第56話
指揮官のいる本陣の前方に、遠距離攻撃を得意とするロード達による、砲撃部隊が展開している。
両軍の砲撃隊が、様々な色、様々な属性の遠距離射撃を放つ中、両軍勢の大部分を占めている歩兵部隊が突撃をかけ、中央部分で衝突していた。そこでもまた、近接攻撃を得意とするロードが混ざり、活躍している。
遠距離攻撃を担う砲撃隊の狙いは、連合軍と帝国軍とでは、ハッキリと分かれていた。
帝国軍の砲撃隊の標的は、連合軍の本陣が敷かれた前方に展開する、遠距離部隊に絞られている。出来るだけ迅速に、連合軍の砲撃隊を無効化させ、歩兵部隊を有利に働かせようという目論見だ。
無論、連合軍の砲撃隊、そして本陣には、防御結界を得意とするロードにより、幾重にも重なった防御結界が展開されてある。帝国軍の砲撃は結界に衝突し、絶え間なく炸裂と轟音を響かせていた。
結界を展開しているロードの神力が尽きて、防御魔法が途切れたとき…一気に連合軍は、敗北へと導かれることになるだろう。
対して連合軍の砲撃隊の標的は、前線部隊である歩兵部隊に絞られていた。自軍の歩兵部隊を巻き込まない箇所に、凄まじい数の神力弾が撃ち込まれている。
帝国軍の歩兵部隊には、連合軍のように、小規模結界を展開するロードが、存在していないようだ。中には手にした武具で、神力弾を弾く猛者もいるようだが、殆どの歩兵が、連合軍の遠距離攻撃を受け、次々と戦場に倒れ伏していった。
こちらは出来るだけ迅速に前線を制圧し、一気に本陣を攻め落とす作戦を取っているようだ。
未だ、ディグフォルトの眼を使っての、遠目での洞察のため、詳細な判断は出せないところだが…おそらく今のところ、戦局は五分、といったところだろう。
だが、どれだけ拮抗した戦局でも、一人の英雄の存在が、全てを決してしまうこともある。
連合軍には、青の軍神と異名を取る、地風神カイルストルの半身、ストル・フォースト。
帝国軍には、暁光竜……いや、破壊神の加護を受けた竜戦士、逢魔竜ラグデュアルがいる。
二柱の英雄戦士が、どのタイミングで戦局に関わってくるか…おそらく両者とも、そのタイミングを見極めている、最中なのに違いない。
すでに、両軍の索敵範囲には突入しているだろう。それでも今のところ、こちらを狙う動きがないのは、両軍の砲撃隊に、それだけの余裕がないのが理由だ。
あるいは、敵か味方かを見定めている最中か。それならば、早い段階で意思を示す必要があるが…。
「マリカ。この距離なら、ストルと会話できるか?」
──可能です。すでに呼びかけているのですが、結界が邪魔をして難航しています。もっと接近すれば、届くと思います──
なるほど。防御結界には、そういう弊害もあるわけか。ならば…
飛翔を続けつつ、帝国軍の本陣へと向けて、右手を突き出す。
距離が距離なため、威力は落ちてしまうだろうが……どの道、防がれる一撃だ。遠慮することはない。
「
遠距離、そして上空から撃ち放った黒炎弾が、帝国軍の本陣結界へと衝突する。
激しい轟音と共に黒炎が弾け、帝国軍本陣の前方に展開された結界が、僅かに揺らいだ。が、すぐに強固な輝きを取り戻し、それまでのように本陣を守る働きを果たす。
