第6話 ネイル-05 『海賊の意気』
「オレあ、頭が悪いんだ。分かるように言っちゃくれねえか」
「数刻前のことだ。俺はこの船を襲った」
「――ああ、海賊ってのはお前らのことか」
縄張りが隣でも、彼らと全面的な抗争にならないのはそれが理由だった。ネイルは言わば山賊で、町を出入りする荷物を主に狙う。
ドゥアは海賊だ。真っ黒な船を駆り、近海を荒らす。この帆船が流された為に、陸に戻ったのだろう。
「ただし正確には、俺が追っていたのは別の船だ。外板を鉄で補強した軍船だった。そいつが狙った船と、両方ともというわけだ」
「軍船を? そんなに暇だったか。どこの船だ」
人間の国が持つ軍隊。そこで使われる船には、大量の砲や
積み荷や船そのものを手に入れられれば、この上ない大収穫だ。しかし訓練された兵士も大量に乗っていて、労力や被害はとても見合わない。
「どこだか分からん。旗がなかった」
「旗が――?」
船には必ず旗がある。海賊でもだ。もちろん素性を隠したい場合は、偽の旗を用いることもあるだろうが。
しかし皆がそうする中、何も掲げない。それはとても目立ち、真っ当な航海でないのを周囲に知らしめてしまう。
現にそれで、ドゥアも目を付けたのだ。
「それにしたって軍船を襲うとはな」
「脚が速かった」
ひと口に軍船と言っても、船種は様々だ。だがドゥアがそう言うなら、遅い筈のものが速かったということになる。つまり装備か人員かが、大幅に少なかった。
いかに人間が尊大でも、この島の近くで訓練などもすまい。理由が分からず「へえ」と、次の言葉を待つしかなかった。
「服はどんなのを着てたんだぁ?」
口を挟んだのはホルトだ。様子を窺って少しずつこちらへ来ていたが、黙っていられなくなったらしい。
「揃いの軍服や鎧はなかった。いかにも平民という風だ」
「へぇ、そいつはおかしな奴らだなぁ」
たしかにおかしい。おかしいが、すぐネイルたちにどうこうという話でもない。ドゥアたちにもだ。
ホルトはそれだけを聞きたかったらしく、何も続けようとしない。ネイルなりドゥアなりが、話すのを待つ。
「で? 宝珠はどこへ行った」
「軍船の一人が、口を滑らせた。この島にそれがあるらしい、とな」
「それを盗みに来た秘密の軍隊か。そいつがこの船を?」
振り返って、もう用のない帆船を眺めた。マストの天辺には、どこかの貴族の紋章がはためいている。
横腹の穴は、やはり衝角で空けられたのだろう。今もまた、海水を吐き出していた。
秘密裏に動きたいなら、余計な真似はしないことだ。どうして海賊の真似ごとをしたのか。
「理由は分からん。喋った奴も、そいつの仲間に殺されたからな」
「どうせ死ぬのに律儀な奴だ。その宝珠が、何だっていうんだか」
「使えば相手の精神を支配出来る、そうだ」
何やらあり得ない。しかし不穏極まりない話だ。「何だと?」と、目を細めずには居られない。
精神を支配となると、それを持った者の命令には逆らえないということか。
「そんな物が本当にあるのか? 島のどこに?」
「――さてな。聞けたのはそこまでだ」
この土地が、喩えば国などと一つに括られたことはない。唯一、島であるというだけだ。過去、人間や亜人がそれを目論んだことはある。北岸の町もそれで
だが中央から南には、古くから棲む魔物が多く居る。竜種やそれに匹敵する強者ばかりで、ネイルも踏み込んだことはない。
もしも宝珠が、魔物にも効力を持つとしたら。
「それを手に入れて、お前がこの島の王にでもなるつもりか」
竜を従え、島の支配者になる。そうなれば、大陸をも容易く踏み潰せるに違いない。
ドゥアはこの問いを、すぐには答えない。じっとネイルの目を見据えた後、大きく息を吐く。
ごまかす空気は感じられない。一つひとつ言葉を選び、それに答えたネイルのことを推し量っているように見えた。
「違うと答えて、貴様は信じるのか」
信じられない。
ドゥアと話すのが初めてではないが、あくまで敵には違いないのだ。違うと言われれば、うまくこちらを利用したいのだと考えるし。そうだと言われれば、この話そのものが嘘だと考える。
つまり問う意味などなく、口にした自分が愚かだと気付けただけだった。
「そんな降って湧いた話を、どうしてオレに話す。何を手伝えってんだ」
「これは俺の想像だが、おそらく宝珠は竜の城にある」
「そいつはまた豪儀だな」
島の最奥部にある、竜種の群生地。本当に城塞があるわけでなく、古代竜を頂点とした王国のようだとそう呼ばれる。
そんなものと戦うなど、正気の沙汰ではない。いかにネイルの爪が岩を砕こうとも、古代竜の鱗は岩や鋼より硬いのだ。
「俺はこの島を気に入っている。くだらん人間の権力が及ばない、真の自由をな。強い者が奪い、俺もいつか誰かに奪われる。それを無粋な宝珠などに邪魔されたくはない」
分かる気がした。しかしそこまで先を、考えたこともなかった。
人間のドゥアは、ネイルよりも早く衰える。だがどちらが先かというだけで、ネイルもいつかそうなるのは避けられない。
「それなら問題ねえ。お前の言うくだらん人間は、その宝珠を手に入れることが出来ねえからな。何せ、竜の城だ」
「……うむ」
反論はなく、彼もそうとは思っているらしい。それでも何か気になるのだろう、何か言おうと口を開きかけてやめた。
「少し調べてみる。貴様も考えておけ」
「随分とご執心だな。生き急ぐなよ、人間」
ドゥアは仲間と、後ろ歩きに去っていった。
見送ったネイルもホルトを連れ、棲み処へと帰る。奪った袋や木箱は思ったほどなかったが、大量には違いない。凱旋だ。
二人の背に、入り江は変わらず激しい波の音を投げかける。息を潜めてさえいれば、そこへ何が居ようと気付けぬほど賑やかに。
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