実家で祖母の話を聞いた ー兄の葬式ー




一番上のお兄さんの訃報を聞き、

当時東京に住んでいた祖母が実家のある秋田へと帰省したのは、

今から40年前のことでした。



彼は8人兄弟の長男坊で、前立腺がんを患っていました。

医師からは「手術したとしても3カ月ないし半年もつかどうか…。」と言われていましたが、

余命宣告を受けてから1年生きたお兄さん。


担当医も「みたてを間違えたかな?」と首をかしげるほど。



しかし、がんの進行が止まったわけではなく、52歳でその命に幕を下ろしたのでした。




祖母は、お兄さんが一度がんに患ったことも余命申告を受けたことも聞いていたので、覚悟が出来ておりました。

いざ、訃報を聞いたとき、とうとうこの日が来たかと受け入れられたそうです。






夫と共に秋田に戻り、葬式の準備にとりかかります。


その頃はまだ、葬儀屋ではなく自宅で葬式を行うのが主流でありました。

祭壇の飾りつけも家族と協力し作り上げるのです。



広い居間に神棚のような大きな祭壇をつくり、花ではなく錦の帯を飾り、その前にお兄さんの遺体が入った棺桶をおきました。




幾つかの部屋の仕切りの襖を取り外し、一つにした居間であります。


祭壇はあれど、大の大人が40人寝れるほどの余裕がございますので、お通夜を終えた後、祖母はそこで夜を過ごすことにしました。



夜の12時15分。


何の前触れもなく、ぱっと目が覚めてしまった祖母。


隣には夫が眠り、目線の先にはお兄さんの遺体が納められた棺があります。



長男ということで、末っ子の祖母を可愛がってくれていたお兄さん。


(本当に、死んじゃったんだな。)と棺を静かに眺めて、しみじみとお兄さんの死を実感していました。



さて、しばらく眺めていますと、妙な音が耳に入ってきました。




ブロロロロ…。


ザリザリザリ…。




それは車のエンジン音と、タイヤが砂利を踏み進む音。


祖母は(あれ、こんな遅くに誰が家に来たのだろう?)と首を捻りました。



家の前には幅の広い道があり、

その道に建てられたお地蔵様からこの家に突き当たるまで、まっすぐ細い砂利道が伸びています。


ですから祖母は、砂利の音を聞いてこの家に用がある人が来たのだろうと思ったわけです。




音と共に今度は、祭壇の横にある床の間にはめ込まれた丸い窓から、ヘッドライトと思しき眩しい光が入り込んできました。


そして、車はピタッと停まり光が消え、静けさと暗闇に包まれます。




(一体だれが来たんだろう。親戚の○○か?それか○○ちゃんか…。)



訪問者の正体を頭の中で探る祖母。



彼女の腰を、ぎゅっと人間の両手が上から掴みました。



(ひ!?)



突然のことで心臓が跳ねあがり、声が出ない祖母。


腰にはしっかりと、人間の両手の指の感覚があります。


その手は、ぎゅっぎゅっと更に2回、段々と肩の方に向かって位置をずらしながら掴んできます。


祖母はたまらなくなってその場から飛び起きました。

すぐに辺りを見渡しますが、周りはみんなぐっすり眠っており、起きる様子もありません。



起き上がる祖母の前には、薄暗い部屋の中、ぼんやりと浮かぶ祭壇。

さーっと血の気が引いていきます。



祖母は別の部屋で寝ていた母親の元へ駆けつけて、彼女が眠る布団の足元からざざざっと潜り込んだのです。


驚く母親に「明日言うから!」と震える声で叫んで側で寝たのでした。



翌日、葬式を粛々と執り行いましたが、祖母は周りを驚かしてはいけないと、昨晩のことは黙っておりました。




それから一晩過ごしまして、火葬をし、親戚一同でお茶を飲んで一息つきます。


祖母は周りが落ち着いたのを確認すると、ようやく「実はね…。」と親戚にお通夜の夜に起きた事を話しました。



すると、その話を聞いていた、お兄さんの娘さんの顔がみるみるうちに青ざめていったのです。

そして、こう言いました。



「おばちゃんもなの!?」



なんと、娘さんも同じ体験を葬式の夜に体験し、そして同じように祖母の母親の元へ逃げたというのです。



「姿かたちは見ていないけれど、あれはたしかに、お兄さんだったなあ。」

「うん。お父さんだった!お父さんが来た。」



2人は体験を振り返り、そう言い合ったのでした。





昔から、死者があの世とこの世を行き来する際に、馬や牛車などの乗り物を使うという伝承がございます。


閻魔様の化身ともいわれるお地蔵様が見守る道を、亡きお兄さんを乗せた車が通るのは可能性としてあり得る話なのかもしれません。




「お別れを言いたかったのかもしれんけど、体験した側にとっちゃ恐ろしく、おっかないことだったわ~。」

と祖母は笑いました。

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