ストルにも、ラグデュアルにも、これで伝わっただろう。俺が、どちらの味方であるのかが。
特にラグデュアルには、誰が現れたのかも、伝わったに違いない。
帝国軍の砲撃部隊の一部が狙いを変えて、俺に向かって、遠距離攻撃を放って来る。
いくつかの属性の神力弾に、レーザーのような遠距離射撃。だが、マリカやディグフォルトに頼らずとも、俺だけの意識でも対処できる程度のものだ。
おそらく現場の砲撃手が、本陣を襲った黒炎弾を見て、慌てて狙いを変えただけなのだろう。すぐに俺を狙う射撃は収まり、再び連合軍の本陣へ向けて、砲撃が集中していった。
ふむ。それほど統制は取れていない部隊のようだな。
ただし物量では、明らかに帝国軍の方が優っている。見たところ連合軍の数は、帝国軍の三分の二、といったところだ。
と、
──ほう? どうやら、ルイス様の勧誘は蹴って来たようだな。隣神の座を自ら放棄するとは、つくづく愚かな男よ!──
ラグデュアルの声が、脳裏に響いた。
よし、上手く反応してくれた。このまま、ラグデュアルを引っ張り出せれば、連合軍には、かなり有利に働くはずだ。
帝国軍にも、ラグデュアルやルーテフォーテ以外に、S級以上の猛者は存在しているだろうけれど、俺がラグデュアルさえ押さえ込んでしまえば、ストルを筆頭とする連合軍の英雄戦士が、なんとかしてくれるだろう。
SS級のラグデュアルだけは、どうあっても俺が対処しなければならない。
連合軍で最強の英雄戦士ではあるが、地風神カイルストルの半身でしかないストルには、荷が重すぎる相手だからだ。
「決着をつけようじゃないか、逢魔竜! 腑抜けじゃなければ、出て来てみせろ!」
敢えて戦場の真っ只中には突入せずに、開けた平原の上に着陸する。取り出した白銀竜ランファルトを剣に武器召喚して、ラグデュアルが居るであろう帝国軍の本陣を、ビシッと指し示した。
一対一であれば、十分に勝算はある。これは無謀な賭けではない。仮に決着がつかずとも、連合軍が戦線を制圧できるだけの時間が稼げれば、それだけで十分な効果がある。
ラグデュアルさえいなければ、青の軍神ストル・フォーストならば、絶対に負けはしない。未だ顔すら見たことのないストルだけれど、不思議と、そう信じられた。
──いいだろう。貴様が、只の人間でしかないことを教えてやる──
帝国軍の本陣から、白金の輝きが立ち昇った。輝ける翼を優雅にはためかせ、逢魔竜ラグデュアルが出陣する。
「
こちらへと真っ直ぐに飛翔するラグデュアルが、飛翔しながら先制の暁光弾を撃ち放った。
「
白と黒の神力弾が真正面から衝突し、轟音と共に、同じ色の爆煙が勢い良く拡がった。
背中の漆黒竜と斑天竜、二対の翼をバサリと広げ、爆煙目がけて飛翔する。
「人でしかない貴様に、そもそもが神としての資格などないのだ!」
爆煙を吹き散らしながら、聖剣ソルレヴァンテを携えたラグデュアルが、突っ込んで来る。
先日の戦いの際に、ソルレヴァンテは転移魔法のエネルギー源として粉々になったが、そもそもこれは魔法剣だ。何度だって作り直すことができる。
「そんな馬鹿げたこと、考えちゃいない!」
ディグフォルトの意思が、飛翔する速度に強弱をつける。構えた神剣ランファルトを、力強く振り抜いた。
ギィィィィィン…!!
