第13話 家出してきたお嬢様
「あらためまして、皇樹 美月です。苗字きらいだから、美月ってよんで? 家出中にワケあってお世話になります。これ以上迷惑かけないようにします。よろしくお願いします」
長い髪を垂らして頭を下げていた。勢いよく顔を上げ笑ってみせる。明るい色の髪がふわりと宙に舞っていた。
花恋と一緒に帰って来てから、なんとなく花恋との距離が近いように見えた。というのも、ときどき花恋と美月は俺を見て「ふふふ」と笑い合っている。秘密でも共有したかのように、仲睦まじく。
「よろしく。自室以外は共有スペースだと思って使ってくれ。冷蔵庫はもちろん、風呂とかトイレとか洗濯機とかダンススタジオも一応あるから。それと合鍵渡しておく。あと俺、基本的に自分の部屋から出ないから、友達とか呼んでくれても全然かまわん。ただ、花恋がいるからそこは注意してほしい。それとあれだ、迷惑かけるって言ってるけど、おまえも迷惑かけられてるほうだろ。俺らも親の離婚に巻き込まれたり親に強制されて習い事されたりしてたから、わからんでもない。大変だったな。かといっていきなりの同居人を受け入れられるかっつーと受け入れられてないんだが、こう、すまん」
美月はまだ輝くのかというぐらい、おおきな目を輝かせる。
「あと聞きたいんだが、どっかで会ったか? お前みたいな目立つやつ、忘れないと思うんだけど、なんか知ってる気がする」
「ううん、さっきも言ったけれど初対面よ? 気のせいじゃないかしら」
「そっか、悪い。勘違いだ」
俺がそう謝るとニコニコした美月が気にしないでと言ってくる。俺が間違ったのに笑ってるのは何か変だった。
花恋が「……ばか」と小さくつぶやいた。
「と、いうことで言いたいこと言ったし、風呂入って自分の部屋いくわ。花恋、あとよろしく」
「りょうかいだよ。お兄ちゃん、おやすみ」
「おやすみ! しぐれ」
「お、おう」
「むっ、なんで照れてるのかな?」
「い、いやなんか、おやすみって言われるのうれしい」
「私が毎日言ってるのになー。おかしいなぁ。ふーん、オヤスミッ」
花恋にすねられて、逃げるように階段を上がった。
自分の部屋に入ると、携帯を開く。
相談したいことがあるとチャットを投げていたブルームーンから返事が来ている。
「どうした?」
「お姫様みたいな美少女がいきなり俺の家に住み込むことになって気まずい」
俺の友人はすぐに連絡をくれた。
「かわいそう。現実と妄想の区別がつかなくなったか?」
「マジなのに、一切信頼されてないんだが?」
「そんな都合のいいことあるかよ」
「事実は妄想よりも奇なり」
「ガチの小説家が現実を褒める言葉で、現実をけなすのやめろ妄想家」
ブルームーンが連投した。
「それと過去の偉人が残した偉大な言葉を、子供も残せない童貞が都合よく捉えるのやめろ。だから女の子に話しかけられただけで、都合よく勘違いして惚れるんだよ」
「なんか機嫌よすぎない? 童貞バカにすんな」
「今日は特別な日だから。あと童貞をバカにしたことはない。時雨しかバカにしてない。被害妄想が甚だしいぞ」
窓から見える綺麗な月に、俺は思ったね。つらい。
「で、どんなやつがお前の家に来るんだよ。いや、来たのか?」
「来た。なんかすっげー美人。おっぱい大きいし、良い匂いする。あと髪長くてすげー綺麗。まつげ長い、目が大きい。おっぱいも大きい」
「おっぱい2回言う必要あったか? どんだけ主張激しいおっぱいなんだ?」
「おっぱいって2つあるから2回言っても許されるかなって。けどまあそんな感じの女の子かな」
「おっぱいしか印象残らない女ってことでいいのか?」
「話し方が綺麗とか、話す声がかわいいとか色々あったと思うけどおっぱいしか思い出せないからそれでいいと思う。なんか緊張してうまく話せなかったから逃げてきた」
「コミュ障www初対面に弱すぎだろww」
「だれでも気さくに話しかけて、自然にボディタッチしてくる女いるじゃん? あれマジで童貞の敵だから。そういやお前もいちおう女だったな。男だと思ってたから忘れてたわ」
「話す内容、性別で変えんのかよ?」
「おっぱい」
「その使わない金玉爆発して死ね」
この汚くも美しい会話に思わず笑ってしまう。
月の光を見つめたせいか、ついこの月の名を冠する女に聞いてみたい言葉があった。
「月が綺麗ですね」
「死んでも良いわって言わせたかったら、もっとストレートに言ってこい」
俺はチャットに「おまえのことが好きかもしれない」と書いた。
それを送れなかった。ストレートな表現ではないから、ちょっと違うかもしれないと思った。
「愛している」そう書いてみた。はずかしくて顔面から火が出そうだった。
「おまえと逢いたい」このぐらいなら送ってもいいかなと思ったけど、これすら送れなかった。
結局送ったメッセージは「冗談でも好きと言えないから俺は童貞なのかもしれない」とだけ書いて送った。
午前の3時半のことだった。
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