬間、百合は崩れ落ちた。


「おぼふぇふぐぐふふふぅぅぅ……っ!」


 地面に膝をついて泣き(?)出してしまった。

 なんて言っていいか分からなくて、皆で黙った。何とかフォローしたいけど、上手く言葉は出てこない。


「ま、まあ座ろうぜ……な?」


 とりあえずソファーに座らせた。

 肩を貸してあげて、よろよろと起き上がらせる。

 何気に軽い百合の体をソッと下ろした。

 「オフ会が……オフ会がぁぁ」と、メソメソしている百合の気を紛らわせようと別の話題を振ってみた。


「そういえばLEINは見てなかったの?」


 一応【ゲーマー美少年捜索隊】のグループの皆には伝えておいたんだけど。


「充電切れたの……」


 ほら、と見せてきたスマホ。確かにうんともすんとも言わない。

 ずっと百合が使ってるスマホ。長年の使用でバッテリーが消耗しているのかもしれない。

 何にせよ、オフ会が終わったことに気付くことなく走り続けた百合は哀れだった。

 晶が汗だくの百合にタオルを渡していた。


「……ありがと」


 私の方でもなんとかフォローしようと目を彷徨わせる。


「疲れたんじゃない? 飲物でも頼んだら?奢るよ」


「うん……」


 それでも覇気のない百合。

 どうしたものかなー、と、私も対面に座った。


「抹茶オレとかどう?好きじゃなかったっけ」


「そうだね。じゃあそれにするよ」


 やっぱりショックは大きいみたいだ。

 百合がもう一度溜息を吐く。

 ふと、スマホに着けられた可愛らしい花のストラップが目に入った。


「あ……それ紐が千切れかかってない?」


 紐が古びて小さい花も色落ちしていた。


「ぐすっ……ああ、ほんとだ……」


 百合が解れた紐を弄りながら結び目をもう一度結び直していた。

 思えば百合はいつもこれを身に着けていた。

 思い入れでもあるのかな。


「あっ、もしかしてそれ【DOF】の?」


 【DOF】で出てくる花のアイテムの【博愛の白花】にそっくりだった。

 ぐしぐしと目元を擦ると、百合は気を取り直したように「え、ああ。似てるけど違うよ」と、言葉を返した。

 ちょっと痛々しかったけど、せっかく元気を出してくれようとしてるわけだし、目元が赤くなってることには触れないでおいた。

 続く百合の言葉を待った。


「子供の頃に貰ったんだよね。仲の良かった友達がいてさ」


「へぇ」


 百合に幼馴染がいたとは初耳だった。

 漫画とかでは良くあるパターンだ。今でも関係は続いてるのかな?


「もう疎遠になっちゃったけどね。仲は本当に良かったよ」


 幼馴染かぁ。異性が相手なら垂涎もののシチュエーションだけど。

 優良が「どんな子だったの?」と、聞くと百合はしばらく考え込む様子を見せた。


「んー正直細かいところは覚えてないんだけどね……あ、でも凄い優しい子だったよ」


 何処となく嬉しそうな百合。

 覚えてないのか……子供の頃って考えたら仕方ないけどさ。


「抹茶オレ持ってきましたよ」


 薫が飲み物を持ってきてくれた。

 百合は一口だけ口をつけてカップをソーサーに下ろす。

 ほんの僅かな沈黙。


「でも終わっちゃったんだねぇ、オフ会」


 優良の言葉。込み上げる感情が胸を締め付けた。

 こういうのなんて言うんだっけ。なんか日曜日が終わる夕方みたいな感じ。

 皆を横目に今日一日の成果を噛み締める。そして、ふと言いたくなった。


「というか奏さん格好良くなかった!?」


「分かります!」


 珍しく薫が私に同調してくれた。

 ガシッと手を握り合わせた。


「ほんとどうなるかと思ったよな。優良がピル入れてた時とか」


「うっ、ご、ごめんってば~」


 皆が慌ただしく盛り上がる中。

 そういえばと目を向けると、百合が一人頬杖を突いて、ティーカップの中身をくるくると回しながら外を眺めていた。

 窓の外、沈んでいく夕日が横顔を照らして影を作る。百合のその横顔はどこか切なげなオレンジ色に染まっていた。



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