翼の飛翔力で押し合い、空中でラグデュアルと鍔迫り合い、睨み合った。
「貴様の存在、そのものが、我らにとっては害悪なのだ! 世界を統べる気もないのならば、大人しく大陸の片隅に引っ込んでいろ! でなければ、さっさと生を手離し、生まれ出でた星へと帰るがいい!」
…!? どういうことだ? 死ねば元の世界に帰れるということだろうか。ウィラルヴァはそんなこと、一言も言っていなかったが…だが、
「今さら、そんな無責任なことができるかよ!」
翼の神力で空間に固定していた身体を、一瞬、フラットにする。ディグフォルトの意思だ。鍔迫り合ったラグデュアルが、体勢を崩し、触れ合った刃がズルッと滑った。
一瞬の隙を逃さず、ラグデュアルの
流石に上手い連携が取れている。この分だと俺の役目は、戦況を分析して、引き際を見極めるに徹していれば良さそうだ。
本当に、後世で活躍する機動兵器、役割分担して操縦する、魔導機スティングアーマーのシステムに、よく似ていると思う。
「この星は、この世界は、我らの紡ぎし世界だ! 貴様一人だけが、特別だなどと思うな!」
「そんなこと…とうに分かってる!」
数メートル後方に退避したラグデュアルが、ソルレヴァンテに白金の輝きを纏わせた。
この構えは
マリカなら、躱すのも造作ないだろうが…斬り裂かれた空間は、数秒ほど切れたままになる。牢獄のようにして周囲に切れ目を作られでもしたら、身動きすることもできなくなるだろう。
物怖じすることなく前に出たがる、ディグフォルトの意思を抑え込み、ラグデュアルから距離を取って飛翔する。
「逃さぬ! 暁光斬断!!」
ラグデュアルが、白金に輝く斬撃を撃ち放った。
縦に大きく広がり、伸びたソルレヴァンテの斬撃が、進路を塞ぐ。急ブレーキをかけてマリカがそれを躱すと、過ぎ去った白金の斬撃が、バチィッ!とスパークを放ち、空間が断ち切られた。
電撃のような光を放ちつつ、薄く直線上に斬り裂かれた空間が、周りの大気を竜巻のようにして巻き込んでいった。
風を乱され、マリカの飛翔に揺らぎが生じる。
途端、二撃目の暁光斬断が、真一文字に放たれた。続けて三撃目、四撃目と、立て続けに白金の閃光が襲いかかる。
この場に留まるのは、非常にマズイ。
察知した瞬間には、マリカが翼に、風の神力を寄り集めた。
──
身体全体をグルグルと包むように、風の障壁が展開される。
暁光斬断に乱された風を、巻き込みつつ、竜巻を纏って高速飛翔する。短冊切りするように放たれたラグデュアルの連撃を、巧みに回避しながら、円を描くようにラグデュアルの周囲を飛び回った。
纏った竜巻が、ラグデュアルを中心に、更に大きな竜巻を形成してゆく。風の流れが極限に不規則になり、ラグデュアルの飛翔が妨げられた。
縦、横、斜めと、円を描いて飛翔するマリカの速度が、更に上昇してゆく。球体状の風の障壁に囲まれたラグデュアルが、徐々に飛翔能力を失っていった。
「おのれ闇竜神の小娘めが!」
翼の神力を乱されたラグデュアルが、球体の風障壁の中を、揉みくちゃに吹き飛ばされている。闇雲に暁光斬断を連発して、風の障壁を斬りつけているものの、そのせいで更に風が乱れ、ついには風の障壁に、背中からまともに叩きつけられた。
ラグデュアルの翼が風に切り裂かれ、火花のような細かな、白金の神力痕が弾け散る。
「ちぃっ…!」
瞬間、ラグデュアルの全身が、光の球体に包まれた。
「拡散暁光弾!!」
全方向に向けての、光の神力弾が弾けた。
次々と風の障壁に衝突し、眩い光を放ちながら炸裂する。
広範囲に渡って白煙が弾け、辺り一帯の視界が失われた。
マリカが動きを止め、白煙の中で静かに浮遊すると、球体状の竜巻も消滅し、風の流れが正常になった。
「認めようではないか、斑天竜。さすがに、闇竜王の候補として、名が挙がっただけのことはある」
白煙の向こうから、ラグデュアルの声が響いた。
「だが、所詮は竜王に成り損ねたお前では、真の竜帝である私には及ばぬ。まやかしの隣神もろとも、地脈の果てに送り込んでくれよう!」
