酒池肉林もほどほどに(オールキャラ)

 ※時系列は一部作目第一話の第二十三節~第二十四節の間になります

 ※一部のキャラ以外のキャラ崩壊注意

















 港町ノーアトゥンでのカーサ襲撃から数日。街の復興作業もだいぶ落ち着いたころに、街の市長であるルドからミズガルーズ国家防衛軍に招待状が送られてきた。なんでも復興の感謝の気持ちとして、彼らを労いたいのだとか。そんなことをさせるために復興作業をしているのではない。ヤクとスグリはそう考えその招待を断ろうとしたが市長のルドも引かず、どうしてもと懇願されてしまう。これ以上邪険にするのはかえって失礼になるかと、ヤクとスグリは折れた。

 ちなみにユグドラシル教団騎士たちも、別の会場に招待したらしい。ミズガルーズ国家防衛軍に案内された場所は、ユグドラシル教会から少し離れた位置にある、集会場のような場所だった。そこにはミズガルーズ国家防衛軍の兵士たちだけではなく、レイやエイリーク、ソワンなんかも招待されていた。


 集会場の中には、様々な料理や飲み物が並べられていた。ルドたち街の市民も、街の復興で忙しいはずなのに。ここまで手を尽くした数々の料理に、なんだか申し訳なさを感じてしまった。ヤクとスグリは、出迎えてくれたルドに声をかける。


「市長、ここまで用意せずともいいのに。なんだか申し訳ない」

「いえいえ、何を仰います!これはわたくし達からの感謝の気持ちにございます」

「すまないな、感謝する」

「ええ。この街自慢のシェフが、腕によりをかけて作りました。心行くまでお楽しみいただければと存じます」

「ああ、お言葉に甘えさせていただこう」


 そしてヤクとスグリによる説明の後、簡単な立食パーティーが始まった。飲み物はノンアルコールのものもあるとのことで、未成年であるレイ達も安心して楽しめる仕様になっている。料理も様々で、港町ノーアトゥンで水揚げされた新鮮な魚を使用した、見た目にも美しいお造りやソテーはもちろんのこと、特製ソースがかけられているスペアリブなどの肉料理。口直しのフルーツは氷の器に盛られていて、涼やかな雰囲気を感じられる。

 レイやエイリークはテーブルに並べられていたスペアリブに目を輝かせ、ソワンはフルーツを幸せそうに食べている。ヤクはホタテのバター醤油焼きなどの浜焼きに舌鼓を打ち、スグリは街の酒蔵で作られたという清酒を楽しんでいた。厳しい任務の間のひとときの休息に、兵士たちも癒されているようだった。


 その場の空気が変わったのは、パーティーが中盤に入ってきた頃合いだった。


 ところで、スグリは基本的に酒に強い。そうそう酔うことはなく、いつも酒に飲まれた人物たちを介抱する役回りだった。ヤクは酒には、とことん弱い。ヤクのみならず、このカウニスに住む魔術師と呼ばれる人物は、酒を飲むとアルコールによって体内のマナコントロールが乱れるのだ。体の中のバランスが崩れてしまい、それが結果として「酔い」という症状で表面化する。

 昔一度ヤクが誤って酒を飲み、手が付けられなくなった記憶があるスグリは、祝いの席では彼が酒を飲まないよう注意深くなっていた。しかもヤク自身はそのことを綺麗さっぱり忘れてしまうのだから、なんとも質が悪い。そのこともあって今回も彼が酒を飲まないようにと目を光らせていたが、一瞬目を離してしまった。それが悪夢の始まりだったとも知らずに。



 スグリはテーブルの一角で突っ伏していたエイリークを見つけ、そばに寄る。体の調子でも悪いのだろうか、肩を揺らしても微動だにしない。


「おい、エイリーク。大丈夫か?」


 声をかけるが返事は返ってこない。寝てしまったのかと考えた直後、まるでタックルをされたような衝撃を腹に受ける。何事かと視線を下に移せば、突っ伏していたはずのエイリークが自分に抱き着いている。なんだこれは。どういう状況だ。


「エイリーク……?おい、大丈夫な──」

「うわぁああんスグリさぁああん」


 腰に抱き着いてきたエイリークが顔を上げる。ボロボロと涙を流しながらスグリを呼ぶ姿は、まるで子供のようだ。いやスグリから見たらエイリークはまだ子供なのだが。最初は戦闘での傷が痛むのかとも考えたが、そうではない。顔が真っ赤である上に、なにより酒臭い。


「ちょ、お前、酒飲んだのか!?」

「ちらいますぅううこれ食べはら熱くなってぇええ」


 エイリークの指さした先を見れば、そこは魚料理のテーブル。そこに置かれていた料理の一つを見て、まさかとスグリの頬に冷や汗が流れる。皿をとって匂いをかげば漂うアルコールの匂い。間違いない、カラスミの酒漬けだ。


「……これ、食べたのか?」

「そうなんれすぅ、俺ぇむかひいちろしひょーのおさけのんらっへ、めちゃくひゃ怒られへ、ひをつへていたんれすぅう。バルドル族の精神が刺激されへめんどーになるはら二度と飲むなっへぇえ!それらのにぃい!」

(訳:そうなんです、俺昔一度師匠のお酒飲んじゃって、めちゃくちゃ怒られて気を付けていたんです。バルドル族の精神が刺激されて面倒になるから二度と飲むなって!それなのにー!)


 ふええ、と泣くエイリークの姿にスグリは頭を押さえた。つまりバルドル族も酒にはめっぽう弱かったと。しかも彼の場合は泣き上戸になってしまうと。これはこれでかなり面倒な部類だ。思わず天を仰ぎそうになるが、その前にエイリークが泣きじゃくる。


「なのになのに俺また失敗してぇえもうやだぁああごめんなはいぃい」

「あーもう落ち着け、泣き止め、いいな?大丈夫だから。ここにはお前を非難する奴なんていないから、な?」

「うわぁああん俺なんてどーせ弱くてヘタレでむっつりでぇええ何やっへも上手くれきなくてぇえ」


 いやヘタレでむっつりでと言われても対処に困るのだが。どう対応しようかと悩んでいたが、部下の悲鳴にも似た声で呼ばれる。


「ベンダバル騎士団長、お助けください!」

「今度はなんだ!?」


 目の前のエイリークだけでも大変なのに、これにまた厄介事が増えるのかと半ば苛立ちながら返事をしてしまう。声をかけた兵士に振り向こうとして、視界の奥でレイとヤクがソファーに座り兵士たちを誘惑している姿が、目に入ってしまった。


「ってなにやってんだこのふしだら師弟!」


 彼の言葉に気が付いたヤクが、熱を孕んだ視線を投げかけながら挑発的に笑う。その姿を見たスグリの全身からは、さぁっと血の気が引いた。あの姿は、確実に、酔っている。過去の悲惨な光景が頭をよぎった。いつだ、いつ飲んだ。あんなに目を光らせていたというのに。


「フッ……なんだスグリ?誘っている私に妬いているのか?」

「アホかちげぇわ馬鹿野郎!お前、いつ酒飲んだんだ!?」

「はぁ~い、しひょーに飲ませらの、俺れ~す!」

「なにやらかしてくれたんだ未成年!!」


 けたけたと笑いながらヤクに抱き着くレイも、顔が真っ赤である。ヤクほどではないがレイも魔術師のはしくれだ。酒に強いはずがなかった。スグリの突っ込みも含めた質問に彼は「え~?」と楽し気に返す。


「俺もねぇ、エイリークといっひょにその、イカスミ?食べはんらよ。そぉしたらなぁんか~たのひくなっれ、それ咥えながらしひょーに口移ししひゃっら~!」

(訳:俺もね、エイリークと一緒にその、カラスミ?食べたんだよ。そしたらなんか楽しくなって、それ咥えながら師匠に口移ししちゃったー!)

