19 声優の専門学校で ①Kさん
この実話録によく登場する、私の妹。
個人情報になるので今まで詳細を隠していましたが、卒業したということで明かさせて頂きますと、妹は某県N市にある専門学校に通っておりました。
小説家や漫画家など様々な職種に対応したコースがある学校で、彼女は声優を目指すコースに所属し、日々、演技を学んだり、舞台稽古に励んでいました。
進級公演の際に、一度だけその学校に伺ったことがあります。
その学校は妙に細長く高い建物でありました。
それは、スタイリッシュとは程遠い、
ただ、余った土地を使いました、というような立ち姿。
両隣に立つ横幅の広いビルに挟まれて、
身を縮め萎縮しているような、
どうも頼りない印象を与えます。
中に入れば、天井に設置された細長い蛍光灯がフロア全体を照らしているというのに
何故か暗く、天井と壁が迫りくるような圧迫感を感じました。
ただでさえ
両脇のビルに邪魔されているせいで、
余計に自然光が入らないのですから、仕方ありません。
つまるところ、その専門学校は居心地が悪いのです。
どうにも落ち着かないので、進級公演が終わった後は、すぐにビルから出ました。
学校に良い印象を抱けなかったのは、
その立地と鬱屈した内観がためでしょうか。
いや、それだけが原因ではなかったはず。
その時の私は、
校舎内に充満する不穏な空気を肌で感じていたのですから。
無意識にここが不気味であると、
色眼鏡をかけてしまっていたのは、
事前に妹から聞いていたある噂話のせいでありましょう。
その学校にはある噂がありました。
それは、声優コースが使う教室のほとんどに霊が出る、というものです。
嘘か誠か、ここの生徒が何人か自殺したという話もあり、陰鬱なビルの内観も相まって、その噂が彼女達の中で色濃く真実味を増していったそう。
これはあくまで妹の主観ですが、
声優や演者を目指す人は感受性が豊かで、
彼らが発した念は溜まりやすいのだとか。
前置きが長くなりましたが、
今回書かせていただくのは、
そんな専門学校で
妹の友人達が体験したお話でございます。
これは、彼女たちがまだ1年生だった頃のこと。
声優コースが普段使っていたのは、903という数字が割り振られた教室でした。
校舎の9階にあるその教室は一般的なものと違い専門コースらしく、
声優の方が実際にアフレコで使うような、
録音スタジオのようなつくりになっていました。
マイクが並ぶ録音ブースに生徒たちが集い、ガラス1枚隔てたコントロールルームには先生がいて、演技指導が出来るようになっているのです。
ある日、その教室でアフレコの授業をしている際に、何がきっかけか分かりませんが、先生をも巻き込んで皆口々に怖い話を始めました。
嫌な噂がある学校でよく出来たなと思いますが、楽しいが正義の若者達であります。
小さな怪談会はとても盛り上がりました。
その話をしている最中でした。
妹の側に友達のKちゃんが寄ってきて、
「ごめん。こんなこと今言うのは良くないと思うんだけど。」とこんなことを言ってきたのです。
「私達が話をしている時、先生の近くにずっと黒い影がまとわりついてた…。
それだけじゃなくて、私たちがいるブースに入ってきた。
ほら、そこ。みんながなんとなく避けて、誰もいない場所があるでしょ?
あそこに行ったり、うろうろしてる。」
この、Kさんというのは霊感が強い子でありました。
どうやら彼女には、人ではない黒いもやのような影が見えていたのだそう。
何も見えずただ怪談を楽しんでいた妹は、
得体の知れぬ黒い影が
自分達のいる録音ブースに入ってうろうろしていたと聞き、肝を冷やしました。
903教室で怖い話をしたのを皮きりに、
Kさんは不可解な出来事に巻き込まれ始めたのです。
Kさんとその友達が女子更衣室に行った時のこと。
その学校では更衣室を使う前に必ず、
「開けてもよろしいでしょうか?」と尋ねるという約束事があります。
そのため、2人はいつものように、更衣室の扉の前で「開けてもよろしいでしょうか?」と声を掛けました。
「はーい。」
更衣室から返ってきたのは、一人の女性の声。
それを聞いた2人は、中にいる人から承諾を得られたと思い、ドアを開けカーテンを開きます。
が、そこには誰もいませんでした。
それどころか、誰かが使っていた形跡すら残っていなかったのです。
がらんとした更衣室が、彼女達を沈黙で出迎えたのでした。
これだけではありません。
Kさんが私の妹と903教室に向かって廊下を歩いている時のこと。
教室の近くまで来たところで、Kさんはぴたっと足を止め顔を苦々しくゆがめて、「あそこに入りたくない。」と言いました。
もう少しで教室だというのに、何を言っているのだろうと妹が
先ほどまで嫌悪の表情を浮かべていた彼女が突然笑い出し、その場に座り込んでしまったのです。
「あはははははは!あそこ、入りたくないの!入りたくない。」
甲高い声で笑いながら、教室に入ることを拒むKさん。
心配したクラスメイトや、通り過ぎの人が彼女のことを心配してくれますが、それを気にも留めず笑い続けています。
心配してくる人々の中に、Kさんが思いを寄せる人がいました。
彼女は普段、彼の前だと委縮して感情を表に出せなくなり、借りてきた猫のようにおとなしくなってしまいます。
その彼がKさんを気にかけて、「どうしたの?」と声を掛けてきました。
が、Kさんは彼のことなどおかまいなしに、ずっと笑い続けるのです。
まるで、壊れたかのように。
いつもは感情を滅多に出さないKさんが、甲高い声をあげて笑い続ける姿に危機感を覚えた妹。
「大丈夫、なんにもないよ。とりあえず中に入ろ?」となだめ、やっとの思いで彼女を落ち着かせてから、授業に向かったのでした。
903教室で怖い話をしてから、おかしな出来事に遭遇したKさん。
実は、もう一人、妙な体験をした方がいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます