Everyone says goodbye

瑞野蒼人

本編

週末と平日の境目・日曜日の夜。


俺は、大きなショッピングモールに居た。

手にはファストファッションの店の大きな紙袋を持っている。秋が近づいてきてだんだん肌寒くなってきたので、秋冬の衣類を買い足しに来ていた。モールの中は、人がまばらだ。日曜の夜は「明日から仕事だし」という人がほとんどだ。なので、皆だいたい夕方ぐらいに早めに家に帰ってしまう。なので、結構どの店も空いている。この時間に悠々と買い物をするのが、俺は好きだ。


俺は普段、家電量販店で働いている。

週末などは稼ぎ時なので、普通なら必ず仕事が入っている。なので、俺もいつもならこの時間は客の少ない店の中で、今日は珍しく連休を貰えた。日曜・月曜と変則的な休みなので、明日まで休み。つかの間の自由に身を委ねている。



腕時計を見る。時間は六時を過ぎていた。


いい具合にお腹が空いている。いつも日曜の夜は外食をする。平日バタバタと忙しく過ごし、家で安い売れ残りの飯を寂しく食っているから、こういうときぐらいは贅沢をしたいのだ。


 さて何を食べようか、と考えだしたちょうどその時、ふいに足が止まる。そこには、フライドチキンの店があった。香ばしいチキンの匂いが、鼻腔を刺激する。そういえば、長いことフライドチキンなんて食べてなかった。最近は胃もたれとか、そっちの方ばっかり気にするようになって、食べるものもなんとなく健康そうなものに走りがちになっていた。そう、ちょうどこの間も、人間ドックで医者に「食事とタバコには気を遣ってくださいよ」と釘を刺されたばっかり。困ったものだ。


ほんの少しの躊躇いもあったが、このまま素通りするには店員さんの目が痛いので、そのまま店に入った。


 「店内でお召し上がりですか?」

 「ええ。そうです」


 持ち帰りなんかしても、一人アパートで食べるにはさみしすぎる。


 チキンとポテト、それにカスタードパイとドリンクのセットを頼んだ。商品はわりとすぐに用意された。店内を見回す。ちょうど、一人用のテーブル席が空いていたのでそこに腰を下ろす。カウンター席は、卓上の植え込みを挟むようにして横長の机が両側にあって、客が向かい合って座るようになっている。俺が座っている席の向かい側には、中年を過ぎたぐらいのばあさんが座っていた。ばあさんは、プレートに乗ったチキンサラダとおぼしきものを食べていた。


俺は、トレイの上のボックスに手を伸ばす。中には、チキンが三つとポテト、それにデザートのカスタードパイが入っている。お手拭きで手をぬぐった俺は、一番大きなチキンの塊に手を伸ばす。二つにちぎって、食べやすそうな方から口に頬張る。口の中に広がったのは、香ばしい衣の食感と、脂っこい鶏肉の味。たまらない。


こういう時、いつも決まって思う。本当ならこういうところには、家族とかといっしょに来るのが一番楽しいんだろうなぁ、と。俺も三十を目前にして、少し焦りだしている。恋人もおらず、浮ついた話のひとつにも恵まれない真面目な人間には、結婚などまだまだ遠い話だと感じてしまう。


 ふと、目の前のばあさんに視線を向ける。

 プレートの上のものを食べ終わったばあさんは、口のまわりをナプキンで拭うと、おもむろに封筒を取り出した。中からは、プリントされた写真がごそっと束のように出てきた。


 俺は向かい側の席から、なんの写真なのか伺おうとして目をこらす。


 見るとそれは、ばあさんと小さな女の子の写真がほとんどだった。たまに、家族と思しき男女が一緒に写っている集合写真があったりするが、大半はばあさんと女の子の写真ばかりだ。一緒にピースしたり、体を寄せ合って撮った写真だったり。ほほえましい姿に、思わず俺の頬も緩んでしまいそうになる。