「食べ物で遊ぶんじゃない!」

「遊んでないぞ、師弟で食べ合いをしただけだろう」

「お前は余計な口出しするんじゃない!」

「まったく口煩いなお前は。怖いだろう、レイ。あれではまるで姑のようだな」

「もぉ~。スグリってばそぉやって怖いことゆーの、やら~」


 こういう時ばかり結託するんだなこの師弟。連係プレーともとれるレイとヤクに、思わずスグリの拳が強く握られる。覚えておけよこの野郎。


 レイとヤクの周りにいた部下たちが彼らを止めようとするも、今の師弟は完全に酔っている。さらに言えば誰彼構わず絡んで誘っている。部下たちはヤクが自分たちの上司でもあることも相まって、強く言えないで逃げるしかできない。だからこそスグリに助けを求めたのだろうが。


「うぇええ俺なんてどーせ弱く馬鹿なバルドル族なんだぁあ」


 しかし今のスグリは、エイリークにがっしり腰に抱き着かれている。身動きができない状態だ。そんなエイリークに一人、声をかける人物がいた。ソワンである。


「もう落ち着きなよエイリーク。大丈夫だから。とりあえずスグリ様からは離れようね?できる?」

「うう、ソワンぁあん……」


 ソワンに介抱され、ようやくエイリークがスグリから離れる。平時と変わらないソワンの姿に、彼は大丈夫なのかと安堵のため息を吐くスグリ。酔っていないようで何よりだと、声をかけた。


「すまんハート、助かった」

「いえ、これくらいならお安い御用です。でもそうですね……酒に溺れたヤク様とレイ、ふふ……美味しいかも……」

「えっ」


 ソワンの後半の怪しい呟きに、冷や汗が流れる。


「いやでも酒に溺れた師弟のまぐわいも見てみたいけどそれじゃあ物足りないというかむしろヤク様とレイが兵士の皆さん全員と体を重ねる展開も見てみたいようないやダメそんな肉欲に塗れた姿なんて見たくないだけど見てみたいような──」

「おい……ハート……?」


 スグリが声をかけるも、ソワンは自分の世界に入っているらしく、まるで声が届いていないようだ。


「んーでもダメやっぱりだめそんなの許されない背徳感も捨てがたいけどやっぱり見たいのは甘々であってそこに確かな愛情がなきゃだめで酔った勢いで体開いちゃうなんてそんなはしたないああでも待って見てみたい僕は混ざらなくていいからその様子を壁になって床になって天井になってありとあらゆる角度から眺めたい」

「おーい……ハートさーん……?」

「そうなの傍観者でいいの間に入りたいなんて思わないそんなの烏滸がましいったらありゃしない」

「わかった、聞いた俺が馬鹿だった。悪かったから頼むからもう喋るんじゃない」

「ということでスグリ様あの二人を脱がせてください今すぐに!!」

「やめなさいハート!!」


 はい、アウト。まごうごとなきアウト。これはレッドカード以外に選択肢はあり得ませんでした。静かに酔っているタイプでした。


 いよいよ目の前の状況に眩暈すら覚えたスグリである。床には泣き喚き己のふがいなさを延々と語るエイリーク。隣には理解しがたい言語をひたすら無呼吸で喋るソワン。ソファーには互いに挑発し合いながら誘い合っているふしだら師弟。

 もはや手に負えない。一度天を仰いで、達観した表情で力なく笑う。そして俯き近くにいた市長のルドに、断りを入れた。


「市長……先に詫びを入れさせてもらう。復興して折角使えるようになったこの集会場、また暫く使えなくなる」

「は、はい……?」


 市長の返事を聞かず、スグリは次に周りにいた部下たちに指示を出した。


「総員、防御結界展開用意。ただしそこの酔っ払いどもは放っておけ、いいな」

「し、しかしベンダバル騎士団長──」

「い・い・な・?」


 ドスを効かせて唸るように指示を出す。途端にスグリから溢れたオーラに怖気づいて震え上がった部下たちは、彼の指示通りに動いた。それを確認したスグリは、すらりと己の武器を鞘から引き抜く。


「いい加減にしろよ……この──」


 彼は構え、遠慮なく刀を振り下ろした。


「飲んだくれどもがぁああッ!!」


 そして集会場に、怒りの烈風が吹き荒れるのであった。


 その後スグリの指示により集会場は急ぎ復旧作業に入る。その手伝いとして、レイとエイリーク、ソワンは強制参加。ヤクはその費用を負担することとなる。そんな罰を与えても暫くの間、酒を見るとスグリの機嫌は悪くなるのであった。

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