31 髪のかたまり


 


 


美容師をしている母の体験談です。


 


 


5年ぐらい前、C市にある美容サロンで働いていた頃のこと。


 


 


土曜日の午後、客がおらず暇な時間でありました。


母の他に数人スタッフがいて皆時間を持て余し、雑務や普段できない仕事をしていたといいます。


 


母は施術に使った道具を洗っているところでした。


 


その洗い場からは普段お客様の接客をするフロアが見えます。


そこに人影が見えた気がして、母は顔を上げました。


 


8メートル先に髪の長い女性の姿。


女性は荷物置きからレジの方まですーっと歩いて行きました。


 


母はその姿を見て、一緒に働いているAさんが歩いていったんだな、なんて風に、深く考えませんでした。



そして、手元に視線を下ろします。


が、はっとして顔を上げました。


 


なぜなら、Aさんはずっと母の側にいたからです。


 


(え?Aさんここにいるよね。じゃあ、今のは…。)


 


目の前を歩き去ったのは誰かと思い、見まわしますがAさん以外誰もフロアにはいません。


 


女性が歩いて行った方向に視線を向けても、そこに人の気配はなかったのです。


 


そこへ、背後にあるスタッフルームからBさんがでてきました。


 


母は恐る恐る、Bさんに、さっき見たものを説明します。


すると、Bさんは「○○(母のこと)さんも見た?今の。」と驚いた顔をしました。


 


母が女性を見た時、Bさんはフロアからスタッフルームに入ろうとしたところで、全く同じものを見ていたというのです。


 


なんだか不気味ね、なんて話をしてその場は終わったのですが…。


 


 


 


その数時間後のこと。


 


Bさんが血相を変えて母の元に近寄ってきました。


 


「○○さん、○○さん!」


 


慌てた様子に驚き、母は聞き返します。


 


「Bさんどうしたの?」


 


すっかり血の気が引いてしまったBさんは、怯えながらこう言いました。


 


「いま、フロアに居たら、足元を髪の毛の塊みたいなのが這っていった…。」


「え?」


 


ついさっきのこと、と彼女は言いますが、フロアの床には髪の毛の塊などありませんし、ごみ一つ落ちていなかったのでした。


 


 


 


 


当時を思い出した母が言った、髪の毛の塊の正体に私はぞっとしました。


 


「きっと、女の人の首から上が、床をうごめいていたんじゃないかって思う。」


 



 


そのサロンは昔、火事があったらしく、その際女性が1人亡くなったという話を、母は聞いたことがあるとのこと。


 


 


「確かではないけどね、そんな噂があったよ。C市は歴史がある町だから、また別の理由もあるかもしれないね。」


 


と母はぽつりとこぼしました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る