第22話

「ファルナ・レインという女の子…王族ですか。その子が五歳になったときが、このレインティアが滅びるとき、ということですね」


 屋根付きの豪華な馬車の中、向かい合わせの席に座ったセラお姉さんが、備付けのドリンクの蓋を開けて、こちらへと差し出した。


 何この馬車、ドリンク付き!? 見た目も豪華だし車輪はバネ付きだし、座席は柔らかクッションで座り心地もいいし、めっちゃ快適なんですけど!


 カラカラと回る車輪の音も、ティアスまでを旅した荷馬車や幌馬車と比べても、驚くほど静かだ。ガラス窓の外に流れる街並みを眺めて、ひとときのブルジョワ気分を味わう。


「つまり、そのファルナ・レインを探し出せれば、この国を救うための布石が打てる、というわけですな」


 セラお姉さんの隣に座るバルートが、腕組みしながら渋い声で言う。


 ちなみに馬車に乗っているのは、この三人だけだ。マーク君達は用事が終わってから来ると言っていたし、マリカは子供達の面倒を見るようにと頼んでおいたから、ついて来てはいない。


 この馬車、三十分で百ゴールドも取られるらしい。貴族御用達というやつだね。さすがはセラお姉さん。上級ロードは違うね。


「正確な時代は分からないんだ。今生まれているのかどうかも分からない。だけど、探してみる価値はある、ってところかな」


 渡された水筒に口をつける。あ、オレンジジュースだこれ。氷も入ってる。


 水を凍らせる力を持ったシィルスティングがあれば、氷屋さんも開けるってことか。きっとそういう生業もあるんだろうな。


「分かりました。王族に口利きできる知り合いがいますので、頼んでおきます。できれば事が事だけに、私が自分で調べたいところなんですけど…」


 査問が始まったらしく、あまり時間が取れないのだという。今日の俺の試験についても、マスタークラスの実力者からの要請だからと、無理やり時間を作ってきたのだとか。


 …それはつまり、査問会の皆さんに、俺のことを報告済みということね。


 と思った途端に、セラお姉さんがちょっと沈んだ表情になった。


 いやいやいや、構わないよ別に!? どちらにせよ実力を隠さずに、オープンで行くことになるだろうし!


 ああもう、ウィラルヴァといいセラお姉さんといい、どうしてこんなに勘のいい女性ばかりなんだろう。マリカも若干そんな節があるし。ウィラルヴァに関しては、勘がいいとかいう次元じゃないが。もう慣れちゃったけど。


 まぁ…それだけ、俺が分かりやすいってことか。どうしようもねぇなこりゃ。


「とにかく、まずはロード試験に受かって、正式にマスターロードになることが先かな。その他にも、いくつかやっておきたいことがある。しばらくは…というか、特別な事情でもなければ、このティアスを拠点に活動することになりそうだ」


 そう告げると、セラお姉さんは…ついでにバルートのおっさんも、嬉しそうに綻んだ。


「楽しくなりそうです。何かあったら、いつでも言ってくださいね。これからもよろしくお願いします」


「自分も、雑用でもなんでも申し付け下さい」


 二人して頭を下げる。


 雑用ってあんた、下級ロードじゃないんだから。…まぁ、それほどの気持ちでいてくれるのは有難いけれど。




 ──やがて馬車は、ロード協会の関連施設へと到着し、セラお姉さんが料金を払って、馬車から降りた。


 結構大きな建物だ。外壁は白塗りされているが、おそらくはコンクリートだろう。ロード協会の関連施設には、使われていることも多い。


 一般にはあまり流通していない建築材だが、不滅都市とも言えるプレフィスの首都レティスなどでは、当たり前のように使用されている。何度もリセットされた世界の基準から見れば、時代にそぐわない異物のように見えるだろうが…それを気にする人間も少ないだろう。ロード協会はすごい、くらいに止まるのが普通だ。


 周りの路地には、ちらほらと路地裏ロード達の姿が見える。最下級のG級ロード達だ。ということは、この建物に併設して、集会所も設置されているのだろう。ここは集会所の裏手、ということになる。


 集会所に入れるのは、中級以上のロードだけだ。同じくギルドに所属できるのも中級からで、下級ロードは集会所の外で、屋内ロードといわれる中級以上のロードが受けた依頼の、雑用や頭数合わせのために雇われるのを待ち望んでいる。


 それは苛烈な競争であり、集会所の出入口付近で仕事待ちできるのは、下級ロードの中でも実力のある者や、立場の強い者達だけだ。


 その意味では、裏手のこの辺りで待機するロード達は、下級ロードでも立場の弱い底辺のロードといえるだろう。おそらく収入も、一般人と比べて大差ないに違いない。一部、食うに困っている者すらいるだろう。