 「いい写真ですね」


 俺は、なんとはなしに声をかけた。

 ばあさんは、驚いたような顔をしている。


 「なんだい?」

 「いや、よく撮れてるなと思って」

 「ふふ、やけにさっきからこっちをチラチラ見てると思ったら、そういうことだったのかい」


 ばあさんは微かに笑った。

 俺は少し身を乗り出して、ばあさんの方に体を傾ける。


 「・・・孫かい?かわいいね」


 すると、なぜかばあさんは急に泣き出した。


 「おい、大丈夫か?」

 「すまないね、みっともない姿を見せて」

「なに、そんなの、気にすることじゃないさ」


俺は、店員に頼んでお冷を貰ってきた。そして、それをばあさんに差し出した。ばあさんは弱弱しく礼をして、控えめに、コクコクとそれを飲んだ。


「聞かせてくれよ。ばあさん、なんかあったのか?まあ別に話したくなけりゃいいけどよ。」


水を飲む手を止めた、ばあさんは目を見開いて驚いたような顔をしている。そして、静かにコップを置いた。


「年寄りの相手してくれるとは、あんたもお人よしだねぇ」

「別に。暇つぶしだと思ってるだけさ」


俺はそう言いながら、ばあさんにどんな顔をしていいのかわからなくなって、半笑いのような表情でそのまま顔を見ていた。


「そうかい、まあ独り言だと思って聞いてくださいや」

ばあさんは静かに目を閉じる。

そして、さっきよりも弱い声で語りだした。


・・・・・


歳取るのは、やなことだねぇ。

どんどん周りの人間が亡くなっていって、友達なんかいやしない。


私もね、今は独り身なんだよ。

娘が大学を卒業してすぐに、旦那がタバコの吸いすぎで

すぐに亡くなってね。肺がんだったんだよ。

それから、娘は家を出て外で暮らしだすし、実家には私ひとりだけよ。

まあ、寂しいわね。大きい家もすごく持て余すようになったわ。

子供と旦那が居れば狭いのに。


娘も社会人になって、いっちょ前に恋なんかして

一生のパートナーなんて見つけたのよ。

お父さんが居たら反対・反対でうるさかったろうけど、

私しかいないなら、誰も文句言うことないし、幸せになってほしいし、

いっぱしの親心ってやつかねぇ。


だから、笑顔で娘を送り出したわ。

母として、最期の大仕事ね。


家族持ってからも、結局別の家に住むようになって。

広い家はずーっと持て余してばっかり。

でもね、それでも娘は、盆と正月には必ず帰ってきてくれた。

元気そうな顔を見せてくれてねぇ。


正月にはね、かならずこの店のチキンを頼んでいたのよ。

バーレルってやつ?たくさん入ったバケツみたいな商品ね。

あれを家族みんなで分け合って食べてねぇ。

 

孫はね、この店のカスタードパイが好きだったのよ。

チキンをたくさん食べた後に、デザートに食べるのが好きでね。

よくねぇ、私にもねだっていたわ。買って、買ってって。

で、いつも買わされてたわ。


娘家族も仕事で忙しいし、なかなか帰ってくる機会もなかったから

言ったら年に一度の楽しみよ。



でもね、突然それが途絶えたの。


娘の子供がね、亡くなっちまったのさ。

小学校に朝歩いて行っている途中で、ブレーキとアクセル

踏み間違えた車が歩道に突っ込んでね。即死だったんだってさ。


私も病院に行ったよ。大急ぎで。

でももうそんときには、孫の顔には白布が架けられてた。


体、触ったよ。

真っ白で、冷たくて、硬くて。

さっきまで生きてたはずの人の体とは思えなかった。

娘はねぇ、ベッドに突っ伏したままで少しも動かなかった。

泣いているのか、泣きつかれて眠っているのか、

それもわからないぐらいだったよ。


もう、不憫でねぇ。

娘になんて声かけてやりゃいいのかわかんなかったよ。


悲しかったね。やっぱり。

孫娘を亡くすのがこんなに悲しかったら、

 

