第9話 情報の共有





 黒崎加恋視点



 カナデさんが男だという事実がグループ内で拡散して数日。

 私、黒崎加恋は放課後の教室で【ゲーマー美少年捜索隊】の面々と話し合っていた。

 教室で話し合っているのは家に帰るまでの時間を惜しんでのこと。

 すぐに決めなくてはいけないことを話し合うためだった。

 この場にいるのは私を含めて椚木優良、篠原百合、西条薫、早乙女晶の5人だ。

 ほかの皆は委員会とか部活の野暮用で遅れるらしい。

 今回の議題は一つ。



――『チャットH』だ。



 カナデさんが男だったという事実。

 それを譲るという約束を裏切った私は当然薫から恨みがましい呪詛のような言葉を言われることになった。

 私としても後ろめたさはあったのだ。

 それを許してもらうための交換条件として提示したのが少し前に【カナデ】【りんりん】【クロロン】の3人のプレイヤーで行ったチャットHの情報提供だった。

 その情報が有益なものだと認められれば私の今回の不義は許してもらえるらしい。

 司法取引みたいな。

 ちなみに百合は証人として呼ばれた感じである。


『へぇ? 面白そうなことやってんだな』


 今回のやり取りは全てLEINグループ内にてLEIN上のログとして記録されるらしい。

 全員がカナデさん男説の真実を知った今となっては隠す意味も少ない。

 みんなも用事の隙を見て参加するとか言っていた。

 ちなみに今の発言はLEIN上での晶のものだ。


『その時のスクショは残っていますか?』


『うん、残ってるよ』


 百合がスマホに残していたログ画像をLEINグループに貼りつけた。

 なんでわざわざスマホの中に残してるのか……いや、私もパソコンの中に保存してるからあんまり人のことは言えないけどさ。


『おぉう……これは』


 LEINグループの一人が呟く。

 貼られた画像の詳細を見た薫がギリッと歯軋りのような音を立てた。


『こんな大事なことを隠していたとは……うふふふ、はははははは!』


『怖いから(;゚Д゚)』


『その時は加恋はカナデをまだ男だと思ってなかったから仕方ねーんじゃねーの?』


 晶からのフォローもあり、薫の感情もすぐに鎮静化。

 果たして私は有罪か否か。

 ジャッジが下される。


『仕方ありませんね。分かりましたよ……加恋が誓いを破ったことは一旦許します』


 一旦、という余計な一言は気になったけど、私は安堵の息を吐いた。

 なんだかんだ言いつつ薫は友達だ。

 関係がギクシャクするのは嫌だったからね。

 LEINの中の皆の興味もチャットHのログ画像へと移り賑やかなやり取りが繰り返される。


『にしてもかなり過激だねぇ……』


『やばい、興奮してきた』


『本当に男の人だったって分かった今ならこの精度も納得できるね』


『もう一度言おう、興奮してきた( *´∀)』


『特に最後のところの描写がリアルすぎて……っふう』


『おい、今こいつなにした?』


『ww』


『またカナデにやってもらおうよ』


 ぴたりと思わず指が止まった。

 最後のは優良の発言だった。

 誰も言えなかったことをこうもあっさり言うとは……さすが天然。 

 我が友人ながら恐ろしい。

 LEINから一度顔を上げて優良を見る。


「ん?」


 首を傾げて不思議そうな優良。

 ああ、これは普通に気付いてないパターンだ。

 もう一度LEINに視線を移してそれに対する返事を書きこんだ。

 

『あの時はカナデさんが女の人だと思ってたからできたんだよ!?』


『男の人だって分かってから頼むのはさすがに勇気がいると思う……』


『カナデさんに嫌われたらもう生きていけない。主に全員が』


 他の皆からも似たような意見が書き込まれる。

 そうなのだ。

 カナデさんが女だと思ってたからあの時は言えた。

 女は猥談が大好きだから。

 下半身に直結する話が大好きな下ネタっ子たちだから。

 カナデさんは男だった。

 それならどう思われるか。

 いや、というよりあの時どう思われていたのか……考えるだけで恐ろしい。


『んーでもさ』


 優良が一呼吸おいてLEINに打ち込む。


『ログ見る限りそんなに嫌がってない気がする』


 え――

 全員に衝撃が走る。

 ログをもう一度確認する。

 さっきまでエロな部分に集中してた意識がエロに行く前の部分へと向けられた。


『確かに……普通にリアクションしてますね』


『下ネタに寛容な男の人ってこと?』


『いやいや……え、マジ? それこそ理想の……』


 ありえない、とは思いつつも普段のカナデさんとのチャットや【DOF】でのことを思い出す。

 優しかった。

 男の人とは思えないほどに。

 だからこそ今の優良の言葉が信憑性を増していた。

 しばらく話し合い一つの結論が出る。


『それを確かめるためにも加恋と百合に頼んでもらいましょう』


 今のは薫の発言。

 咄嗟に反論した。


『なんで私が?』


『同じく、なんで私がそんなことを?』


 メリットがない。

 いや、カナデさんのチャットHがもう一度見れるのは美味し過ぎるけど嫌われるかもしれないなんてリスクが大きすぎる。

 その瞬間を想像して思わず背筋が寒くなった。


『加恋、私は貴女のことを本当の友達だと思ってたんですよ? 約束、したのに……』


 こ、この女……!

 同情を誘う作戦にでてきた!

 いやいや、そんなキャラじゃないでしょ!?

 大体さっき許してくれるって……一旦とは言ってたけど。


『加恋、百合、逝ってこい!』


『犠牲は無駄にしないよ(゚∀゚)』


『結婚式には呼んであげるからさ!』


 く、駄目だ。

 一度矛先が向くと分が悪い!

 こっちの罪悪感につけ込む卑劣な作戦……けど、確かに有効な手だった。


『いやいやいや、それならなんで私も? 関係なくない?(´゚д゚`)』


 百合のごもっともな言葉に対して今度は一斉にLEINが返ってくる。


『百合ってそういうキャラだと思うの』


『確かに言い出しても一番違和感がないな』


『嫌われるリスクが少ない』


 おおぅ……味方がいない。

 だけど私にとっても有難い申し出だった。

 百合からしてみたらリスクはあるけど、私にとっては自分のリスクの半分を百合が背負ってくれることになる。

 それに一度目のチャットHは百合から言い出したことだ。

 二度目も百合が言いだすのが流れとしては自然だろう。


『……ならジャンケンで負けた方が言いだすのはどう? 私と加恋で勝負してさ』


『えー……』


 それってもし負けたら……って、駄目だ……変な流れができてしまっている。

 【ゲーマー美少年捜索隊】の皆は一人残らず乗り気だった。

 自分たちには関係ないと思って……

 百合を見ると負けられない顔をしていた。

 そんなの私だってそうだ。

 というか百合はなんでそんなにジャンケンに乗り気なの?

 あ、そういえば百合って何気にこういう運勝負強かったんだっけ。

 それでか……あんまり勝負したくないけど薫を見たら怖い顔で威圧してきてた。

 地味っ子なのに元の素材が良いせいで迫力があった。

 ……やるしかないのか。

 渋々立ち上がる。


「……いくよ」


 私は覚悟を決めてジャンケンの姿勢を取った。

 最初はグーから始まる。

 手を握り締めて気合を入れる。

 いざ……!


「じゃーん」


「けーん」


「「ぽんっ!」」







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