27 実家で祖母の話を聞いた ー序ー

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このお話は、今年の3月。

まだ自粛規制がなかったときのお話です。


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一人暮らしを始めてしばらく経ちますが、

未だに置き忘れに気づき

実家に帰ることがあります。



先日も久々に帰りまして、

祖母が笑顔で「おかえり。」と

出迎えてくれました。




私は介護職に従事しておりますから、

定休日というものがありません。


仕事が休みの日には時々顔を出すようにしていますが、その日は大抵平日で、

今も働いている両親に代わり、

留守番をしている祖母に会うのが常です。




離れて分かりましたが、

家に帰り「おかえり。」と言ってもらえることの安心感は大きいですね。




忘れ物は文房具。

引っ越しの際に荷物を少なくしたくて、

使うことがないと踏んで置いていったのですが、

小説を書くようになり必要がでてきたので、

わざわざ取りに戻ったわけであります。




大きなものではないのですぐにまとめて帰ろうとした時、祖母に呼び止められてお茶をすることに。



ゴブラン織りの年季の入ったソファチェアを背もたれに、地べたに座って背の低い机を囲み、中央に置かれた干し柿をつまむ。


心がほっこりとほぐれていくのを感じました。




「仕事どうだ?」

「普通だよ。」

「そうかあ。よかったなあ。」



秋田なまりのある祖母の声を聞くのは久しぶりで、自然と笑みがこぼれます。



「いとこの○○ちゃんおるな、あの子も介護でひーひー言ってるよ。」

「そうなんだ!また会いたいな。」

「そうだよお。また会ってな。あ、最近そこに薬局建ってな、ばあちゃんそこに散歩よく行くだ。ははは。」



親戚の話、最近あったニュース、ご近所さんとのお出かけ…。


なんてことない他愛のない話の数々を楽しげに話す祖母。



住み慣れた家も、家族と過ごすなんてことない時間も、子供の頃は退屈で地味だと感じていましたが、今の私には忙殺された心を癒す良薬であります。



一緒に暮らしていたころと変わらないおしゃべりによって、懐かしい日々が思い起こされ、私は安らぎを感じていました。






相手に話す隙を与えないほど、おしゃべりが好きな祖母ですが、話題には限りがあります。



祖母がひとしきり話して深く息を吐けば、そのまま会話がぴたりと止みました。


リビングに取り付けられた大きな窓から、穏やかな日の光が降り注いでいます。



私は知らぬまに丸めていた背をぐっと伸ばして一息つき、そろそろ帰ろうかと文房具に目をやりました。


久しく使っていなかった鉛筆の群れを眺めれば、家に置いてきた中途半端にしたままの怪談小説が脳裏をよぎります。



(あ、そうだ。折角おばあちゃんに会ったんだから…。)



私は、壁に背を預けてうとうとしている祖母に目を向けました。




「おばあちゃん。」

「ん?」

「おばあちゃんってさ、不思議な体験したことある?」



この質問を聞いた途端、祖母は身体を起こして姿勢を正し、細い目を薄く開きました。



「あるよ。」



薄く開いた瞼の隙間からのぞく黒目が私をとらえました。

普段は穏やかな祖母の顔が、今まで見たことのない怪しげな色を帯びていきます。



そこでタイミングを合わせたかのように、風に流されて来た灰色の雲が、光を放つ太陽を覆っていきました。



私と祖母がいるリビングを影が侵しはじめ、昼間だというのに仄暗くなっていきます。



表情を変えた馴染みの実家と、祖母。



戸惑う私のことを気に留めることなく、彼女はぽつぽつと言葉を紡ぎ出しました。




そうして祖母は、不可思議な体験談を3つ、語り聞かせてくれたのです。




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