実家で祖母の話を聞いた ー祖父の金縛りー



「じいちゃんはね、霊感が強い人だったんだよ。」



じいちゃん、というのは今から3年前に亡くなった祖父のこと。


いつも朗らかな笑顔を浮かべ、冗談を言って場を和まし、怒りや暴力ではなく優しく穏やかな性格で一家をまとめる人格者でした。



そんな祖父に霊感があるということは初耳で、私はとても驚きました。



詳しく話を聞いてみれば、祖父は霊感が強いと言っても、常日頃霊が見えるとか祓えるわけではなく、金縛りによく遭遇してしまう体質なのだそう。



新婚当初からそれは顕著で、一緒に寝ていると、突然、「あ!」と声を上げたかと思えば、全身を硬直させてびたーっと動かなくなる。


前触れもなく、隣にいる夫がそんな風になるものですから、祖母はだんだんと一緒に寝るのが嫌になっていたそうです。


数ある金縛りの中で一番印象に残っている出来事があると祖母は言います。





今の家に建て直す前に住んでいた家でのこと。


寝室で寝ていると、隣で寝ている祖父の方からぶつぶつと何か聞こえてきました。



何だろう、と耳を傾けますと、

祖父がひたすら「来た、来た。」と言っているのが分かりました。



「来た…来た来た来た来た、来た!」



その声はだんだんと大きくなり、最後はっきりと大きな声で叫んだかと思うと、

目をかっと開いて歯をぐっと噛みしめて歯ぐきをむき出し、

そのまま凄まじい形相で硬直してしまったのでした。



もともと目の大きい祖父が目をかっ開いたので、祖母はその形相に恐れおののいてしまったそうです。





翌日、祖母は祖父に

「昨日、金縛りに遭っていたけど、何があったのよ。」と問いかけました。


すると、祖父は昨日自分の身に起きたことを話し始めたのです。




昨夜、祖父が眠りにつこうとしたところ、突然身体が強張り動けなくなってしまいました。



(ここで祖母と食い違うのですが、祖父はまるで、渦に飲まれるかのように静かに金縛りに巻き込まれたので、声を出すことも出来なかったのだとか。)



またいつものことか、と思った祖父は解けるまでしのごうと若干諦めの気持ちでいると、

視界の端に何かの気配を感じました。



なんだろう、と唯一動かせる目を視界の端に向け祖父は度肝を抜かれます。



自分のすぐ側、枕元に誰かが立っているのです。


視線を少しずつ足から上に滑らせ、祖父はぎょっとしました。



全身を白装束で包み、編み笠を目深にかぶった人間が、暗闇の中ぼんやりと佇んでいたのです。



編み笠を目深にかぶっているせいで顔が見えず、男か女かも分からない不気味なその人。



ただ、祖父はその人がまとう雰囲気に心当たりがありました。





「その人、お父さんだって言うのよ。」

「お父さん?」


祖母は頷きました。


「そ、おじいちゃんのお父さん。」


その言葉に、私の体にぐっと力がこもりました。

手を擦り、固く緊張する体をほぐそうと努めます。



祖母は続けました。



「おじいちゃんね、片親なの。ずっとお母さんに育てられてね。

昭和56年。おじいちゃんのお父さんは離婚しておじいちゃんとおじいちゃんのお母さんを捨てて秋田から北海道へ、他の女の人と一緒に駆け落ちしちゃったの。」




祖父の枕元に立ったのは、その自分を捨てた父親だというのです。




「孫を持ったじいちゃんの顔を見に来たんじゃないかなってばあちゃんは思うけどね。」

と祖母は話をまとめました。






私は、祖父の父親が駆け落ちした話は知りませんでした。

ただ、祖父の父親に対して良い気持ちは抱いていませんでした。




小学生の頃、学校の宿題で祖父に幼い頃の思い出を聞いたことがありました。


「おじいちゃん。小さかった頃の思い出を教えて。」


気楽な気持ちで問いかけた私。


その質問を聞いた祖父は、寝転がっていた体を起こし、胡坐あぐらをかいて背をまるめ、鋭い目でこちらを見すえ、

口を開きました。




「じいちゃんの父さんはな、それは酷い人だった。

酒が好きな人でな、酒を持って来いって言っておちょこやとっくりを3歳の俺に投げつけるんだ。

かあ(お母さん)のことも殴って。

ある時な、母さんに手を引かれてまだ子供のじいちゃんは池に行った。

そん中にずぶずぶ入っていくんだ。

水がどんどん上がってきてな、顎の下まで水に浸かったんだ。」




祖父はそこまで言うと黙り込んでしまいました。

その先は覚えていません。




ただ、いつも笑顔を浮かべる祖父の顔が、まるで全体に薄墨を塗ったかのように暗くなったのが強く印象に残りました。








お酒に依存されるほどですから、その人にもよっぽどの事情があったのだとは思います。



ただ、人生経験の浅いおじいちゃんっこの私は、死んでから祖父の顔を見に来た彼のことを

「勝手な人だ。」としか思えませんでした。



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