 かのアレク・ファインも、最初はその路地裏ロードからスタートし、やがては路地裏の英雄と呼ばれるまでに……この辺でやめておこうか。今は関係ない話だ。


 路地裏ロードの何人かが、セラお姉さんの姿を見るなり、ペコリと頭を下げてきた。それでも全員が、というわけじゃないのは…セラお姉さんの今の立場が、下級ロード達の中にも知れ渡っているからなんだろうな。ちょっと複雑な気分だ。


「こっちです。すでに話は通してありますので」


 セラお姉さんに導かれ、施設の中へと入ってゆく。受付でセラお姉さんがリングの照合をし入館が許されると、だだっ広い体育館のような場所に通された。


 試験用の部屋ってことか。模擬戦もここで行われるのだろう。そうなると、だだっ広いってことはないな。むしろ狭く感じるくらいだ。


「シュウ・リドー様ですね。どうぞこちらへ」


 部屋に入ってきた白いローブ姿のお姉さんに、部屋の隅に設置された機材の側へと促された。


 おお。俺の設定集の中でスケッチしたことのある、見覚えある機材だ。これで神力やリングレベルを測ることができるんだよね。


 ええーと、確かここに左手を入れて、リングを合わせて固定して…よし、できた。あとはこの魔導具を起動させれば、リングに収納されたシィルスティングの総合力が、色別に識別されるはずだが。


「あ、あの…使い方が分かるのですか? 確か、初めての試験だとお聞きしましたけど…」


 ローブのお姉さんが、驚いた顔でこっちを見ていた。


 あら。勝手にやっちゃマズかったかしら?


「気にしないで下さい」とローブのお姉さんに愛想笑いしたセラお姉さんが「…これもシュウ君が考え出したものなんですか?」と、小声で訊いてきた。


「まぁね。お、判定が出た。…金色か。まぁそうだよね」


 機材の真ん中に設置された水晶玉が、金色の光を灯す。最高レベルの色だ。


 …ランファルトやディグフォルトをはじめ、千種類以上のシィルスティングが入ってるんだもんな。魔法カードを含めればそれ以上だ。むしろ、金色が出なかったら、測定器の故障を疑うレベルだろう。作ったウィルもビックリだ。


「き…金色なんて初めて見ました」と、ローブのお姉さんが目を見開いている。


 S級レベルの色だからね。S級のいないレインティアでは、まずお目にかかることはないだろうな。


 続けて隣の機材に手をかざし、シィルスティングを使うときの要領で、神力を込める。


 手をかざしている場所は、銀色の手のひらサイズのプレート。リングやカードにも使われている魔導石を加工した金属だ。


 こっちは色ではなくて、明確な数値として神力量が表示される。表示されるのはローブのお姉さん側で、こっちからは見えないけど、どれくらいのものなんだろう。終わったら教えてもらうか。ワクワク。


 そういえば、これからの構想に加えられた魔導具の開発にも、魔導石が大量に必要になるな。どこで入手できるか、あとでセラお姉さんに相談しないといけない。


 と、ぼんやりと考えているときだった。


「おやおや、まるでお子様の付き添いみたいだな」


「ルード! あんた何しに来たの!?」


 聞き覚えのない男の声がしたかと思うと、セラお姉さんが発狂したかのように大きな声を出した。


 ちょ、こっちはまだ測定中なんですけど。集中できないってば!


「なぁに。お前に新しい男ができたって聞いてな。どんな奴かと見に来てやったんだよ」


 部屋の入口の壁に背を持たれた長身の男が、腕組みしながら、どこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 あ。やな奴だ。見ただけで分かる。


やや黒味がかった茶色い髪は、前髪の半分が長く片目を隠している。身長は俺より高そうだが、ヒョロヒョロとしたカマキリのようなイメージ。

着込んでいる軽装具は、所々に宝石の散りばめられた豪華な作り。顔立ちはそれほど悪くはないのだが……


うん。完全にモブキャラという印象だ。


「帰りなさい。あんたには関係のないことよ」やけに冷たいセラお姉さん。


 なんとなく…いつもと雰囲気が違う。怒りながらも、どこか焦っているような…。


「ルード・グスティ。B級ロード。アレスフォースの第二番部隊隊長で、姉御の、元彼、です」と、バルートのおっさんが、俺にだけ分かるような小声で耳打ちしてきた。


 …ああ。なるほどね。そういうことか。


「ひっ…!?」


 ローブのお姉さんが、怯えたような驚愕したような、可笑しな顔をした。それを見て首を傾げたバルートのおっさんが、無言で機材の置かれたテーブルの向こう側に回り込んで行く。


 あ。だから、測定中なんだってば。頼むから集中させてくれ。落ちたらどうすんの!


