第6話 初登校、一発やらせろ

「お兄ちゃんっ、制服どう?」

「アイドルみたい」

「……いちおう、アイドルなんだけどなぁ」

 ピンクの髪を白いリボンでポニーテールにした花恋は、髪を揺らしながら玄関の鏡でポージングして、姿を確認している。はじめて制服を着て高校に登校する日だ。とても新鮮な一日のはじまりだった。

「やっぱ、かわいいな」

「ほんとー? あはっ、うれしい」

 俺はいつものスポーツシューズを履いた。花恋は学校指定のローファーだった。

「あれ、お兄ちゃん荷物は?」

 学校指定のスクールバッグを持った花恋が言った。

「サイフ、携帯、胸ポケットにシャーペン、ボールペン。ノートとかは必要なら現地調達する。まだ授業登録してないから、昼からの授業ないはずだし」

 俺たちが通う謳歌学園の午後からの授業は、選択制だった。授業を受けず部活をして良し。体育の授業を受けて良し。著名人の講演や、音楽活動やスポーツなどのワークショップに参加しても良いし。6教科の基礎授業、応用授業を受けても良い。あまりに成績が悪かったりすれば補習として担任から特別授業の履修を強制されることがあるが、基本的には生徒が選択できる。

 謳歌学園へは歩いていける距離だった。花恋と桜を見つけたりしながら歩いていると、すぐにつく。学園へ近づくにつれて坂が多くなり、自転車で通学するやつらは自転車を降りて歩き始める。前を歩く背中が全部同じ制服になったころ、学園に到着した。

 校門の前に着くと、学校の名前の看板の横に花恋を立たせた。

「あははっ、ちょっと恥ずかしいな」

 そう言う照れた花恋の姿を写真に収めた。自然光の向きが味方して、目に光が入ったいい写真が撮れた。いちおう、父親にその写真を送っておく。気が付いたらメッセージが来るはず。

「わぁー。すごいね」

 いざ一歩、校門から敷地へ足を踏み入れると運動部の勧誘合戦が始まっていた。

 野球やサッカー、バスケなどユニフォームがある部活はユニフォーム姿で必死に1年生に声をかけている。水泳部の水着の男を見つけて、水着の女子はいないかと必死に水泳部のブースを探すけれど、残念ながらふつうに制服だった。

 目の前を歩く新品の制服を着た女子が2人、お前キャッチのプロだろと思うぐらい自然に後ろ歩きしながら声をかける金髪のイケメンに捕まっていた。2人組の新入生が足を止めてしまう。楽しそうに笑いながら会話をした後、すぐにサッカーのユニフォームを着た男たちの元へ連れていかれていた。金髪の男はまた校門から玄関までの通りに立ち、目ざとく新入生を観察していた。そいつと目が合う。

「時雨ちゃん!」

「ホスト、なにやってんの?」

 このスカウトにいそうな金髪イケメン、俺の友人である。

 本名を東雲 雅。そんな源氏名みたいな名前あるか。そんなことで整った外見が相まって、あだ名がホスト。

「サッカー部のマネージャー確保、手伝ってんの。ひとり入部で焼肉1回。って、花恋ちゃん、ひさしぶり。この前テレビすごかったよ、マジ」

「東雲さん、おひさしぶりです。うれしいな、見てくれたんですか?けど、あはは、やっぱり恥ずかしいです」

「いやー、ガードのかたい良い女の子になっちゃって。お兄さんもうれしい。あっ、時雨ちゃん、おかーり。クラスいっしょだから、いっしょに行くっしょ!」

ホストはそう言うとサッカー部に走って声をかけにいき、すぐ戻ってきた。

「にしても、さすが話題のアイドル。花恋ちゃん目立つねぇ。めっちゃケータイ向けられてんじゃん」

 校門あたりから花恋のちかくで立ち止まる生徒が増えてきている。他所でやってくれればいいのに、七色エスケープや天宮花恋と声に出して言うやつらのせいで、噂が広まってしまっている。