ラグデュアルの声と共に、白煙の中に、言い知れぬ気配が広がっていった。
……なんだろう。俺の知っている、俺の作ったラグデュアルの技の中には、全く覚えがない技だ。
「気をつけろよマリカ。何を仕掛けてくるか、予測ができない」
俺の意思と同時に、ディグフォルトの意識もまた、周囲に警戒を向けた。
──はい。ラグデュアルの位置は、風の流れで、把握することができています。今は、全く動いていません──
白煙は、平原を流れる風に散らされ、徐々に晴れて来つつある。ゆっくりと、雲のようにして流れる白煙の…一部が、不意に、黒い色に染まった。
途端に、視界の全てもが、黒い色に染まっていった。
「なっ…!?」
ガクン、と意識がぶれる。
──シュウ様!?──
マリカの驚愕の声が響き、同時に、ディグフォルトの意識が、俺の支配から離れてゆくのを感じた。
これは……精神攻撃か? ラグデュアルには、そういった能力は無かったはずだが。
「便利なものだな。シィルスティングといったか。ウィル・アルヴァの編み出した、弱者の武器よ」
シィルスティング…? なるほど。精神攻撃を持つ、シィルスティングを使用したということか。ぶれた意識の中で、必死に思考を凝らす。
しくじった。これまでラグデュアルは、自身の持つ力だけで戦ってきたため、シィルスティングを使ってくる可能性は、全く示唆していなかった。そもそも竜族は、マリカのように、シィルスティングを使うのは、好まない風潮があるのだ。
──シュウ様、すぐに治療します。意識を手離さないでください──
寄り添ったマリカの意識が、暖かく包み込み、少しずつ意識が取り戻されてきた。同時に、視界の方も、霞みがかったように、ボンヤリながら見えるようになってくる。
「竜族であれば、取るに足らぬ攻撃よ。脆弱な精神しか持たぬ人間であれば、これだけで即死することもあるだろうがな」勝ち誇ったようなラグデュアルの声だ。
おそらくこれは、不可視の魔獣ソウルイーター。人の精神を喰らい、糧とする、六星クラスの闇の魔獣だろう。
封印能力も持っており、簡易魔法に魔法を込める際に使用されることもある。実際俺も、マーク君らの簡易魔法をチャージしたときに、これを使用していた。
ラグデュアルがどうやって、このシィルスティングを入手したかは分からないが……いや、帝国軍は、戦場で倒したロードのシィルスティングを強奪したり、ウィルとは別に独自のシィルスティングが開発されていたりと、このくらいのレベルのシィルスティングならば、いくらでも入手することが可能だ。ソゥルイーターはそれなりのレア度を誇る一枚ではあるのだが、唯一無二というわけではない。
「これで分かっただろう。貴様は、ただの人間でしかない。
とどめだ。次元の彼方へ送り届けてくれよう」と、ラグデュアルが静かに言い放ち、片手を前に突き出した。
そのときだった。
「この程度で、勝ったなどと思わぬことだ」
俺の口から、ハッキリとそう、言葉が紡がれた。
「…なんだと?」
ラグデュアルの動きが止まる。
「暁光竜……いや、今は逢魔竜だったな。
娘の伴侶として、一目置いていた時期もあったが」
神剣ランファルトを手に、一瞬でラグデュアルの懐に潜り込む。
「なっ…! き、貴様!?」
「買い被り過ぎていたようだ。以前の輝きも、今は見る影もない」
ズシャッ…!!と、神剣ランファルトの刀身が、ラグデュアルの肩を貫いた。
「くっ…! どこまでもデタラメな理を!?」
ラグデュアルが呻き、翼を翻して後方に飛び退った。
ガシュッ…とランファルトの刀身が抜け、キラキラと神力の血飛沫が飛び散る。
「大事な娘を泣かせておいて…ただで済むと思うなよ」
悠然と佇み、俺が……いや、闇竜神ダグフォートが、剣を構え、背中の翼を力強くしならせた。
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