第11話 突然の引越し、来客
自宅の前に大きなトラックが2台も停まっていた。
ガタイの良い大人たちが、俺の家から家財を持ち運んでいる。玄関の前に花恋をみつけた。花恋は電話しているようだった。俺に気が付くと、不安そうな顔を変えて、明るい表情を浮かべた。
「なにごと?」
「わかんないよ。けど、いまお父さんから電話入ってて、お父さんの部屋にだれか来るらしいの」
「それ親父? ちょっと代わってもらえるか」
花恋のピンク色の電話を借りる。
「おい」
自分でも驚くぐらい低い声が出た。電話越しで焦るような親父の声が聞こえた。
「ごめんなさい。オヤジです。いや、本当ごめんなさい。わすれてました」
「はぁー……んなことだろうと思ったよ。なにこれ、家財差し押さえられてんの?」
「バッカヤロー。お前らの家の家財差し押さえられるぐらいなら、内臓売ってみせるぞ俺は。子供に迷惑かける親にはなりたくねーんだよ。いま、なってるけど」
「それなら、なんで親父が五体満足で家財差し押さえられてんだよ」
「あぁ、それ引っ越し。つっても俺がじゃないぞ。その家にひとり住まわせることになった。俺とお前の母さんの部屋使ってないし、壊していいよっていったらマジで壊されてんだろ、いま。それは俺も予想外だ」
「なんつー話だよ、マジで。花恋びっくりしてるぞ」
「俺もびっくりしてる。いや、それやったの俺の大学んときの後輩なんだけどな」
「親父の後輩住まわせんの?」
「いや、そいつの娘。家出して行方不明なってたところ、たまたま俺が捕まえて、家に帰りたくないっていうから預かった。なあなあ、これってパパ活っていうんだろ? ちょい悪オヤジじゃね、俺?」
「親父、すまん。いまはちょっと笑えない」
「はい、スミマセン。あと、そいつの娘なんだけどマジで根性すわってるから気を付けろよ。いまのでわかったと思うが、家出でワシントンD.Cまで飛んできてたから。えらい暴れてよ、こっち迎えに来た父親に引き渡せなくて、結局代理のやつに引き渡したからな。抜き身の刀ぐらい恐ろしいお嬢さんだった。ワシントンダレス空港で何日足止めくらったことか。俺もすぐシリコンバレー行かなきゃならんくて、そのあとどうなったか聞いてないけど」
「はぁ?」
「すまん。ほんとうにすまん。俺が離婚したときの花恋、覚えてるか?」
「……忘れるわけないだろ」
「いま向こうのお嬢ちゃん、そんな感じ。両親ともめて父親ぶん殴って家出。学校行くのストライキ。俺が裁判所の調停員みたいに間に入って和解中。母親の母校だった女子高からは転校させろっていうから、謳歌学園に転校する。とりあえず、しばらくお前の家で預かって、一緒に学校行ってやってくれ」
「いきさつが意味わかんねえ。ったく……了解。つっても何もできることないからな。ただ一緒に住んでりゃいいんだろ?」
「頼む。お詫びつったらあれだけどよ」
「なんだよ」
「いま小遣いと生活費まとめて振り込んでるけどよ、俺のクレカの家族カード渡すから好きに使えよ。お前の部屋にある俺の本に挟んである。岩波の青帯でカントの純粋理性批判ってタイトル。しばらく手を付けねーだろって思って、そこに隠した。暗証番号はお前の誕生日」
「ありがてえ。サンキューパッパ」
「大学生なってから渡さないと色々まずいんだけどな。あとは任せた。こう、なんだ。いや、俺の言うことなんて信用できねーと思うけどよ。元気で、楽しんで過ごせよ」
「ありがとう。今日、俺からのメッセージ見た?」
「いや……悪い時雨。見てない」
「花恋が今日、高校初登校だったから。俺も、まぁ、今日からいってる」
「そ、そうか。いやよかった」
「そんだけ。俺は良いけど、花恋には自分で説明しろよ親父」
俺はそういって電話を花恋に返した。
「お兄ちゃんがいいっていうなら、私もいいよ。けど、説明はほしいかな。……うん。うん」
花恋は静かに電話を続けていた。
家にあった親の物がすべてトラックに積まれる。親父と、離婚していなくなった母親の荷物だ。運び出されたものをのせたトラックが出発した。もう1台止まっていたトラックからベッドが運び出される。白いベッドは見るからに高そうだった。
なんだか自分の住んでいる家が、他人のものになってしまった気分だった。
