第11話 ギルド(ヒロイン視点)





 黒崎加恋視点



「ふうっ」


 鞄を投げるとベッドがぼふっと柔らかい音を立てた。

 まさかジャンケンで百合に勝てる日が来るとはね。

 いつものジャージに着替えてさっそくパソコンを起動した。

 パソコンの起動を待ちながら手を出した自分の右手を見る。

 我ながら自分のカナデさんへの愛が恐ろしい……そこまでして嫌われたくないのかと。

 百合には悪い気がしないでもなかったけど、これでだいぶ気は楽になった。

 私は百合がカナデさんからチャットHを聞き出すのを高みの見物といこうかな。


『クロロン』


『ん?』


 【DOF】にログインした直後。

 その時を待っていたかのようにチャットが飛んでくる。

 クラスメイトにして敗北者である篠原百合の【りんりん】がギルドチャットで話しかけてきたのだ。

 なんだろう?


『代わってくれたりとかはしない?』


『しない』


『(´;ω;`)』


 道連れは御免だ。

 そもそもジャンケンは百合から言い出した事。

 それを後からどうこう言うのは筋違いというものだ。

 しかし、百合はそれでも諦めきれないのか提案してくる。


『じゃあせめてやらかしそうになったらフォローしてくれない?』


 少しだけ考え込む。

 妥協点としては悪くない。

 私としても百合が失敗してチャットHが見れなくなる事態は避けたかった。

 そんな私の思考に切り込むようにさらに百合がチャットを送ってくる。


『私が盛大にやらかしたらカナデさんがこのギルド抜けちゃうことになるかもしれないんだよ!?』


『(;゚Д゚)!』


 言われてみれば……いや、というかなぜその可能性を考えなかったのか。

 カナデさんのチャットHが魅力的過ぎてそんな簡単なことにも思い至らなかったようだ。

 女性からのセクハラ……ギルドの脱退理由としては十分すぎる。

 その話を聞いていたギルドのメンバーたちも会話に参加し始めた。


『いいじゃねーかクロロン。そのくらいしてやれよ。ほんとにいざって時にはアタシ達だって動くからよ』


 見た目とは裏腹に面倒見の良い晶のメインキャラ【ラブ】が百合を援護する。

 本人とキャラ名のギャップに密かに笑ってしまったのは墓場まで持って行こうと思っている事実だ。

 絶対何かしらの暴力が降りかかるだろうから。


『こんつぁー!』


『(。≧ω≦)ノコンチャ!! 』


『間に合った! こんちゃー!』


 そうこうしているうちにほかのメンバーもログインしてくる。

 何人かいないメンバーもいるけどほぼ全員だろう。

 イン率は元々高いギルドだったけど、同じ時間帯でここまでのインは珍しいかもしれない。

 言うまでもなく皆カナデさんのチャットHに吸い寄せられてきたのだ。


『カナデさんは、まだログインしてないみたいだね』


『もういつ来てもおかしくないと思う。油断しないように』


 いつもなら平気で下ネタが飛び交うおちゃらけたギルドとは思えない緊張感。

 作戦やどんなことを言ってもらおうかという計画を綿密に立てる。


『カナデさんがギルメン以外とPT組むとまずいよねやっぱり』


『うん、一度誰かがPT組むっていうのはどうかな』


『それだとPTチャットで話すことにならないかな?』


『確かに……全員が恩恵を得るならPT組まれる前にギルチャでそういう方向に持って行くのが無難かな(。-`ω´-)』


『やっぱり皆もリアルタイムで聞きたいよね』


『うんうん、ログも美味しいけどね』


『まあ、元々チャットHってチャットでするHだしね。私たちのリアクションに合わせて貰った方が絶対いいよ』


『ドキドキしてきた(・∀・)』


『準備万端』


『全裸待機なう』


『同じく全裸待機なう』


『全裸ブリッジ待機なう』


『なんか一人だけレベル高いww』


『そこまで持って行けても好きなシチュエーションをどうやって言ってもらうかだよね』


『とりあえず意見まとめてみる?』


『カナデさんの股間情報とか聞き出せないかな?(*‘∀‘)』


『不良な女子高生を調教していく超絶イケメン教師とかどうだろう。最終的に二人は結ばれる壮大な感じの』


『チャットということを忘れないように! カナデさんの負担になりすぎるのはNGだよ!(`・ω・´)ノ』


『お医者さんごっこみたいなのはどうだろう。すごいイケメンのドクターが出てきたり』




――『カナデ』がログインしました。




『レッドハリネズミの皮何気に出ないよね』


『あー今日も困ってる初心者の人沢山いた』


『ちょっとだけならってあげたせいで残りが2枚しか( ´゚ェ゚)』


『結構使う頻度高いからね』


『あ、そういえば西の草原のミラージュアルマジロがさー』