 花恋のストレスにならないと良いけれど。

「あはは、慣れてます」

「雷堂よぶか。あいつなら怖くてだれも直視できないだろ」

「ははっ、間違いない。よびだせるの時雨ちゃんぐらいだしね」

 雷堂に電話をかけた。コール2回で電話に出る。

「悪い、ライライ。芸能科のクラスまで花恋、案内してくんね?」

「ハァ? 時雨、どっから電話かけてんだ。あと、ライライゆーなっ」

「ライラーイ。ライラーイ」

「だまれ、蹴るぞ。あー、もうっ。すぐ行く。」

ツー、ツー。電話が切れる。

「ライチちゃん来てくれるって?」

「あいつ花恋好きだから、すぐ来るってよ。とりあえず玄関いこうぜ。目立つのも学園に慣れるまでだろ」

「そだね。はやくみんな慣れてくれるといいなー」

 そう言って賑やかなメインストリートを抜けて、玄関に入った。

 学年で別れている下駄箱で、花恋と別れる。

「あれ、俺の靴あんのかな」

「そのぐらい移動させたって。こっちこっちー」

「さんきゅー、ホスト」

 スニーカーから上履きに履き替える。そのあと1年生の下駄箱の前で困ったように眉を寄せている花恋を見つけた。

「どうした?」

「んー。これ、どうしようかなって思って」

「なにこれ。俺、上履き捨てられて下駄箱に何もないときはあったけれど、下駄箱にゴミ詰められてるの初めて見たわ」

「ぶはっ、ゴミって。時雨ちゃん、この手紙全部ラブレターってやつではー? お兄ちゃんの心情複雑ってやつ?」

「いやこれは新手のイジメだろ。そうに違いない。ゴミを詰めるタイプの嫌がらせだ。お前らの思いは認めるが、交際は断固認めん。中身全部見て、ファンからの手紙ならあとで花恋に渡すが、連絡先書いてあったら燃やす」

 俺は花恋の下駄箱に詰まっている帯びたたしい手紙を両手で抱えて、ホストのバッグのなかに詰め込んだ。ホストは手紙の重さに笑っていた。

「おい、時雨」

「遅いぞ、ライライ」

「ライライゆーなっ。花恋っ」

「ライチちゃーん」

 仲睦まじい姉妹の再開のように、雷堂と花恋は手を取り合っていた。

「えへへ、これからはお仕事でも学校でもいっしょにいられるね? あ、学年は違うけれど会いに行くね」

「ありがとな、花恋。連れてきてくれて。おいだれだ、カメラ向けんなっ。って、時雨かよ」

「いま何か言った? ちょっと写真撮ってて聞こえなかったんだけど」

「うっさい、バーカ」

「お兄ちゃん、ライチちゃんが戻ってきてくれてうれしいって」

「雷堂がそんな殊勝なこと言うはずないだろ、なにかの聞き間違いだ」

「こいつ、本当に……っ。思い出した」

 雷堂が俺の前にやってくる。俺より少し低いぐらいの身長で目つきが鋭い女だ。顔は整ってても目の力が強すぎて、男女問わず皆すくみあがる。女性らしさがないことはない。よく見ればスタイルはいいし、目の周りを隠せば非常に愛嬌のある顔をしているとおもう。金髪のせいもあってか、裏では猛獣のトラに例えられることもしばしば。

 雷堂が牙をむいて話した。

「時雨、一発やらせろ」

 拳を握った雷堂がそう言い放った。

「すまん。なんて?」

「一発やらせろ」

「朝から一体なにを言ってるんだ?」

 ホストが爆笑し、花恋の顔が引きつってる。

「朝から? やるのなんて、いつでもいいだろう? いいから、いくよ」

「いまから? 待て。おまえ一体なにを、なんで拳を振りかぶるんだっ。なんで腰をひねる。っば、バカっ」

 大きく拳を振りかぶった雷堂が俺の顔面にそれをぶつけてきた。

「ごっぶっ」

「うわああーっ。時雨ーーッ」

 ホストの叫び声と、花恋の黄色い悲鳴があがった。

「お兄ちゃんーーっ」

 俺は雷堂にぶん殴られた。倒れて座り込むぐらい強烈に。

「どんだけ花恋に心配させるんだよ。それと、アタシ。困ったら言えって言ってるじゃないか、わからずや。急にいなくなられたら、アタシだって寂しいし心配すんだよ、バカ。それに、そんなことされたら付き合う甲斐がないじゃないか。アタシとお前、友達だろ。ほら、立てよ時雨」

差し出される雷堂の手に引っ張られて、俺は立ち上がった。

「……わるかった。すまん」

「時雨、お前は悪くない。ただ、間違ってるだけだ。おかえり。殴り返したいならアタシの顔、殴っていい。そんな度胸ないだろうけど?」

そう言ってから雷堂は俺にだけ見えるように笑って見せた。犬歯を出してはにかむように笑った。

「お前が度胸ありすぎなんだよ、ライライ」

「うっさい。ライライゆーな」

 雷堂が俺の胸を殴ってきた。じゃれつくような、猫のパンチぐらいの強さで。

 同じぐらいの強さで雷堂の腕をパンチした。

「ほら、花恋。教室いくぞ」

「うん。またあとでね、お兄ちゃんっ」

 雷堂に連れられて、花恋がポニーテールを揺らしながら歩いていく。その背中を見送った。

 階段を上って見えなくなったところで俺はため息をついた。

「あんな機嫌の良い雷堂ひさびさに見た」

「時雨ちゃんが登校しなくなってからの雷堂、ほんっとに機嫌悪くて、だーれも声かけられなかったんだってよ。あと、これ内緒な。一回特進のクラスの女の子が雷堂に捕まって聞かれたんだってさ、天宮になにがあった?って。っま、モメるっしょ。虎を放し飼いにする時雨ちゃんがわるいけど」

「俺と雷堂はそんなんじゃねーよ」

「……雷堂もなかなか大変そうじゃん」

 そう言いながらホストは階段を昇って行った。

 俺はそれについていく。すれ違うみんなに殴られた顔をまじまじと見られながら。

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