スーツを着た女性が頭を下げてくる。はじめて見るひとだった。
「天宮時雨くんですか?」
首を縦に振ってこたえた。
「利発そうな少年ですね。安心しました。自分は紫電と申します。民間の会社でリンクス・イージスという会社の社員です。今回は引っ越しを手伝っている縁で、立ち会っています。お嬢様がこれからお世話になります。くれぐれも、よろしくおねがいします。お嬢様のことでなにかありましたら自分に連絡ください」
ずいぶんと堅いひとだと思った。きっちりスーツを着こなしているからか、話し方が無骨だからかは、わからない。
名刺をもらった。リンクス・イージスという名前と紫電 ほまれという名前。それに携帯電話の連絡先が書かれている。
「事情を今聞いたところで、なにが起こってるかわかってないです。今からそのお嬢様がうちに来るってのと、お嬢様のお部屋を準備してるってことでいいんですよね?」
「そうです。しかし……なるほど。少年、スメラギグループは知っていますか?」
「たしか、テレビとか銀行とかの会社でCMやニュースでよく見るグループのことですか?」
「そうです。日本で一番大きな会社の集まりです。そこの総裁……失礼しました。会長のひとり娘である皇樹 美月様が少年の家に来ます」
会社やグループというのはピンとこないけれど、なぜそんなひとが家に来るのかはもっとピンとこなかった。
偉い人の娘さんも色々あるんだなぐらいしか思わないし、お嬢様なら一般家庭の俺の家なんかすぐに出ていくだろうとしか思えなかった。
最近、悪役令嬢をテーマにした小説を読みまくっているせいで、高飛車なお嬢様のイメージがとれない。そんなお嬢様と一緒に住めるとは思わないので、その場合は悪いが出て行ってもらおう。あと、花恋と合わなかった場合も、出て行ってもらおう。
「お嬢様は少年と同じ高校2年生。先日までエリス女学園にいました。箱入りのお嬢様を想像されているのなら、今すぐその幻想は捨てなさい少年」
「えっ?」
「趣味はコンビニスイーツの食べ比べ、ラーメン屋巡り。自分は頻繁に巻き込まれ、体型の維持が困難なレベルです。誰にでも気さくに話しかけるタイプですので、気苦労は無用です。放っておけば勝手に居場所をつくります。内面は非常に女性らしく、可愛らしいもの綺麗なものを好みます。安心してください。周りに迷惑をかけるお方ではありません。少年もすぐに打ち解けるでしょう」
俺の考えていることを見透かされたようだった。格好いいと思うぐらい立ち姿が綺麗な女性は、やわらかく笑いながらお嬢様の話をする。お嬢様のことが好きなんだと胸を張って言っているようだった。
俺はどこかほっとしていた。自分の家に来る他人はやはり緊張するし、どう接して良いか考える。俺は別にいいけど、花恋とは仲良くなってくれたらいいな。
引っ越しの作業が終わったようで、トラックが走り去る。
紫電さんがどこかに電話をしていた。
「お兄ちゃん、お父さんがカメラあげるって。防湿庫ごとお部屋に運ぶよう言っといたから、確認してくれだってさ」
「マジ? うれしい。今持ってるのじゃ物足りなくなって、すげえ欲しかった」
「うん、お兄ちゃん喜んでる。ありがと」
引っ越しが落ち着いたようなので、花恋を家の中に入れた。しばらく親父と電話してるだろうから、リビングで待つように言った。
俺はなんとなく落ち着かなくて、玄関の前で待つことにした。
すっかり日が暮れている。家の周りを囲む高い塀に背中を預けた。ブルームーンにチャットを打ってみる。ちょっと相談したいことある。そんなことを送るけど、メッセージは見られない。どこかでピアノでも弾いてるんだろう。そんな気がしていた。
携帯をいじりながら、来客を待っていた。
雲間が切れたのか、急に夜が明るくなった気がした。
満月が空に浮かんでいた。
月が綺麗だと思ったところだった。
「月がきれいですね」
真横で女の声がした。透明な声だった。思わず、空耳かと疑った。
月の住人と言われれば信じてしまいそうなほど綺麗な人がそこに立っていた。
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