 フレンドのログイン通知設定をオンにしていた私たちは即座に話題を切り替えた。

 超速の反応速度。

 この辺りはさすが歴戦の処女と言ったところだろう。

 あんな会話男性のカナデさんには刺激が強すぎて聞かせられない。


『こんばんは!』


 にやっ、と自分でも気持ち悪いと思うんだけど笑みが零れた。

 クラスの男子九条君とだとこんなやりとりできないよね。

 これだけでもカナデさんの性格の良さが伺える。

 文字だけなのに無性に可愛く思える。

 しかし、これは顔を合わせないオンラインゲーム。

 処女たちがいくら気持ち悪く悶えても相手にはバレない。

 ニマニマと緩んだ口元を引き締めながら、すぐさま返事を打ち込んだ。


『カナデさん(。≧ω≦)ノコンチャ!! 』


『こんばんは!』


 あらかじめ決めておいた話を振るタイミングはログイン後しばらくしてから。

 突然だと向こうも怪しむだろうからね。

 しかし、カナデさんが誰かとPTを組んでからじゃ遅い。

 かと言って慌ててはいけない。

 まずはちょっとずつ自然な流れでチャットHに持って行かないと。

 【ゲーマー美少年捜索隊】のLEINグループを開く。


『焦っちゃ駄目だよ……まずは関係ない話題から入ろう』


『がっついたら本当に終わりだからね』


『百合は少しだけ待ってて、最初は私たちが話しかけるから』


 皆の意見も同じような感じらしい。

 まずは関係ない話題から慎重にチャットHに持って行く方向で落ち着いている。

 百合の【りんりん】には【DOF】での待機が命じられる。

 けど――


『カナデさん、この前のやつまたやりません?』


「ちょ!?」


 リアルで声を出してしまった。

 思わず椅子から立ち上がりモニターを凝視する。

 い、いきなり切り込んだ……?

 私たちの間に緊張が走った。

 暴走した百合。

 フォローは頼まれているけどいきなりすぎる発言に私は動けない。


『ほら、なんかやってたじゃないですか、あんあんって』


 あんあん……いや、言いたいことは分かるけどギリギリ理解してもらえるかどうかだと思う。

 少なくとも私がカナデさんなら分からない。

 いきなりあんあんがどうこう言っても絶対に変な奴に思われる。


『なんでしたっけ、ほら、あの凄いやつ』


 しかも口下手!

 いつの間にか皆もチャット止めてるし地獄のような空気だった。

 なのに百合は滑った空気を誤魔化す女芸人のように無理矢理チャットを続けていた。


『やー、カナデさんやばかったですね。私またやりたいですねー、ほら、あんあんって』


『下手か!』


 駄目だった。

 我慢できずに思わず突っ込んでしまった。

 あ、しまった。

 ギルドチャットじゃなくて個人チャットで言えばよかった。

 何か企んでいるのがカナデさんにもバレてしまうのでは……

 

『ごめんなさい』


 カナデさんのシンプルな一言。

 サッと背筋が冷えた。

 その一言を見た瞬間最悪の想像が脳裏を過ぎる。

 慌てて謝ろうとするが次の言葉はカナデさんの方が早かった。


『あんあんってなんですか?』


 そこから百合の【りんりん】は動きを停止した。

 しばらく待ってみるけど何も言う気配がない。

 スマホを見るとLEINに一通の未読メッセージが。

 すぐさまLEINのアプリを起動。

 案の定百合が泣き言を言っていた。


『ムリムリムリムリ!! もう無理! 一度空振りしたらもう無理! 心臓キュッてなったぁああ!!』


『大丈夫! たぶんまだいける! そこまで変に思われてないはず!』


『凄い純粋そうに聞いてきたね……(((( ;゚Д゚))))』


『この疑問はどっちのテンション? 嫌悪? 侮蔑? 怒り? それとも……あああ、駄目だ分からない! 顔が見えないって怖ぃぃいッ!!』


『そもそもなんで早まったのか……』


『極度の緊張とチャHへの期待で頭の中が訳分からないことになって……ごめん、反省はしてる……』


『加恋、フォローしてあげなさい』


『ここで!?』


『確かに元々そういう話だったしな。百合が逝った今お前しかいない!』


『加恋お願い! 一度が限界! モニターの向こうでカナデさんがどんな顔してるか分からないってすごく怖い!』


『そりゃネトゲってそういうものだし(´゚д゚`)』


『加恋、私たち友達だと思ってたのに……』


『いつまで引っ張るのそれ!?』


『でも今カナデさん返事待ちだし……どれだけ待たせるのって感じになってるけど?』


 悔しいがその通りだった。

 早く返事をしないと余計に怪しまれる。

 男の人へのセクハラ発言は怖すぎるけど、これ以上は待たせられない。

 私は恐る恐る補足を入れた。

 

