第5話 番外編 憂鬱のウィラルヴァ
番外編 憂鬱のウィラルヴァ
こいつはアホなのか…?
眼前に映し出される光景に、無意識にため息が漏れた。
その光景は、シュウイチの目を通して見える光景だ。
一旦向こうの世界に送り込んでしまえば、もはや我にしてやれることは何もない。精々がこうして、あいつの動向を見守り、次に会ったときのための助言を考えることくらいだ。
映し出された光景には、黒焦げになった一羽の鳥の姿。
…あいつを送り込む際に、あいつと一緒に強引に送り込んだ生命体だ。他にももう一体、美味で知られるウサギの魔物もくっ付けて、一緒に送り込んでやったのだが…こちらの方は、たまたま近くに居合わせた野良の飛竜に、掻っ攫われてしまっている。
本来ならば、貴重な食料になるはずのものだった。あの辺り一帯には、食料にはならない特定の魔物しか棲息しておらず、食うに困るだろうと見越してのことだったのだが…。
「…あいつにとっては、初見の世界と言っていい。流石に全てが思い通りという訳にはいかぬか…」
ため息混じりにつぶやき、巨体の竜の姿から、小さき人の姿へと形を変える。
綿毛が舞うように、金髪の長髮がフワリと宙になびく。自分の目では見ることはできないが、人としての顔立ちは、すごく整っているように思う。戦うには適しているようには見えない、華奢な身体つきだが、女性らしいボリュームだけは、十分すぎるほどにある。
いつの頃からか、人の姿へとなった我の容姿は、あやつの好みそうな、女の姿に変わるようになった。これもまた、我とあいつの関係性の一つだ。
「ウィラルヴァ様。新しい可能性の検分が完了しました」
不意に話しかけられ、視線をそちらへと向ける。白く輝く神力の塊でしかない不確かな大地に、男とも女とも判断のつかぬ人物の姿があった。
「そうか……結果は見えているが、一応は聞こうか」
踵を返し一歩を踏み出すと、踏み出した足裏から円が広がるように、景色が変わってゆく。
我が居城である、リーベラ城の一室、二つの玉座が並ぶ謁見の間へと変わった風景に、白いローブ姿の配下は、一瞬チラリと整然とした石造りの内装を見やったが、我が玉座の一つに腰を下ろしたのを見て、すぐに片膝をついて畏まった態度を取った。
「創造主様…シュウイチ様の関わった以降の未来は、まるで深い霧がかかったようにして、一切を見ることができなくなっております」
「……そうであろうな」
それは、初めから予想ができていたことだ。
だが、それでいい。そのために、あいつをこの世界へと呼び込んだのだから。
我がいくら可能性を弄ろうと、変えることのできなかった滅びの未来。
あいつが暮らしていた世界で、新しい物語を紡ぐ度、その度に延命するようにして伸びてきた、この世界の終焉。
我ではいくら可能性を探ろうとも、決してつかみ取ることのできなかった、安寧の世界。
「……シュウイチ様は何故、この世界の創造を、お辞めになってしまったのでしょうか?」
空間をぽっかりと切り取ったかのように、玉座の裏に映し出された、あいつの見ている景色を眺めながら、配下がふとそんな疑問を漏らした。
「……それはあいつにしかわからぬ。お前は余計な詮索をせずとも良い」
「申し訳ございません。出過ぎたことを申しました」
玉座の肘掛をトントンと指先で叩き、苛ついた態度を見せると、配下は深く頭を垂れてその場に畏まった。
頬杖をついてそんな配下を見やりつつ、またもや自然と深いため息が漏れる。
…少々、強引なやり口だったことは、自分でも良く分かってはいた。
分かってはいたのだが、こうでもしなければ、あやつが新しい物語を紡ぐことはなくなっていただろう。完結せずに先行きの見えなくなった物語が、一体どれほどあることか。
それでは、この世界は何も変わらない。ただただ決まった終焉の時へと向かい、愚かな時代を繰り返してゆくのみだ。
ハッキリと定まってもいなかった歴史も、この世界の理すらも、完成させることができるのは、あやつだけだ。
まるで物思いに耽るようにして考え込み、あやつがこの世界に来て認識した設定も、この世界の決まりごととして、いくつかは正常に機能し始めている。
その中には、必ずしもあやつの思い通りにはいかぬこともあるだろう。
「……あとはただ見届けよう。あやつが自らの手で紡ぐ世界を」
来たるべきときが来るまでは、そうすることしか我にはできぬ。
どれだけの時間が必要かは、定かではないが、あやつにとって、この世界での時間の流れとは、些細なものだ。おそらくあやつは、自分の身体が若返ったことも、これから先、年減ることすらないことも、気づいてはおらぬであろうが。
そして時が熟したその時には、我が大望を果たすこともできるだろう。
そのときまでは、ただ見守るのみだ。
文責を抱えし、この世界の創造主の軌跡を。
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