二〇一号室の幽霊

暗藤 来河

二〇一号室の幽霊

 三月下旬。

 望月渉は高校を卒業し、県外の大学に合格した。

 必然的に一人暮らしをすることになり、急いで部屋を探して引越しを進めた。真新しい家具と実家から持ってきた段ボール箱五つ分の荷物が渉の持つ全てだ。

 部屋は六畳、キッチン付き、ユニットバス、洗濯機置き場は室内。三階建ての二階、角部屋で左隣は空室。手狭だが良い部屋が見つかった。学生寮はすぐに埋まってしまって、何でもいいからと慌てて部屋を探したが、これなら四年間住み続けてもいい。

 荷解きをしていると、外から話し声が聞こえた。

 渉が玄関に近づく。壮年の男と若い男の声だ。片方は渉にも聞き覚えがあった。この部屋を勧めてくれた不動産屋のスタッフだ。

「……こちらの部屋です。ただ……」

「入らない方が……。でも見てみないと……」

 扉越しでよく聞こえない。おそらく部屋の内見に来たのだろう。隣は空室だし、若い男は高校生か大学生のようだ。もしかしたら大学の同級生になる人かもしれない。

 だがなんとなく会話の雰囲気が暗い。若い男はともかく、スタッフの方はもう少し明るかったはずだ。今聞こえてきた声は客商売の話し方ではないように感じる。

 もしかして、隣の部屋は何か良くない噂でもあるのか。自分が入居を決めたときは何も言われなかった。この部屋のことではないにしても、隣が事故物件だなんて聞いていない。実際に何か被害があるわけでもないから文句も言いづらいが。

 それに学生だからということで、家賃もかなり抑えてもらっている。下手なことを言ってここを出ることになるのは避けたい。

 扉を開けて覗いてみようかと考えたが、やめておいた。迷惑がられるだけだろうし、隣が空室のままならその方が良い。あまり騒ぐつもりはなくともやはり隣人がいると気を遣う。

 扉から離れて荷解きに戻る。それにしても、もう何日もやっているのにどうして終わらないんだろう。


「こちらの部屋です。ただ、外から見ても分からないと思いますが」

「入らない方がいいんですよね。でも見てみないとやっぱり分からないですね。どんな方だったんですか?」

「普通の学生さんだったんですよ。県外から出てきて、一人暮らしを楽しみにしていて」

「一昨年、事故で亡くなったとか」

「ええ。入学式すら出られず、病院で息を引き取りました。この部屋にいたのも二日程度です」

 二人の男がアパートから離れていく。不動産屋の車に乗る前に、若い男は一度振り返った。スタッフの男が運転席から声をかける。

「どうしました?」

「いえ、今、扉が……。いえ、何でもないです」

 若い男が車に乗りこむ。

 二階の角部屋、二〇一号室。その扉はまだ開かない。

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