『りんりんが言ってるのはチャットHのことだと思います。カナデさん上手かったのでまた聞きたいんじゃないかと』


 多少【りんりん】を強調してしまったのは仕方ないだろう。

 私は悪くない。

 しかし、それに焦った百合の発言が凄い勢いでチャット欄を埋め尽くした。


『いや、なんというか、好奇心というか、純粋な興味といいますかwww所謂知識欲ですよねwww』


『んで、ちょっと詳しく調べたらやっぱり経験するのが一番だって言うじゃないですかwwwww』


『友達も言ってたんですよwwwカナデさんに頼んだらどうかってwww』


『どうですかね!?(「゚Д゚)「』

 

 凄い早口だった。全力で捲し立てている。

 汗をだらだら流して顔を引き攣らせてる百合が見えた気がした。

 カナデさんの答えを待つことしばらく。

 5秒くらいですぐに返ってきた。


『じゃあ個チャで話しますか』


 ぴろりん!

 

 ぴろりん!


 ぴろりん!


 連続レベルアップの音みたいにLEINにひっきりなしに通知が来た。

 内容を見る前から理解できた。

 きっと同じ気持ちなのだと思う


『百合! 個チャじゃ意味ない!』


『軌道修正を!』


『えぇ!?』


『お前にそんなアドリブ力がないことは分かってる! だがやれ!』


『さりげなく貶された……orz』


 生チャットHを聞くなら百合とカナデさんの個チャでは意味がないのだ。

 カナデさんとのリアルタイムでのチャットHのほうが興奮できる。

 だけどそれにはなんとかしてカナデさんをその気にさせる必要があった。

 おそらくだけどカナデさんはギルメンの皆のことを気遣ってくれたんだと思う。

 どれだけ優しいんだとは思うけど今はその優しさが憎い。

 全員で構いませんよなんて言うわけにもいかない。

 百合はそういうキャラだからまだいいとしても、ギルメンが一人残らず変態だなんてカナデさんに思われたらそれこそ本当にギルド脱退まであり得る。

 難易度は高い……けど、百合がなんとかするしかないのだ。

 しかし、次の瞬間のカナデさんの一言で全てが決まった。

 それは夢が詰まった希望の一言であり、ある意味絶望の言葉でもあった。


『どういうシチュがいいです?』


 なん……だと?

 まさか好きなシチュエーションを選ばせてもらえるという?

 どうやって好みのシチュを言ってもらおうかとあれこれ画策していた生娘達を一笑に伏すような一言。

 好きなおかずが選び放題……しかも相手はカナデさん……

 刹那の沈黙。

 すぐに百合の【りんりん】がそれに答えた。


『選ばせsってもらえるんでsか?』


 その瞬間、凄い勢いでLEINに通知が飛び交った。


『おい、待て百合! 早まるな!』


『落ち着こう、冷静になろう』


『私たち友達……いや、親友じゃないか!』


 百合からのLEINはない。

 嫌な予感がする。

 その瞬間。

 私は確かに『ごめんね』と、儚い笑みを浮かべる百合の姿を幻視した気がした。

 モニターを見る。

 そこには【りんりん】が確かに私たちへの裏切りに等しい言葉を発していた。


『分かりました。それでは個人チャットのほうで、二人っきりで話しましょう(・∀・)』


 その時私はどんな顔をしていたのか。

 モニターをクラッシュしたくなったのは人生でこれが初めてだったと思う。

 皆も同じ気持ちだったのだろう。

 ギルドチャットが湧いた。

 勿論悪い意味で。


『裏切者』


『てめえ、明日覚えてろよ』


『りんりんは呪われた』


『りんりん足臭い』


『気になってたんだけどりんりんってちょっと臭いよね』


『りんりんの臭いってなに? 加齢臭?』


 しかし、りんりんからの返事はない。 

 カナデさんも黙ってしまった。

 いや、おそらく二人きりで話しているんだろう。

 羨まし過ぎる。

 せめてもの嫌がらせにチャットで悪口を言うけど音沙汰はない。

 今頃百合はどんな楽園にいるのだろうと想像して無性に悔しくなった……





 余談ではあるけど。



 ぴろりん!


 空気が読めない百合からLEINの通知が来た。

 苛立ちながらそれを見る。


『やあやあ孤独の味を噛み締めているかいグリードメイデン諸君、カナデさんとの甘い時間を過ごしている私からせめてもの贈り物だよ。これを見て延々と枕を濡らし続けるといい(*`∀´*)ケケケッ』


 ぴろりん!


 数枚のスクショが送られてくる。

 LEINに貼られたカナデさんのチャHログ。

 私は初めて無性に人を呪い殺したくなったのだった。

 ちなみにとても捗った。

 そこだけはグッジョブ。






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