・・・・・

 

「・・・歳取るのはやなことだねぇ。」

遠い目をしたばあさんは、そう口を割った。

「ちょうどねぇ、昨日だったんだよ。孫の二回忌が。娘の家族と法事をやってねぇ。そしたら、娘がこんなもんを渡して来たんだ。」


ばあさんはそう言って、封筒を手に取る。写真屋の白い封筒。見えなかったが、表には「雄太の写真」とボールペンで書いてあった。


「孫の写真、データが無くなったってずっと騒いでたのに、どういうわけか最近になって見つかったらしくてね。それで、よかったら見てくれって言ってね。それで、ありがたく受け取ろうと思ったら、こんなに大量によこしやがったんだ。まったく・・・」


 そこまで言って、ばあさんは口をつぐみ、そして、

「こんなに孫の姿見たって、辛いだけじゃないの」

 ぼそりとそうつぶやいた。


俺は、それと一緒に口をつぐんで、ばあさんの姿を見つめた。

余計な言葉などかけるまいと思いしばらく黙っていたが、何も言わずに、セットに付いていたセットのカスタードパイをばあさんに渡した。


 「・・・いいのかい?」

 ばあさんは、俺の顔を伺う。


俺は、何かちょうどいい口実はないかと頭を探らせて、「・・・このパイはあんまり好きじゃねぇんだ。別に我慢して渡しているわけじゃねぇ。むしろ食ってほしいぐらいだよ」なんて言って、取り繕った。


「・・・そうかいなら、遠慮なく、いただこうかね」

ばあさんは、カスタードパイをトレイの上に置いて、そのまま肩をおとしたまま、寂しそうな顔で写真を見つめる。俺はその姿を見ながら、必死に言葉を探して、そして、口を開いた。


「・・・俺は、恋人も嫁もいねぇからよくわからん。」

ばあさんが顔を上げる。

「ただ、父親が俺にはいないんだ。小さいころに親が離婚して、そのまま連絡をとらなくなってよ。いまはもうどこでなにしているか分からん。だから、大切な人っていうか、心から信頼できる人がひとりいなかったっていう辛さってのは、すごくわかるよ」 


ばあさんは、黙ったまま俺の話を聞いてくれている。

「・・・でも、大切な人がいなくなるってのは、まあ、当然俺の経験したことなんかよりも何倍も辛いことだろうし、その辛さをすこし紛らわせることができたんなら、別に本望っていうか、まあ、ばあさんにも悪いことしたなっていうか・・・」


 途中から、自分はいったい何を言おうとしたのか分からなくなってきた。

 「・・・おせっかいだと思ってたんなら、謝るよ」


 結局、詫びて話を終えた。

 ばあさんは俺の後ろから、あははと笑い、俺にこう話しかけた。

 「大丈夫さ、そんなことこれっぽっちも思っちゃいないよ。老人の昔話に付き合ってくれて、ありがとう」


 しわくちゃの笑顔で笑うばあさんに、俺の強張った顔もようやくほころんだ。


 「ばあさん、また、ここに来るかい?」

 「ああ、またいつかね」

 「そうか、そん時は、またチキン食べような」

 「・・・はいよ。パイも付けていいかい?」

 「そんなの、いいに決まってるさ」

 「そうかい。じゃ、お言葉に甘えて。」

 「約束な」

 「ハイハイ。約束、ね」


 俺とばあさんは顔を見合わせて、笑った。


 「達者で暮らせよ、ばあさん」


 俺はトレイを返却口に返し、そのまま足早に店を後にした。


 ショッピングモールの外に出ると、冷たい風がからだに吹き付けた。俺は、空の上の月を見上げて、それから何だか急に口がさみしくなって、タバコをふかした。暗い空に吸い込まれていく煙に、俺は一言言葉を乗せた。


 「・・・元気でいるかな。おやじ、おふくろ」



 [完]

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