「おいおい、冷たいこと言うじゃないか。知らない仲じゃないだろ? …色々とな」


「あ…んた! 張り倒されたいの!?」


 セラお姉さんがフライパンを握りしめる。


 やっちゃえ!


 …て、いやいや、やっちゃダメ!


「あ…わ…わ…わ…」ローブのお姉さんがガクガクと膝を震わせている。


 ほら、怖がってる人がいるから! 上級ロードが目の前で喧嘩しだしたら、普通の人からしたら恐怖でしかないんだよ。


「とにかく、帰りなさい。あんたには用のない場所よ」


「ところが、そうでもないんだな。俺が試験官だ」


 と言って、ルードがまっすぐ俺を見る。


「なんだ。思ったよりショボい男だな。アレストに振られて俺と付き合ったくせに、別れた途端に新しい男を引っ掛けてきたっていうから、どんないい男かと期待してみれば……どこにでもいそうなただのガキじゃないか」


 …はいはい。よっぽど人を貶めるのが好きなんだね。いるよねぇ、こういう奴。


「ひぃ…ま…まだ上がるの…!?」


 ローブのお姉さんが、ついに床にペタンと座り込んでしまった。…迷惑かけてすいません。上がるの、っていうのがちょっと意味わかんないけど…まぁ、今はどうでもいいや。


「あんたね、言っていいことと悪いことが…」


「いいよ、セラお姉さん。あとは俺が」と、ふうとため息を吐いてみせる。

「俺は、S級を受けに来たんだがな。B級じゃない。早くマスターロードを呼んで来いよ」


 ちょっとぐらい言い返しておこうと思って言った挑発だったが、ルードには思った以上に効果があったようだった。


 カッと顔が赤くなり、ギリギリ歯軋りしながらこちらに一歩、二歩と詰め寄って来る。


 B級からA級に上がるには、すごく大きな壁がある。それをコンプレックスに感じているB級ロードは数多い。こいつもその一人だったみたいだな。


「S級なんて受けれるわけねぇだろ! 今日は仮試験だ。本試験は、後日、指名されたマスターロードの都合がつき次第ってことになっている!」言ってチッ、と舌打ちした。


 あ、今日はダメなんだ。仮試験ね。…え、仮試験? なにそれ?


「ごめんなさい、言うのが遅れたけど、いきなりS級を受ける場合、二度の試験を受ける必要があるみたいなんです。そもそも、S級というのが一般に知られていないほど特殊な階級で…」セラお姉さんが申し訳なさそうな顔をする。


 へぇー。そんな規定があるのか。


 あ…いや、それも俺が作った規定だ。そういえば地竜神ジェムズロイスが人として生きることを決断した際、ロードになるため試験を受けたときに、同じ件りがあった。


 なんていうか…やっぱ、忘れてることも多いみたいだなぁ。あはは…。


 ちなみに試験官は、必ずしもS級である必要はないらしい。神力量とリングレベルが規定に達していれば、模擬戦はテクニックを測るもので、A級でも構わないんだとか。A級ならこの街にも三人いるらしいから、その中の一人の都合がついたら、ってことになるんだろうな。


「仕方ねぇから相手してやるよ。神力測定は終わったのか?」


 フンっと嘲るように笑ったルードが、ローブのお姉さん側に回って、測定器を覗き込んだ。


 ちょ、まだ途中だし。覗いてんじゃねぇよ。


「あ? 2350だと? はん、上級レベルではあるみてぇだが、俺よりも低いじゃねぇか」


 いやいや、まだ途中だってば。あんたらが集中させてくれなかったんでしょうが。


「ふ…振り切っ…ゼロから…二度…こ、故障……あわわわ…!」


 ローブのお姉さんがパニック状態で口から泡を吹いている。


 その隣で測定途中から測定器のメーターを眺めていたバルートのおっさんが、腕組みしたまま無言で、俺の顔を見つめていた。


「や、まだ半分も出してないってば! これから上がるから!」と、魔導石のプレート目がけて神力を込める。


 うおおおお、あぁがぁれぇ…。


「上がらねぇぞ。これが最大みたいだな。さて、それじゃあ模擬戦に移ろうか」にやけたルードが部屋の中央へと歩いて行った。


「…故障したようです。二度、計測値の最大を振り切って、ゼロから計測され直していました」と、バルートが小声で言う。


 ああ…。そういうことね。


 てか…え? 壊したの? マジで!? 賠償金請求されたりしないよね!? これすっごい高いんだよ!?


「何してる、早く来いよ。こっちも暇じゃないんだぞ!」


 ルードに怒鳴りつけられる。


 い…ちいち癪に触る野郎だなぁまったく!


「分かったよ」


 呟き、静かな足取りで部屋の中央に歩み寄り、ルードと向かい合った。

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