スシババア
達見ゆう
スシババア、逃走中
「いたぞっ! あそこだ!」
黒服にサングラス、いかにもという風貌の男達が一斉に路地に駆け込む。
ここは浄瑠璃町と呼ばれる繁華街の一角。「いつか浄瑠璃を呼べる町に」と願いを込めて名付けたとは思えないほど、ネオンが煌めき、怪しげな店や人が集うダークサイドだ。
そんな街のためか、黒服達の騒ぎにも人々は無関心だ。おおよそ、多重債務者かぼったくりバーから逃げた客を追い込みかけているくらいにしか思ってない。
しかし、追い掛けられている者は老婆な上、白い和帽子、白衣、白ズボン。どう見ても多重債務者やぼったくりバーの被害者とは思えない。
その全身白ずくめの人物は路地裏を駆け抜けていったが、不意に立ち止まった。そう、行き止まりである。
「見つけたぞ、流しの寿司職人の
悪役お約束のセリフを吐きながら、黒服達が近づく。
「ふん、なんと言われようと握れないもんは握れないね」
寿子は追い詰められたとは思えない尊大な態度で腕組みをしながら答える。
「なんだと、貴様、どういう……」
黒服の一人が殴り掛からんばかりの勢いで寿子に近づくが、リーダー格と思われる黒服が制止する。
「待て、相手はこれでも老人だ。手荒な真似をするんじゃねえ」
「し、しかし、
我利と呼ばれた黒服は、落ち着かせるように若手をの肩をポンポンとはたき、寿子に向き直る。
「なあ、そんな難しい頼みをしている訳じゃないんだ。ちょっと我慢してパパパっと握れないのか?」
我利は優しい口調で説得を試みる。しかし、寿子の態度は変わらず頑なだ。
「何度言われてもコーン寿司は握れない。そんなことするならば死んだほうがマシだよ」
「おやっさんの孫娘の前でもそれを言ったようだな。嬢ちゃんはギャン泣き、誕生パーティーは台無し。本来ならその場で殺されても文句言えないが、その腕を見込んでコーン寿司を嬢ちゃんに握り直すなら許してやると言っている、おやっさんの温情ってやつだ。どうだ? 考え直さないか?」
「コーン寿司は邪道だ。職人のポリシーに反する」
寿子は腕組みを崩さず、静かに反論した。
「やれやれ、交渉は決裂か。おやっさんからは生きて連れて帰れと言われていたがしょうがない。“捕らえる途中で不慮の事故死”になってもらうか。おい、殺っちまいな」
我利の合図で黒服達が内ポケットの中に手を入れ、じりじりとにじり寄る。
「若頭の我利さんがここまで言っているのに、バカな野郎だぜ」
寿子はそんな彼らを見ながら不意にほほ笑み、叫んだ。
「隙ありっ!」
寿子は白衣のポケットからすばやく何かを取り出し、黒服達に投げつけた。
「うぉっ?! 目が!」
「くっ! 目つぶしかっ!」
「落ち着け! これは粉末緑茶だ!」
戸惑う黒服達が口を開き、それぞれが戸惑う中、寿子は次の動きをする。ポケットに手を突っ込み、何かを取り出したかと思うと止まらぬ速さで軍艦を握っていく。そして、それを目つぶしで戸惑う黒服達の口の中に投げ込んだ。
「う! これは!」
「新米のあきたこまちで炊いたシャリ、東京湾で採れた江戸前の初摘み海苔の濃厚な香りっ!」
「そして、北海道産の新鮮ないくらっ!」
「「「うまーい!」」」
黒服達がを思わぬグルメに顔をほころばせた隙に寿子は走り出した。
「あ、待て! お前ら、追いかけるぞ!」
「待ってください。口の中にはまだ寿司が……。それに母ちゃんには食べながら走るなと言いつけられてて……」
「なんだよ、その無駄な行儀の良さはっ!」
そうこうしているうちに、寿子は走り去ってしまった。
「ちくしょう、噂通りの頑固なスシババアだ」
「おやっさんになんて言えば……。って我利さん、なんであれがスシババアなんすか? 確かに寿司を握るばあさんだけど」
「名前を洋風に逆さにして読み方を変えろ」
ようやく、寿司を飲み込んだ部下の
「あっ! 確かに
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